第37話

文字数 2,877文字

 裕也が裕司達の死を知ったのは、TVのニュースでだった。傍らにいたキングは、無表情のまま、画面に気持ちを奪われていた。亜蘭がやって来たのは丁度その時で、キングの視線を見て話すのを躊躇った。裕也が、
「全員帰って来れないのですか?」
 と亜蘭に尋ねた。
「ああ。裕司を入れて三人が死んで、残りは逮捕された。解放される筈だった六人に関しても、そのままだ」
 と、キングには聞こえないように小さな声で話した。
「キングはどう思っていますかね」
「それはどういう意味だ?俺がやった事にいちゃもん付ける気か?」
「何もそう言う意味で言ったわけではありませんよ」
「そう言う意味じゃなくどういう意味で言ったんだ?キングのボディーガードにし、しかも№スリーにしてやったのに、その恩を忘れたかのような物言い。自分の立場というものを考えた方がいいぞ」
 亜蘭のいつもとは違う口調の喋り方に、裕也は驚いた。ここは一先ず頭を下げて置こうと、裕也は亜蘭に詫びた。二人のそのやり取りを見ていたキングが、
「二人共、こんな時なんだ。揉めている状況じゃないだろう」
 と二人の間に入り、双方を嗜めた。
「それより亜蘭、これからどうするつもりだね?」
「以前話した、タイのプーケットへ逃げる事をお勧めします」
「裕也の分のパスポートとかも準備できているのかね?」
「はい。三人分揃えてあります」
「分かった。ここを畳むのはいつだい?」
「早急に」
「逃げるに当たって軍資金とか大丈夫なのか?」
「大河内さんの所に卸したブツの代金が手付かずで残ってます」
「ならばすぐに体をかわそう。裕也も一緒だぞ」
 裕也はキングに言われ、一瞬自分は日本に残りますと答えそうになった。裕也の考えでは、もうキングの傍にいても利益はないという考えで、ならば日本国内に残ってフリーの売人でもやろうかと考えていた。それが、キングから一緒にタイへ逃げないかと言われたのである。誘われるのはありがたいが、亜蘭と一緒なのが気掛かりだった。亜蘭とは小さな諍いはあった。それはこれから先も続くだろう。そして、諍いは今迄と違い、より大きなものになるに違いなかった。それをこの場で口にし、タイへ行かない理由にするのには勇気がなかった。それは、相手がキングだからだった。キングじゃなければ、亜蘭との関係を口にし、タイへの同行を拒めたであろう。
「どうした、裕也。一緒にタイへ行くのが不満か?」
「いえ。とんでもないです。ちょっといろいろ考えていたものですから。喜んでタイへ御一緒させて頂きます」
「うん。タイで三人で出直しだ。尤も、日本には大河内さんはじめ、大口の取引先がいるから、向こうでブツを調達し、こっちへ送ればまだまだ金は稼げる」
「そうですよ。キングの言う通り、タイでブツを調達出来るルートを確保すれば、正真正銘のキングになれます」
 亜蘭が少し興奮したような口振りで言った。
「ベトナムのルートが使えると良いのだが、さすがにそれは無理というもの。一からタイでの卸元を見つけるのは大変だろうが、亜蘭。宜しく頼むよ」
「はい」
「裕也。裕也も亜蘭を助け、タイのルートの道筋をつけてくれ」
「はい。分かりました」
 話は裕也の思っている方向と逆の方へ動いてしまった。今更無理ですとも言えず、裕也は腹に含むものを収めたまま、キングと亜蘭に付いて行く事になった。
 脇田達警視庁機動捜査隊は、本庁で一連の事件のあらましの報告をすべく、集まっていた。今回の人質交換事件は、SATの活躍もあり、一人の被害も出さず、人質に指定されていたキングの一味も相手に渡さずに済んだ。相手側に死者を出したのは致し方ないとしても、皆は充分にやった。そのような事を、キャップの片山警視が隊員達に伝えた。
 直属のキャップである花村警視が、脇田を呼んだ。
「いろいろとご苦労だったな。これで本庁の部隊とは離れて、我々独自の方向でキングの一味の残党を検挙する」
 花村キャップの言い方には力が篭っていた。
「脇田君が独自で追い駆けていた関西の組織を追い駆けてみるか?」
 脇田は飛び上がらんばかりに喜んだ。
「大河内とかいう関西の大物売人ですね」
「そうだ。君が向こうへ無断で出張した時に見つけ出した人間だ。キングに辿り着く人間だと良いがな」
「はい」
「一応、大阪府警には大河内の情報を教えてくれるよう伝えてある。だから、大阪へ行ったら、先ず府警本部へ顔を出し、挨拶して置くんだ。いいな。そういう訳で、富樫君と二人で関西出張だ。管理官には話を通してあるから、今すぐにでも向かいなさい」
 脇田は、花村への挨拶もそこそこに、富樫を引き連れ経理課へ向かった。出張経費を出して貰う為だ。
「チョーさんこの前の大阪出張、無駄じゃなかったですね」
 富樫が微笑みながら脇田に言った。
「何事も無駄な事は無いのさ」
「成る程」
「着替えやなんやかんや必要な物があるだろう。一旦家へ帰り、必要な物を揃えて来るんだ」
「はい。待ち合わせ場所は?」
「東京駅の銀の鈴でどうだ」
「了解しました」
「一応念の為に銃を持って行こう。拳銃所持と携帯の許可を貰って置くとするか」
「じゃあ、家へ戻る前に手続きして置きます」
「そうだな。その方が良いな。私も手続きして置くよ」
 二人は一緒に部署の取扱責任者に会いに行き、それぞれの拳銃を保管庫から出して貰った。警察官の拳銃保持は原則貸与された者が保管の責任も負う。但し、長い期間や捜査上必要ないと思われた時には、取扱責任者にその責を負う。
 二人は拳銃と実弾を手にし、緊張感で身を震わせた。自分が長年使っている銃だが、いつ手にしても緊張する。それでも、このところのキング一味との戦いを前にした時の緊張感に比べれば、重くは無い緊張感だ。
「じゃあ、富樫君、東京駅の銀の鈴で。時間は夕方の五時でどうだ」
「はい。大丈夫です」
 二人は本庁の正面入り口で別れた。この時、当然の事だが脇田はキングが国外へ脱出するとは思ってもいなかった。
 亜蘭はタイへ逃亡するに当たり、大河内へ連絡するのを忘れなかった。
(大河内さんにはいつもお世話になっています。今度、キングと一緒にタイへ逃げる事にしました)
(そうか。まあ、こんな事言っちゃ何だが、三浦君ちょっとやり過ぎた感じがするからな)
(面目ないです)
(タイへ行くのに、必要な物は揃えたのか?何だったら偽造パスポートとか手に入れてやるよ)
(ありがとうございます。その辺の物は全部用意できてますから)
(さすがだな)
(それで、話は変わるんですが、自分達がタイへ行った後もシャブの扉を開けて置いて欲しいんです)
(タイからブツを送るのかい?)
(そうです。行ってすぐにとは行かないかも知れませんが、必ず大河内さんの所へネタを送ります)
(分かった。金の振込先は?)
(ケイマン諸島に口座を作ってありますから、そこへ)
(さすが三浦君だ。全ての段取りがいい)
(では、今日はこれで。次に連絡を入れる時はタイからという事で)
(うん。待っているよ)
 電話は切れた。この時、大河内は自分の身に警察の手が迫っているとは考えてもみなかった。
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