第7話

文字数 2,951文字

「キング、良い物件が埼玉の蕨に見つかった。四階建てのビルなんだが、場所が都心から離れていて、しかも古いビルとあって売値は安いんだ。前のようには行かないかも知れないが、アジトにするには持って来いの物件だ」
「亜蘭が決めた物件ならいいよ。いつからそこへ移るんだい?」
「明日契約したらすぐに入れるよ」
「じゃあ明日決めよう」
 キングと亜蘭のアジトが決まった。翌日、亜蘭は銀行へ行き、物件購入の分と当面の活動費用を下ろした。金なら腐るほどある。ケイマン諸島の銀行に預けてある金は、これ迄キングが覚せい剤で稼いで来た金だ。亜蘭はキングからその口座管理を任されている。それだけキングに信用されている証拠だ。
 ビルの売却値は約二千万だった。一階は車が二台駐車出来るスペースになっている。駐車スペースの横にある階段を昇ると、上の居住スペースに上がる。亜蘭は三階、四階をキングの居住スペースとし、二階を事務所のような使い方をしようと考えていた。亜蘭はすぐにでも使えるよう、大型家具センターへ行き、家具を買い入れに行った。ついでに車も中古車を二台買い、いつでもキングが活動出来るよう準備した。亜蘭が、キングの待つホテルへ帰って来たのは、夕方で、キングは食事も摂らず待っていた。
「全て揃えて置きましたので、明日にでも新しいアジトへ移れます」
「ありがとう。苦労掛けたね。前祝として今夜はちょっと奮発して外食でもしよう」
「はい」
 二人は早速外出し、久し振りに寿司屋へ行った。ベトナムにも日本食レストランはあったが、やはり何処か違った。特に寿司は断然日本が一番だと思った。寿司屋でキングは、滅多に直接褒めない亜蘭に対し、一つ一つ言葉を噛み締めながら褒めた。
「一連の働きには感謝してるよ」
「そんな。僕は当たり前の事をしてるだけです。キングが一日も早く以前のキングに戻って欲しいだけです」
「うん。俺も頑張るよ。さ、食べよ食べよ」
 キングはまるで少年のように振舞った。機嫌がいい証拠だ。それが亜蘭にも伝わった。亜蘭は嬉しかった。自分の行った事がこうやって労って貰えることが嬉しかった。亜蘭は報酬なんていらなかった。真実、キングに昔のキングに戻って欲しかったのだ。ベトナムでも日本に居た頃同様、覚せい剤の取引は出来た。大金も集まって来たが、キングは何処か寂しがっていた。それが亜蘭には日本を恋しくてそうなっているのだと思った。その思いは当たっていた。少年のように目の前の寿司に箸を運ぶ姿を見ていて、亜蘭は思った。
「なんか、すごく嬉しそうですね」
「そりゃ嬉しいよ。日本に早く戻って来られて、しかも亜蘭が新しいアジトをすぐに見つけてくれてさ。これが嬉しく無かったら何を喜んだら良いか分からなくなる」
「僕も嬉しいです。新しいアジトに落ち着いたら、早速取引相手を探しますから」
「うん。でも焦り過ぎちゃ駄目だよ。何処にマトリや警察の目が光っているか分からないから」
 マトリや警察と言う単語がキングの口から出たものだから、亜蘭は少し焦った。座席は四人掛けの席で、カウンターからは離れているが、今の会話が聞かれていないか、キングに向かって唇に人差し指を当て、気を付けてというポーズを見せた。
 キングは昔から案外と無防備な処があった。亜蘭は苦笑いを浮かべながら、キングの顔をまじまじと見た。久し振りに飲んだ日本酒で、二人はほろ酔い加減になっていた。心地良い感覚で、亜蘭もキングも時には饒舌になった。
「明日は新しいアジトへ移りますが、家具とかまだ完全に揃っていないので、二、三日我慢して下さいね」
「うん。分かった。その辺の事は亜蘭に全部任せるよ」
 寿司と日本酒で腹が満たされた二人はホテルへ戻った。キングはすぐにベッドへ入り、亜蘭は明日の準備に追われ、まだベッドには入れなかった。
 翌日。亜蘭はケイマン諸島の銀行から、日本の銀行に入金されている現金を下ろしに出掛けた。数千万という大金を下ろす為、余程キングに付いて来て貰おうかなとも考えたが、結局自分一人で行った。
 ビルの管理をしている不動産屋へ行き、売買契約を済ませ、その場で全額を支払った。次に行ったのは、中古自動車販売会社で、レクサスのワンボックスとセダンの二台をこれも即金で買った。最後に行ったのは、家具と電化製品を売っているホームセンター。配送の手続きをし、全ての買い物を終えた。キングは既にホテルをチェックアウトしてて、近くのネットカフェにいた。電話でその辺りは確認済みだったので、亜蘭が戻って来た時には、すぐに合流出来た。
「さあ。新しいアジトへ行きましょう」
「うん。行こう」
 亜蘭はタクシーを捉まえ、埼玉の蕨まで飛ばした。新しく手に入れたビルは、丁度手頃だった。亜蘭は早速キングを最上階の部屋へ案内した。
「良い部屋だね」
 キングは気に入ったようだ。亜蘭の部屋は、当座、キングの下の階である三階にする事にした。暫くすると、配送を頼んでいた家具や家電が次々と届けられた。それらが各部屋に収まると、生活臭が僅かだが生まれる。
「キング。明日からシャブの取引ルートを開拓しに外へ出ます。キングは絶対に独り歩きをしないようにして下さい」
「うん。分かったよ」
「一応、ベトナムの頃から取引をしている所を重点的にし、新しい取引先を加えたいと思っています」
「うむ。任せるよ」
「それと、兵隊も何人かリクルートしないといけません。尤も、この件は心配してませんが。キングの名前を出したらわっと集まって来るでしょうから」
 キングは、亜蘭の説明を聞きながら何度も頷いた。
 翌日、亜蘭の姿は東京の赤坂にあった。高級中華の店で、ある人間と会っていた。相手は、東日本最大の暴力団、新生会の若頭、郡司保。話の内容は、覚せい剤の取引に関するものだった。
「郡司若頭、そういう事で、今話した条件でこれから定期的に取引して欲しいんです」
「それは構わないが、三浦さん、キングは前に取引をしていた組織とは関わらないんでな?」
「大丈夫です。今回からは、新生会はじめ、取引先は皆新しくしようと言ってますので」
「そうか。三浦さんの言葉を全て信じても良いなら、今後取引をしよう。丁度今、ネタが市場で枯渇していて、かさ増しさせた粗悪品ばかりが末端に出回っている、由々しき事だ」
 一回目の取り引きを一か月後とし、話は纏まった。
「さあ、無粋な話も終ったのだから、旨い料理でも食べますか」
 亜蘭は丁度良い時期に日本へ帰って来たと思った。亜蘭は、長くなりそうなので、丁重にお断りして店を出た。今日の目的の一つが終わった。続いての目的は、売人を探す事。それも末端の売人ではなく、中間の卸しを担当する人間が必要だった、一人、以前に使っていた卸しの人間がいた。そいつに会う為、赤坂から八王子までタクシーで向かった。男は八王子で携帯電話の代理店をやっていた。男の名前は、右藤涼介。店は、流行っている。それもただ流行っているだけではなく、店に来る客で転売目的の客が偽造の身分証明書でも分かっていて売った。
 新生会を新しい取引先の筆頭に選んだ理由は、組織の大きさだ。かなりの量を売っても、ネタを捌き切ってしまう大きさがある。亜蘭は新生会と取引が成立した事に、安堵の思いだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み