第5話

文字数 2,768文字

 覆面パトカーで夜の歌舞伎町を流した。車から眺めた限りでは、売人の姿は見られない。恐らく、車の通らない東ヨコ周辺に居るのかも知れない。区役所通りを流していたら、バッティングセンターの横に不審なワンボックスカーが一台停まっていた。
「あいつを当たってみるか」
 脇田が富樫に呟いた。富樫は覆面パトカーを少し先に停めた。二人は覆面パトカーから降り、ワンボックスカーの方へ歩いて行った。近付くと、車の中に二人の男が乗っているのが見えた。
「よう。儲かっているか?」
 脇田が窓ガラスを叩き、車の中の男に声を掛けた。
「何だてめえら」
 すかさず富樫が警察手帳を出して見せる。この辺は阿吽の呼吸だ。
「悪いが少し時間をくれ」
「サツが何の用だ」
「単なる職質だ」
「何のいわれも無いのに職質とは、随分乱暴な話だな」
「ここは歌舞伎町だ。いろんな事が毎日起きている。職質する俺達も大変なんだよ。分かってくれ」
 車の中の二人の男は抵抗した。
「職質されてもそれに応じる義務は無いんだろ」
「確かにそうだが、捜査協力に応じるのも市民の責務だよ」
「何の容疑で職質するんだ。怪しい物は何一つ持っていないぜ」
「ならば職質に応じてくれてもいいじゃないか。何も持っていないんだろう?」
「しつこいマッポだな」
 脇田は富樫の耳元に、小声で近くにいる新宿署の自動車警ら隊を応援に回してもらうよう、新宿署へ電話を掛けさせた。脇田が男二人と押し問答をしている間に、自動車警ら隊のパトカーが二台集まって来た。
「俺達は何もしてねえぞ。単に車を停車させて涼んでいただけだ」
 二人の男はワンボックスカーのドアを開けなかった。
「素直にドアを開けて、外に出て来いよ。じゃないと駐車違反の切符を切るぞ」
 脇田が脅す。まだ応じない男二人。
「素直に職質に応じたら多少はお目こぼしをしてもいいんだぜ」
 脇田は飴玉をしゃぶらす事にした。
「どうお目こぼしをしてくれるんだ?」
 二人の男のうち、それ迄押し黙っていた首にタトゥーのある男が食いついて来た。
「叩けば埃が出る体なんだろう。お目こぼしが出来る事は目を瞑ってやるよ」
「本当だな?」
「俺は嘘がつけない性質でな」
「お前、勝手に何言ってんだ」
 もう一人の男が二人の間に入り、止めようとしたが、タトゥーの男は身を乗り出し、
「これだけマッポが集まっちゃ逃げられないよ」
 と言って車のドアを開け、外へ出て来た。
「約束は守れよ」
 タトゥーの男が脇田に向かって言った。
「身体検査させて貰うよ」
「ああ」
 タトゥーの男の体には、何も怪しい物は無かった。富樫が自動車警ら隊の警察官の手を借りて、もう一人の男の体を検め、何も出て来ないとみるとワンボックスカーの中に入り、物色し始めた。
「何かやましい事があるなら、今のうちに言った方が身の為だぜ」
 脇田がそう言うと、タトゥーの男は少し言い淀みながら、
「シャブとポンプがある」
 と言った。
「自分で射つ為の物か?それとも売る為の物か?」
「両方だ」
「車の中にあるんだな?」
「ああ。後部座席のシートの隙間にある」
「富樫君。後部座席のシートの隙間だ」
 脇田の指示で富樫がその部分を探る。表れたのは、ビニール袋に入れられた三つのパケと、ポンプが三本だった。
「覚せい剤はお目こぼしできないが、何か他にやっていないか?」
 脇田がそう言うと、タトゥーの男は財布から何枚かのクレジットカードを出して来た。
「偽造カードだ」
「分かった。こっちを無しにしてやろう。一応証拠品として押収するから、調書では覚せい剤のバイで貰った物だと言う事にしろ。余計な事は言うなよ。分かったな?」
「分かった」
「ところで、キングという名前は知っているか?」
 タトゥーの男は少し間を置いてから、
「その下で売人をやっていた」
「現在は?」
「キングが居なくなってからは、あちこちのやくざからネタを仕入れている」
「その話も後でゆっくり聞かせてくれ」
 ブツも出て来たので、脇田は新宿署の自動車警ら隊のパトカーに二人を乗せ、新宿署へ向かった。
 男二人の取り調べは、タトゥーの男を脇田が、もう一人の男を富樫がする事になった。新宿署の取調室を借り、あらかた調書にまとめ、あとは新宿署に任せて警視庁へ戻った。
 タトゥーの男の取り調べでは、興味深い話が聞けた。それは、キングがいまだに日本へネタを送っていて、その金を海外送金で受け取っているという内容だった。それも、かなりの金額らしい。そして、送られているのは、幾つかの暴力団らしく、ブツの送り方も、漁船を使った瀬取りから、貨物船で送るといった方法だという。キングがベトナムから日本へ覚せい剤を送っている話は、既に富樫が押収物の中のスマホからのLINEで分かっていたが、タトゥーの男の供述はそれらを裏付ける事となった。
 脇田は、良い情報が手に入ったと小躍りしたくなった。キングはベトナムの犯罪組織と手を組み、覚せい剤を自由に日本へ送っている。ベトナムは近年自由化の道を歩んでいる。自由化に伴って無数の犯罪組織が誕生したのであろう。キングはそれらの組織と手を組み、覚せい剤の密輸を行っている。とすると、あの二つの遺体は、覚せい剤に関するトラブルで殺されたものではないか。脇田は報告書にそう纏め、花村警視に伝えた。
「これで益々ベトナムの警察の協力が必要となって来ます」
「せっつくのも余り良くないが、こっちはそうは言ってはおれんな」
「はい。許されるなら、こちらから捜査員を派遣出来ればとも考えていますが、法的には向こうの警察に任せるしかないですよね」
「こちらとの温度差を何とか縮めたいものだな」
 そうは言った花村警視だったが、心の中では脇田と同様の感情だった。警視庁サイバー課に回していたスマホの解析の結果が出た。結果として興味を引いたのは、三浦亜蘭の名前が頻繁にline上に現れる事だった。
「三浦亜蘭という人物は、キングの片腕ではないか?」
 脇田の問いに、富樫は、
「私もそう思います」
「ひょっとしたら覚せい剤の輸出全般に関わっているかも知れない」
「はい。そう思います。LINEの文言を見ると、表現は覚せい剤とは記されてませんが、明らかに三浦亜蘭が全権を握って取引を行っていると判断出来ます」
「あの二つの遺体は、キングのグループの間で起きたトラブルが原因かも知れないな。あの遺体の指紋照合の結果がどう出るかだな。ところで、キングが日本を出国した後の金の流れがはっきりと分かっていないのだが、富樫君はどう思う?」
「恐らくかなりの額ですから、南米辺りの銀行にでも預けていたのではないかと」
「うん。俺も同意見だ。ケイマン諸島とか、タックスフリーの国の銀行に預けられたらお手上げだからな」
 全てがまだ闇の中だ。それらが白日の下に晒されるのは、ベトナムの警察からの連絡次第だ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み