第4話

文字数 2,952文字

 富樫は渡されたキングの資料の山に埋もれていた。読み上げて行けばいく程、キングの正体が分からなくなって行く。資料を読み上げて行くと、キングという存在がカリスマ性に富んでいる事に気付く。日本の覚せい剤密輸の大元締めで、何度もマトリの網を搔い潜り、何百キロという大量の覚せい剤を密輸し続けて来た。警視庁でもキングを追った事があったが、その度に肩透かしに遭い、逮捕には至らなかった。キングは暴力団とは繋がらなかった。取引はしても、彼等と自分とは一線を画していた。部下はそれ程多くはいなかったと見えるが、キング自身が取引の場に現れるのは稀だった。そういった事柄が資料に記されていた。
「どうだ。何か分かった事でもあったか?」
 脇田が富樫の横に来て尋ねた。
「はい。キングという別名通り、覚せい剤の密売の世界ではまるで王のような存在だったのだなという事は分かりましたが、資料の中からキングの真実の姿を見つけろと言われたら、お手上げですね」
「そこ迄判っていれば上出来だ」
「ありがとうございます」
「死体が所持していた物を今から調べるのだが、手伝ってくれるか?」
「はい」
 脇田と富樫は段ボール箱に詰められた資料を調べ始めた。
「スマホ、解析に回してくれ」
「はい」
「もう一人の死体の所持品もついでだからやってしまおう」
 二人は重箱の隅をつつくようにして所持品を調べた。
「こんなものがありましたよ」
 富樫がメモ用紙をひらひらさせながら、脇田に見せた。
「何か数字がびっしりと書かれてあります」
「どれ。見せて見ろ」
 富樫がメモ用紙を渡した。
「何かの取引で書き込んだ物じゃないかな。数字は多分覚せい剤の取引の数字だろう」
「ひょっとしたら、二つの遺体はキングの部下とかじゃないですかね」
「うん。俺もその線は考えている。ただそうすると、二つの遺体はキングに背いて死体にされたという線が考えられる」
「それだと余り腑に落ちないんですけど」
「どう腑に落ちない?」
「キングの資料を読んでいて気づいたんですけど、キングって自分の配下の者を危険に晒したり、危害を加えたり、ましてや命を奪うような行為はこれ迄ただの一度もないんです。なので二つの遺体は、別の組織にやられたとか、考えられないですか?」
「成る程。君の考えも理に適っている。キングは確かに部下思いだ。しかし、現時点では、二つの遺体はキングに関わる人物によって処分されたと考えるべきで、直接キングが手を下したんじゃなくとも、別な部下に命じたとも考えられる」
 富樫は、脇田の説明に一応は頷いては見せたが、腹の底では自分の考えを捨て切れずにいた。
「お、もう一つの遺体のパスポートを見て見ろ。写真が実物とえらい違わないか?」
 富樫はパスポートを受け取り、遺体から撮った顔写真と見比べてみた。
「確かに随分と違いますね」
「幾ら死体の写真とはいえ、こうも違うとはな。明らかに偽造パスポートか、似たような顔のパスポートを選んだかだな」
「名前が三浦亜蘭。年齢は二十九歳。若いですね。キングのパスポートの写真は遺体とほぼ同じですね」
「ひょっとしたらベトナムでもキングのダミーを演じていたのかも知れないな。DNA鑑定に回せる物があれば、こっちに分けてくれ」
「はい」
「しかし、これだけ謎めいた資料ばかりだと、ベトナムの警察の協力が得られ、真犯人を探し当てて貰う事を願うしかないな」
 いつも強気の脇田なのに、この時ばかりは随分と弱気になっていた。それに気付いた富樫は、その事を指摘しないよう言葉を選んだ。何枚かのメモ紙が見つかり、そこには携帯電話の番号らしき数字が記されてあった。
「三浦亜蘭の名前で日本国内での犯罪履歴を調べておいてくれ」
「分かりました」
「それと、この携帯番号に電話を掛けるのも忘れずに」
「はい」
「今日はこの辺でお開きとするか」
 脇田の言葉でこの日の調べは終わった。脇田はここ迄の結果を花村警視に伝えに、席を立った。
 富樫は、脇田から言われた事を実行した。先ず、三浦亜蘭の犯罪履歴だが、警視庁のパソコンで調べてみたが、ヒットしなかった。次に、メモ用紙に書かれてあった電話番号に掛けてみたが、なかなか繋がる番号にヒットしなかった。それは唐突にやって来た。
(三浦亜蘭だけど……)
(……)
(電話番号をケータイにメモリーしてたんだけど、水没させちゃって幾つか消えちゃったんだ。この番号は誰の番号?)
(三浦亜蘭じゃないな)
(おいおい。疑っているのか?)
(ああ。三浦亜蘭とはついさっき迄一緒だったから。日本の警察か?)
(だったらどうする?)
(どうもしない。このまま電話を切るだけさ)
 そう言って、相手は電話を切った。その後、他に書かれてあった番号に電話をしてみたが、いずれも繋がらなかった。電話のやり取りと、三浦亜蘭の犯罪履歴がシロだった事を脇田に報告する。
「もう少し上手い嘘がつければ良かったのにな。まあ、それでもその番号の主が三浦亜蘭とつい今しがた迄会っていたという話を聞けただけでも儲けものだ。ご苦労だった」
「すみませんでした」
 富樫は自分のミス、果たしてミスと言えるか分からないが、それを咎めずにいてくれた脇田に感謝した。
 脇田は、何となく刑事の勘で今回の事件のキーになる人物が、三浦亜蘭ではないかという気がしていた。まだその事を上司の花村警視には話していない。
 遺体と共にベトナムから送られて来た資料の調べは、殆ど終わっている。今はベトナムから捜査協力の打診の結果待ちと、スマホの解析待ちだ。
 脇田は、警視庁の機動捜査隊に配属となってから、ずっとキングを追っていた。それがある時期、厚労省麻薬取締局に捜査を持って行かれから、黙って指を咥えている日々が続いた。マトリがキング捕縛に失敗し、しかも国外逃亡が確認されると、脇田は地団駄を踏む思いだった。
 マトリじゃ無理だ。俺達に任せて置けば、キングを捕らえる事は出来た筈だ。そう本気で思っていた。その思いは上司の花村も同様だった。その為、今回は百%機捜で扱うとマトリにも伝えてある。
 ベトナムの警察から捜査協力に関しての返事が来たのは、それから三日後の事だった。全面的に協力するという事で、ベトナムの在留邦人を洗うと迄言ってくれた。花村は更に上に掛け合って、こちらから捜査員を派遣してはどうかという事迄掛け合ってくれた。だが、捜査員の派遣は見送りになった。その事を花村以上に脇田は悔しがった。
 スマホの解析は、脇田達に今後の捜査の指針となる内容だった。彼等はメールでのやり取りを主にやっていた。内容は覚せい剤の取引を思わせるものが多く、メールの文面にキングの名前である山賀優吾の名前が記されてあるのもあった。一番多かったのは三浦亜蘭の名前で、それらから判断すると、ベトナムでの麻薬取引のメインになっているようだ。そして、ベトナムで仕入れた覚せい剤を日本国内に送っている事も分かった。
 脇田は、日本国内にまだ僅かに残っているキングの残党を検挙し、情報を得る方向で捜査を押し進める事とした。国内に残っているキングの残党は余り動きを見せていない。僅かに末端の売人が動いている程度だ。それらを突破口にして、キングの情報を得ようと、脇田は富樫を伴い、夜の繁華街を巡察した。
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