第8話

文字数 2,862文字

 右藤涼介と会った三浦亜蘭は、早速取引の話をした。
「捌く量は大きければ大きいほどいい。ネタの純度も最高だし、楽に捌けると思う」
「三浦さんがそう言うのなら間違いないだろう。喜んで引き受けるよ」
「先ずは来月早々に荷が入る。それを捌いて貰おう」
「量は?」
「五百キロ程入る。一度にどれ位捌ける?」
「俺の客に全部卸したとしても二百が限界かな」
「分かった。二百キロ受け持ってくれ。残りは新生会に卸す」
「新生会とも取引するのかい?」
「ああ。あんた以外で大口の取引が出来るとしたら新生会しかないからな」
「確かに。それに今あそこはネタが枯渇し始めているから、丁度良いのかも知れない」
 こうして右藤涼介との取引が成立した。新生会とはまだ何キロ卸すか決めていないが、大口で取引するとは言っている。この新しい取引先と、ベトナムに居た頃の取引先を足せば、何キロでもネタは捌ける。亜蘭は、ベトナムの頃からの取引先に連絡した。
(いやあ、三浦さん、キングは日本へ戻って来たんですね?)
(はい。これからは日本で復活です)
(それはいい事だ。うちはキングのネタなら幾らでも買いますよ)
(ありがとう。近いうちに連絡しますよ)
 亜蘭の考えた卸先は、これで全ていつでも稼働出来る形になった。亜蘭は一刻も早くこの事をキングに報告したかった。報告して、キングから褒められたかった。この辺の感覚は少年のそれに似ている。こんなところから見ても、亜蘭がキングに対する気持ちの表れが分かる。
 アジトに戻った亜蘭に、キングは労いの言葉を掛けた。もうその一言だけで亜蘭は満足だった。
「亜蘭のお陰でこの先も安心してやっていけるよ」
「キング……僕はキングの為なら何でも出来ます」
「ありがとう。この先も頼りにしているよ」
 亜蘭は、バトナムのホワン・シークエンに電話を掛けた。取引についてだ。
(日本での取引先が確保出来た。以前のベトナムから送っていた取引先と併せると、かなりの量を捌ける)
(それはいい知らせだ。うちの方はいつでも好きなだけ送れるよ)
(ありがとう。それでこっちへの輸送の仕方だが、量が多いので船をチャーターして欲しいんだ)
(漁船でいいかい?)
(いや。貨物船に荷を載せて欲しいんだ。量は五百キロ)
(それならベトナムの民芸品の人形の中味をくり抜いて仕込もう)
(それでごまかせるかい?)
(以前もその方法でやった事がある。くり抜いた分の重さを仕込むから、船に載せる前に重量を計られても差がくり抜いた分だけなので分からないんだ。亜蘭の方で受け取る貿易会社を仕立てて欲しい)
(分かった。早急に作って置くよ。金はいつも通りケイマン諸島の銀行から振り込ませる)
(OK。じゃあ私は早速ネタを準備するよ)
(ああ、頼む)
 ホワンとの取引はいつものように簡潔に終わった。亜蘭はベトナムから来る覚せい剤を荷受けする為に、貿易会社を作る作業に取り掛かった。会社は休眠会社を見繕って買い取った。社名を株式会社日越貿易とした。荷の準備が出来たとホワンから連絡があったのが、電話を掛けてから一週間した時だった。日越貿易という社名の会社宛てに荷を送ってくれるよう段取りを済ますと、亜蘭は若い者を何人かリクルートする事にした。リクルートはネットで集める事にした。高額報酬と書き込みをすると、仕事の中味を書かなくとも、何人もの若者が募集に応じた。亜蘭は、応募に応じた若者を面接したが、仕事の中味は貿易の仕事と言って、それ以上は詳しく伝えなかった。それでも仕事をすると言って来た若者を三人雇う事にした。三人に共通している事は、いずれも金に困っている点だった。特に、中神裕也という二十代の若者が一番、金に飢えていた。亜蘭は中神を三人のリーダーにした。中神は喜んでその役割を引き受けた。亜蘭は、三人を敢えてキングには引き合わせなかった。まだ早いというのが亜蘭の考えで、仕事をこなして行くうちに、真実キングの組織に必要な人間かを見極める為である。
 ホワンから、荷を載せた船が日本に向けて出港したとの連絡が入った。フォワーダーという業者を間に入れ、大口の荷物をコンテナで運ぶ方法を取った。フォワーダーはホワンの息が掛かった者だという。日本へは二週間前後で到着するからと言って来た。
(分かった。受け取りの準備をして置くよ)
(今回頼んだ業者は信頼が出来るから安心してくれ。量は五百二十キロだ)
(OK。確認だけど、金額はいつも通りでいいんだね?)
(ああ。特別価格だ)
 ホワンのジョークに亜蘭が笑った。
(キングに宜しく言って置いてくれ)
(伝えて置くよ。キングも大喜びだと思う)
 亜蘭は、荷が届く迄の二週間程の間、リクルートした三人を教育する事にした。内容は警察やマトリの見極め方だった。この辺りから、三人は自分達がどういう仕事をさせられるのかが薄っすらと分かり始めた。三人共、大麻の経験はあっても、覚せい剤の経験はなかったから、その辺も詳しく教えた。
「シャブは売っても自分では射つな。いいな。お前達にさせる仕事は単なる売人の仕事ではない。大口の取引や、荷の受け渡しをを手伝って貰う。いいな」
 三人は、まだ仕事をしていないが、既に多額の報酬を受け取っていたから、最後迄仕事に関わったらどれ位報酬が出るか気になり、途中で離脱する事は考えられなかった。この辺は、リーダーに任命した中神が上手く機能した。
「ただのシャブの売人だとソッコーサツなんかにパクられる心配があるけれど、俺達に与えられる仕事は密輸の手伝いだ。密輸の大元ってニュースでもそんなには多くパクられない。そこは保証して貰えるのだから、いいんじゃないのかな」
 そう言って残りの二人の気持ちを引き寄せ、仲間意識を高めた。二週間が経った。荷を運んでくれている船会社から、荷物の受け取りを急かす電話が来た。
 亜蘭は、三人の若者と一緒にレンタカーの二トントラックとレクサスのワンボックスカーで横浜港へ向かう。亜蘭たちが港に着いた時には、既に税関が荷の検査を始めていた。ホワンからの荷物に差し掛かった。緊張感が走る。コンテナを開け、中の荷物を改める税管吏。十五分程荷の点検をした後、税関吏の一人が書類をひらひらさせ、
「この荷物の引き取り手は来ているのか?」
「はい。自分です」
 亜蘭が前へ出る。
「この書類へサインして」
「分かりました」
 無事、ブツは手に入れた。三人の若者に、覚せい剤が仕込まれた土産物の人形を二トントラックに積み込んだ。トラックは首都高を使って埼玉のアジトへ向かった。三人を蕨のアジトに連れて来たのは初めてだった。幾つかの箱をアジトの二階へ運ぶ。一つの箱に人形が六個入っていた。その箱の中ら人形を取り出す。亜蘭は手にした人形を改める。首の所が外れるようになっていた。これだ。そう思った亜蘭は、人形の首を外し、中に詰められていたビール袋入りの覚せい剤を手にした。直ぐに試薬液でネタの純度を確かめた。99.9%の値が出た。にこりと笑う亜蘭。三人の若者達も意味も無く笑顔になっていた。
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