第9話

文字数 2,876文字

 脇田はベトナムから届いた報告に驚いていた。その内容は、キングと思しき人間は、側近の人間を連れてベトナムを立ったとの事なのだ。報告書の末尾には、恐らく日本へ向かったと思われるとあった。花村警視も、この報告書には驚きを隠せないでいた。
「奴等が日本へ戻って来たとは、一体何を意味するのでしょうか?」
「単に日本が恋しくなったというわけでもないしな。恐らく、ベトナムで築いたシャブのルートを活かし、日本でネットワークを広げようという事ではないかな。それにはキングの存在が必要だから」
「成る程。そう考えればキングが日本に戻って来た訳が分かります」
「100%自身がある訳ではないが、その辺で調べてみても良いかも知れない」
「はい。末端の売人にどう影響が出ているか調べてみます。それと、以前キングの仲卸をやっていた連中をマークして見ます。キングに取って暫くぶりの日本ですから、新たな取引をするのに、少しでも仲卸の人間は必要でしょうから」
「そうだな。その辺は宜しく頼むよ」
 脇田は自分の席へ戻り、暫く考え事をしてから、一本の電話を掛けた。
(萩原さん、お久し振りです。脇田です)
(おお、脇田君か。本当に久し振りだな。どうしてた?機捜の水は甘いかい?)
(甘くはありませんが、肌には合っているようです)
 萩原は、脇田が機捜に配属になる前に赤坂署でコンビを組んでいた仲だ。
(一体どうした?わざわざ電話を掛けて来るというのは、まさか飲みに行きましょうとかいうのとは違うな)
(お察しの通り、ちょっと伺いたい事がありまして。実は今キングを追っています)
(キングの何を知りたいのかい?)
(警視庁管内で一番キングに近付いた萩原さんだからこそ、答えて貰える話だと)
(今、うちはキングを追ってはいない。地元の暴力団を抑えるので手一杯なんだ)
(マトリは動いていませんか?)
(ああ。キングを取り逃がす原因ともなったSを入れての捜査が失敗し、以後関わってはいないようだ。だがマトリの事だから分からないけどな。いつどこで俺達の隙を突いて捜査員をSに仕立てて動くかも知れん)
(実は、キングは日本へ舞い戻って来ているようなのです)
(その話は俺にしてもいい話なのか?)
(萩原さんを信頼してますから)
(奴はまだ海外の何処かで潜伏しているものと思っていた)
(まだ確実な情報ではありませんが、ほぼ間違いないかと)
(で、何を聞きたい?)
(キングの元部下を紹介して欲しいのです。それも出来ればキングに近かった人間を)
(そうなると、今娑婆にいる人間は紹介出来ないな。出来るとするなら、懲役に行っている人間になってしまう)
(構いません。刑務所であろうと何処であろうと、会えるのであれば)
(刑務所位大したことないよ。幾らでも面会できる。そうだな、今東京のF刑務所に服役している丸田という人間が一番ピタリと来るかな)
(紹介して貰えますか?)
(構わないよ。丸田修というのだが、本人はもうキングとは関わっていないと言っているから、良い話が聞けるかどうか分からないぞ。期待しないで会いに行け)
(はい)
(じゃあ、俺の方から手紙でも書いて置くよ)
(助かります)
 こうして萩原との話は終わり、脇田は当初の目的が達せられ、一週間後、富樫を引き連れてF刑務所へ赴いた。
 面会室で十分程待たされると、刑務官から、
「今、面会室に丸田修が入りました。どうぞ、こちらの部屋です」
 と言われ、案内された。部屋へ入ると、丸刈りにした丸田がアクリル板の向こうに座っていた。付き添いの刑務官がその場を離れ、目でどうぞと脇田に促した。
「丸田修だな?萩原刑事から手紙で話が行っていると思うが、今日はキングの事についていろいろ話したいと思ってやって来たんだ」
「キングの事なら、捕まった時に殆ど話してしまったけど」
「時間は幾らでもある。ゆっくり思い出しながら話そう」
 丸田は、幾らか警戒感を見せながら、脇田の方をじっと見つめた。
「先ず聞きたいのは、キングが日本に居た時に一番取引のあった人間の名前なんだ。覚えていないかい?」
「それはあんたらの方が知っているんじゃないかい」
「そんな事は無いよ。知らない事の方が多い」
 脇田は丸田に偽りのない言葉で述べた。その姿勢が伝わったのか、丸田は頷きながら語り始めた。
「俺がキングの下で働いて居た時は、昭栄会の息が掛った水上という男が一番キングのブツを捌いていた。次に多くの量を捌いていたのは、関西の八紘会。警察が知らない名前だとこんな所かな」
 丸田の話を富樫が手帳にメモして行く。
「確かにその名前は初めて聞いた。もし、キングが日本に戻って来たら、又このメンバーにブツを卸すと思うか?」
「資金力があるから又取引が復活してもおかしくないね」
「成る程。キングに取っては資金力が魅力という訳だね」
「ああ。信用もあるしね」
「うん。質問を変えよう。三浦亜蘭という名前に聞き覚えは?」
「あるよ。まだ若いが頭は切れる」
「いつ頃から一緒にキングの下で働いていた?」
「かれこれ何年になるかな。俺がキングの所に流れ着いた時には、もうキングの下に居た気がする」
「三浦亜蘭の役割は?」
「主に取引に関連した事を任されていた」
「例えば?」
「取引場所の設定や、初めての相手との折衝。そんなところかな」
「キングの組織の中ではかなり重要な位置にいたのかな?」
「と思う」
「数年前のマトリとの争いで、キングは海外へ逃げたのだが、今のキングの組織は国内にどれだけ残っている?」
「あの時のマトリの取締で殆どの人間がパクられた。今国内には末端の売人位しか残っていないと思う」
「三浦亜蘭はキングと一緒か?」
「一緒に海外へ逃げたとしたら、間違いなく一緒に行動していると思う」
「三浦亜蘭はどういう性格をした人間だい?」
「一言で言えば、気配りが出来る人間かな。それとさっきも話したがとにかく頭が切れる。勘もいいから危機管理能力がある。キングの為なら殺しも厭わないし、人を見極める能力もある。タイプで言うならある意味、怖いタイプの人間だよ」
「君はキングの所でどんな役割だったんだい?」
「俺か?俺はしがない使い走りさ。三浦亜蘭のような重要な仕事は任されてはいなかった」
 丸田が自嘲気味に自分の事を語る。脇田は、その思いが、刑務所に来て、キングの元を離れる決意にさせたのだなと思った。
 丸田の話は、脇田に取って重要な証言として参考になった。特に、三浦亜蘭に関する話はこれを聞きに来ただけでも良かった。
 丸田との面会を終え、F刑務所を後にした脇田と富樫は車の中で、丸田との話を繰り返し、確認していた。
「富樫君は三浦亜蘭の話の件をどう聞いた?」
「そうですね。丸田の話が全て本当だとすると、間違いなくキングの片腕として日本に戻って来ていると思います」
「そうだな。俺も君の言う通りだと思う。キングはもう日本へ来ていると思うか?」
「恐らくは」
「とすれば、早々に大きな取引が何処かで行われるという事になるな」
「恐らくは」
「厄介な奴等が日本に戻って来たものだ」
 脇田は溜息交じりで一言ぽつりと溢した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み