第23話

文字数 2,910文字

 そもそも亜蘭は何故警察と好んで争う事を選んだのか。裏社会の人間達の多くが、これ迄何故警察と争わなかったのか。表面上は争っても、殆どの組織は争う事を好まなかった。それは、昔からの慣習で、警察と裏社会の組織とは持ちつ持たれつの関係があったからだ。特に暴力団は明治時代の頃からそういう関係にあって、自分の組織の中から犯罪者が出た時に、警察から請われれば犯人を差し出したり、又は、地域防犯に力を入れていたりして、組織の存続を認めて貰っていた。その流れは大正昭和と続くのだが、近年になり、警察と裏社会の関係が崩れて来る。理由は、暴対法の施行だ。この法律によって、反社会的人間達は、わざわざ暴力団に行かず、自分達で好き勝手が出来る反社会的組織を作り、社会の落ちこぼれの受け皿になった。それでも敢えて警察と争うという選択肢は選ばない。その道を選べば、組織は徹底的に潰されてしまうからだ。つかず離れずの距離を保っていれば、組織は保全される。彼等は麻薬や特殊詐欺、高級車の窃盗、強盗等、ありとあらゆる犯罪に顔を出した。彼等は皆地下に潜り、暴力団とは一線を画していたが、今は何らかの形で影響し合っている。
 そんな背景はあるものの、それでも亜蘭の行動は理解不能だった。警察と全面的に争っても利益は生まれない。その事をグループ内で言える者はいない。キングですら、亜蘭の行動を止めようとはしなかった。今や、亜蘭がグループのリーダーのようだった。
 そんな中、三人の手下が警察の銃撃戦で死んだという知らせが、裕也からもたされた。
「警らのPCを見つけ、車で突進したんです。そこで敦達と一緒になって撃ちまくったんですが、すぐに撃ち返され、気が付いたら敦や五郎に駿の三人が倒れて、息をしてなくて、それで自分は逃げて来ました」
「確実に三人共やられたんだな?」
「はい。ぴくとも動きませんでしたから」
「乗っていた車は処分したか?」
「はい。いつもの中古屋に」
 何時もの中古屋とは、盗品の車のエンジンの載せ替えや、やばい車の廃棄処分を依頼している中古車屋の事だ。
「敦達が使っていた銃は?」
「それは……すいません持って来れる暇がありませんでした」
「うん。仕方ないな」
 亜蘭の言い方に冷たいものが感じられた。
 こうした一連の警察との争いは、他の組織にとっては迷惑な事だった。それは繁華街での立ち売りに、その影響がすぐに表れた。夜の街から麻薬の密売人が姿を消し、皆ネットでの販売に走った。だが、そこも警視庁のサイバー課からの指摘で、軒並み売人が検挙された。裏社会での麻薬市場は止まった。皆、キングを恨んだ。以前はキングとの繋がりを大事にしていた組織も、関わり合いになる事を避け始めた。亜蘭は、そういう奴等迄憎み始めた。警察の次は裏切った奴等だ。裏社会の人間達を今度は狙った。
「裕也。お前に頼みがある」
「はい。何ですか?」
「赤坂の勇誠会を知っているな」
「はい」
「そこの会長の高畑と若頭の光田を殺して欲しいんだ」
「え!」
「今迄散々うちとの取引で甘い汁を吸ってきたにも関わらず、掌を反すような態度を取って来ている。後々の為にもそういう事を許してはいけない。キングに反旗を翻したらどうなるか、分からせるんだ」
「……」
「高畑と光田はニコイチみたいなものだ。常に二人でいる。殺るのは簡単だ」
 そう言って亜蘭は裕也に一丁のオートマチックを差し出した。
「二人に付いているボディーガードは真也に任せるんだ。頼むぞ」
「……はい」
 裕也は全身が震えるような感覚になった。亜蘭から差し出された拳銃を握り締め、弾丸が入っているかどうかを確かめた。この瞬間から、裕也は亜蘭の命令に抗えない立場になった。裕也は自分の後ろで緊張で固まっている真也に目をやった。彼にも銃が渡された。
「心配するな。警察と違って、相手は普段銃とか持っていないから。好きなように殺れる」
 亜蘭の非情な性格が垣間見えた瞬間だ。
「もし、途中で職質に掛かったら、迷わずマッポも殺っちまうんだ。奴等は防弾チョッキを着ているから、狙うのは体じゃなく頭だ。いいな」
「はい」
 裕也と真也の二人は西川口のアジトを出て行き、目的地へと向かった。
 勇誠会の高畑と光田は、ボディーガードの若い者五人を引き連れ、赤坂界隈を練り歩いていた。自分の所の縄張り巡回だ。高畑は毎日こまめに回る。上部団体の伊豆見組から盃を貰って、こうして赤坂という最高の立地の縄張りを貰った以上、何としてでも守るのが自分の役目だと思っている。赤坂は、昔から伊豆見会の縄張りで、他所の組は勿論の事、外国人のギャング組織や、反社会的グループも足を踏み入れさせていない。それは、麻薬やその他の特殊詐欺での犯罪に関しても、協力はし合っても、縄張りで商売はさせない。キングとの繋がりは古い。まだキングのグループが人数も少なく覚せい剤の扱い高も少なかった頃からの縁だ。そのキングが何をとち狂ったのか、警察と戦争まがいな状態になった。キングと浅からぬ縁がある勇誠会としては、距離を置く事を考えるのは当然の事といえる。つい先日も覚せい剤の売について亜蘭とかいう人間が連絡してきたが、現状では断るのが正当な判断だ。そして、若頭の光田を通してその通り断った。この事が、まさか自分達に災厄を及ぼすとは思いも寄らなかった。
 高畑は光田と話しながら縄張りの巡回を若い者五人と共に行っていた。そこを車が通り過ぎた。パチンコ屋の前で車は止まり、中から二人の男が飛び出して来た。手には銃を持っていた。
「高畑、死ね!」
 その声と共に銃が撃たれ、高畑と光田の体に数発の弾丸があっという間に吸い込まれた。ボディーガードの五人の若者はその場に伏せたが、真也の放った銃弾が、彼等を無傷にはしなかった。
 裕也が止めを射すべく倒れている高畑と光田の傍へ寄る。息も絶え絶えといった二人に、裕也は止めを射した。裕也は、真也を促し車に戻り、その場を急いで立ち去った。
 赤坂の勇誠会会長の高畑と若頭の光田がボディーガード共々襲われ、高畑が死亡、光田が意識不明の重体になったとの知らせが警視庁機動捜査隊へもたされたのは、銃撃事件から三十分と経っていない時刻だった。機捜はすぐさま赤坂署に捜査本部を設置した。赤坂署には、一連のキング一味との争いの捜査本部が設置されている。これがまさか同じキング一味の仕業とは思っても見なかった。それが、同一グループの犯行と分かったのは、生き残った勇誠会のボディーガードの証言からだった。
「奴等は間違いなくキングの所の人間だ」
 キング一味?何故勇誠会と揉める?
「勇誠会とキングの所とは友好的な関係じゃなかったのかい?」
「よく知っているな。その事を知っているのは俺達でも僅かだ」
「パクる証拠が無かったからパクっていないだけで、マークはしてたんだ。それで、キングの所が何故お前の所の会長と若頭を襲ったんだ?」
「それは分からない。ただつい先日キングの所から取引の話があったんだ。それを断った。いつもならまず断る事はないのに」
 覚せい剤の取引のトラブル?捜査員は、ならば納得が行くと言わんばかりにと病室を出た。
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