第29話

文字数 2,908文字

 警察当局は焦っていた。警察官を狙った一連の事件がまだ何ら解決されていないのに、今度は複数の暴力団を狙った抗争事件が勃発したのだ。上層部は、現場に対し、早急に事件の真相を解明し、一連の犯人を逮捕しろと命じて来た。
 脇田は、淡路巡査と中垣内係長の前で、この一連の暴力団抗争事件について尋ねて来た。
「上は一日も早くホシを捕まえろと言って来ている。脇田君はこの事件をどう思う?」
「限りなく百%に近い確率でキングの所でしょうな」
 と答えた。
「君もそう思うか。ただ目的がはっきりしないが、その辺はどう思う?」
「寧ろ目的は明確だと思います。狙われた暴力団は全部で三つですが、いずれもキングの所とは折り合いの悪い組で、以前にもトラブルを起こしておりますし、被害のあった組同士は友好関係にありました。それと他の組織と揉める理由が今の所見当たりません。思うに、覚せい剤の取引に関する事でのトラブルと見るのが妥当かと」
「成る程。さすが本庁の機捜だ。そういう情報まで持っているのか」
「たまたまマル暴(暴力団担当)からの情報を得ていただけです」
「さて、キングの一味の仕業として、今回の事件はどう終息すると思うね?」
「通常の暴力団同士の抗争のように、どちらかの幹部クラスのタマ(命)が取られるか、一方的に犠牲者が出て終わりかという具合に事は進むかと思います」
「となると、まだまだ抗争は続くと?」
「そう思います。ただ、キングの側が矛先を再びこちらに向けて来る可能性も捨てきれません。彼等は、我々を異常なまでに敵対視していますから」
「そうだな。当分は緊張感を保って警戒に当たらなければならないな。それでは、脇田君には被害に遭った暴力団をマークして、周辺の聴き込みと、再度襲撃事件が起きないよう警備をお願いする。応援も君に重点的に付けるから、宜しく頼む」
「分かりました」
「淡路君、脇田君のサポートをしっかりな」
「はい」
「では、早速行って来ます」
 脇田は中垣内に言うと、拳銃保管庫へ行き、自分に割り当てられたHKP2000パラぺラムをヒップホルスターに差し込んだ。
「淡路君、用意は良いかな?」
 淡路は防弾チョッキを着込みながら、
「はい。これを着込めば」
 と言った。淡路の用意が出来ると、二人は外へ出て行った。駐車場に止めてある捜査車両へ着くまでの間、脇田は淡路に、
「君はこれ迄マル暴を担当した事はあるか?」
 と尋ねた。
「応援に行った事はありますが、きちんと担当した事はありません」
 そう言った淡路に、
「奴等への対応は私に任せて、その様子をしっかり見て置くんだ」
 とアドバイスを送った。
 今回の暴力団抗争事件で、被害を受けた組は、開成会系の嶋中組。厚森組系の新井組。それと竜星会系の愛宕睦会の三つだ。脇田が中垣内に説明した通り、この三つの組の上層部は友好関係にあり、トラブルになる可能性は低い。仮にトラブルがあったとしても、拳銃で事を終わらそうとする事は考えにくい。しかも、被害に遭ったのは別々の組織だ。それの三者が共通して揉めている組があるというのも考えにくい。この三つは、比較的関東の他の組織とは穏やかな関係にある。唯一まとめてトラブルになる可能性があるとすれば、関西の錦龍会位だ。錦龍会とは以前に錦龍会の関東進出で何度か揉めた事があり、事務所に銃弾を撃ち込まれた事もあった。その錦龍会も、現在は内部分裂でトラブルを抱え、関東進出どころの話ではない。引き算をしていけば、最後の残るのはキングの一党と言う事になるのだ。しかし、キングの一味の仕業としても、明確な理由が思い浮かばない。物事には全て動機というものがある。傍から見て、その動機が理解できない事であれ、それは必ず存在する。その動機というものが分かれば、物事はすべからず解決するのだ。脇田は、キングの仕業だとして、その動機をいろいろと想像してみた。中垣内には覚せい剤のトラブルと言っては見たが、正直答えは見つからなかった。脇田は運転している淡路にこの件を質問してみた。
「キングの一味の事はしっているな?」
「はい。一連の警察官襲撃事件でレクチャーを受けました」
「そのキングの一味が、今回の暴力団襲撃の犯行を犯していたとして、その動機は何だと思う?」
「そうですね、やはりシャブの取引絡みじゃないでしょうか」
「うん。どういうトラブルだい?」
「キングの一味のシャブが業界でも一番だという噂が本当ならば、ネタの良し悪しでのトラブルではないでしょう。となると金が絡んでのものかと」
「つまりシャブの代金と言う事か?」
「はい」
「ちょっと動機としては弱いな。こういうのはどうだ。どちらかが取引を断ったというのは?」
「それを逆恨みですか?」
「ああ。情報によると、キングの一党はシャブを売り捌くのに躍起になっていたらしい。恐らく手持ちの金が不足してきたのだろう。キングの一党からの取引を断った連中の言い分は、警察と揉めている組織と関りを持つのが恐かったのではないかと思われる。三つ目の理由だが、覚せい剤を売る縄張りの争い。俺は寧ろこっちの理由の方が正しい気がするんだ。まあ、その辺は調べて行くうちに分かるがな」
 淡路は脇田の持っている情報の多さに驚いた。機捜の人間は所轄の人間よりも情報を多く扱っているからか、と思った。
 車は赤坂周辺を巡回した。ここは、キングの警察官襲撃事件の現場にもなった場所で、緊張感が漂っている。脇田は竜星会の愛宕睦会の事務所へ車を回すよう、淡路に命じた。
「組員が殺られたばかりで気が立っているから、いらぬ刺激をしないようにな」
「はい」
 今から向かう赤坂の竜星会愛宕睦会は準構成員含め三十数人の組で、収入源は覚せい剤の売買と、野球賭博を含む賭博がメインの収入源だ。特に覚せい剤の収入は大きく、末端の売人も多く抱えているが、殆どは大口取引だ。今回の事件では、若頭と幹部の二人が襲撃され命を落とした。それらの事を、脇田は淡路にレクチャーしながら、車は赤坂へと向かった。
 赤坂周辺は赤坂署の自ら隊の車両がひっきりなしに巡回していた。警察官襲撃事件から暴力団襲撃事件と続き、街はあちこちで不穏な空気を醸し出していた。普段なら夕方から夜ともなると、様々な店舗へ客が吸い込まれて行くのだが、昼間からずっと客は閑散としている。赤坂らしくない光景だ。その中を愛宕睦会の事務所まで行く。事務所は高層マンションの十三階を二部屋ぶち抜いて使っている。オートロックのインターホンを鳴らし、来意を告げると、一泊間を置いてからマンションの大きな正面玄関が開いた。十三階迄行き、ドアの横のインターホンを押す。ドアはすぐに開いた。
「悪いな」
「どうぞ」
 事務所の奥に数人の男がいた。そのうちの一人が、
「本庁の方が今回の事件を担当するのですか?」
「応援です。元々数か月前に起きていた警察官襲撃事件を担当していましたが、今回の事件も重大事件と認定し、捜査を行う事になったという訳です」
「そうですか。で、今日は何を?あらかたの内容は赤坂署の刑事さん達に喋ってありますが」
「キングの一党をご存じでは?」
 男は一瞬顔を曇らせ軽く頷いた。
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