第16話

文字数 3,173文字

 脇田の売人狩りは続いた。珍しく単独行動での捜査だったが、脇田は意に介さなかった。新宿や渋谷、六本木の繁華街で売人狩りを行い、ある程度の情報は得る事が出来た。末端の売人ばかりだったから、目ぼしい情報は望むべくも無かったが、それでも一人の仲買の売人の名前を聞き出せたので、良しとした。
 脇田は本庁へ戻り、遅く迄SNSの書き込みを調べていた富樫に、
「今夜はそれ位にしとけ。飯でも食いに行こう」
 と言って食事に誘い、仕事を一先ず切り上げさせた。
「どうだ。それらしき書き込みはあったか?」
「はい。ピックアップしてこちらにメモしてあります」
 富樫が一枚のコピー用紙を脇田に渡した。
「ほう。本当に思った以上にあるんだな」
「はい。そのうちの幾つかは、書き込んだと思ったらもうアカウントを消しているんです。かなり用心深いですよ」
「それでも、何件かは今でもアクセス出来るんだな?」
「はい。特にこの三件は客が欲しいのか、向こうから条件を下げてくるくらいです」
「取引を装ってアクセスしたのか?」
「はい。拙かったですか?」
「いや、そんな事は無い。この後もその売人とは繋がっているのか?」
「はい。価格の折り合いがつけば買うからと、言ってあります」
「うん。他の売人は?」
「もう一人やたらと売りたがっている売人がいます。そっちには量を多く買いたいと言って胡麻化しています。最後の一人は売値を一気に下げて来た売人です」
「よし、明日になったらその三人と接触しよう。俺の方は売人が一人浮かび上がった。君の方と併せてやってみるか」
「これらが皆キングの手下だったらいいですね」
「ああ。そうならば一気にキングの懐へ入れる。そうなるよう願おうか」
 二人は有楽町の焼き鳥屋に入った。
「さあ、暫くは仕事の事は忘れるぞ」
「はい」
「富樫君はまだ独身だけど、良い人はいないのかい?」
「チョーさんいきなりですか」
「いないのか?まあ、仕事が仕事だから出会いが少ないからな」
「ほんと、仕事を恨みたくなる時があります」
「最近は各部署に女性が配置されてはいるが、どうも女刑事になる者に美人はいないからな。庁内で好い子をみつけるのなら、生安や交通課へ出向いて口説くしかないな」
「それ、庁内で喋ったらセクハラになりますよ、チョーさん」
「そうか。あかんか」
 二人は暫し仕事の事は忘れて歓談した。酔いが回るにつれ、二人は周囲に客がいない事からか、いつしか仕事の話をしていた。
「しかし、キングっていったいどんな奴なんですかね」
「ここ十年位の間に伸し上がって来た売人だ。暴力団とも取引はするが、何処の組織とも組む事は無い。キング一味の奴を捕らえても、一切キングの事は話さない。それだけカリスマ性があるんだろうな」
「マトリが潜入捜査官を入れて、あと一歩まで追い込んだ話は、うち等の間でも有名ですけど、マトリからあと一歩のところで逃げおおせたのは、やはり潜入捜査官がキング側に寝返ったからですかね」
「うん。庁内ではそういう話になっている。多分間違いないだろうな。そうでもなければマトリの網から逃れる事は難しい」
 脇田は、普段マトリを余り良く言わないが、ここではマトリの立場を慮って彼等の検挙能力を認めていた。
「機捜で絶対に挙げたいですね」
 ぽつりと富樫が呟いた。
「そうさ。だからこそ、君にも頑張って貰わなければならない。そうだ、局長の花村警視に、機捜内に、キング専従班を設けてくれと言ってある。花村局長の事だから、すぐに実行に移してくれるだろうから、宜しく頼むな」
「はい」
「じゃあ、そろそろ退散とするか」
 二人は、焼き鳥屋を出、有楽町の駅で別れた。富樫は、山手線で西日暮里まで行き、そこから京浜東北線で赤羽まで行った。自宅は赤羽駅から徒歩五分のアパートで、一人暮らしには充分過ぎる広さがあった。
 富樫は警察官を拝命して八年になる。一般大学から警察学校へ入学。六か月に及ぶ実技と学業を修得し、晴れて警察官になった。交番勤務から、自動車警ら隊を経て、刑事になった。機捜に移動になったのは二年前で、以来脇田係長とのコンビで仕事をしている。富樫は、脇田を刑事としてだけではなく、人間としても尊敬していた。脇田の命令なら何でもする、というところまで、その信頼度は高い。刑事としての脇田の勘と言うか第六感にも敬服していた。先ず、物事を外さない。一緒にいて全てが勉強になった。そんな脇田が本腰を上げているのだから、キング逮捕も時間の問題だと富樫は思っていた。
 一方で脇田は富樫をどう見ていたか。脇田も富樫同様、相棒を信頼していた。まだ三十歳を少し超えただけで、捜査畑の経験もまだまだなのに、物事を的確に判断する頭脳を持っている。又、何事も自ら率先して事に当たろうとする。脇田は富樫とのペアを組む前の人間を良く思い浮かべ、富樫と比較していた。以前の相棒も年齢は富樫位だったのだが、全てに於いていちいち指示を出さないと動かなかった。何度か丁寧にその事を言ったが、最後迄改まる事は無かった。だから余計に今の富樫とのペアが最高だと感じているのである。
 二人で呑みに行った翌日、富樫のデスクにサイバー課から届けられたスマホの会話に関する解析データーがと届いていた。
 文章でのデーターなのに、そこには生々しい素の音が息づいていた。すぐさま脇田の所へ持って行く。
「お、来たか。どれ見せてくれ」
 脇田は富樫から解析された資料を手にした。
「これは完全にブツを日本へ送る為の会話だな」
「ええ。でも、こういう大事なスマホを、何故ダミーの死体に他の物と一緒に身に付けさせたのでしょうか」
「元々あの死体の物だったんじゃないか?」
「ならば、死体をホーチミン警察の入り口に置く前に、身体検査をすませ、余計な物は身に付けさせない筈だと思うのですが」
「そうだな。確かに君の言う通りだ。ただ、今はその事を考える暇はない。あくまでもキング逮捕に向けての行動を起こすのみだ。ああ、それと今日の午後、キング専従班が出来る。捜査員が一堂に会する機会だ。殆ど君も知っている顔が並ぶが、中には初顔もいる。上手くやってくれよ」
「今迄の捜査資料とかも、望まれれば見せなくてはいけませんか?」
「ああ。相手が望めばな」
 富樫は少し不服そうな顔を見せたが、すぐに気持ちを切り替えた。
 花村警視に呼ばれ、武道場で新たに設置されたキング専従班が集まるからと言われた。
「梓沢管理官も顔を見せる」
 と花村は言い、暗に上は本気だと言いたげだった。武道場に行くと、既に十名余りの捜査員が来ていた。殆どが見知った顔だったが、中には初めて顔を合わす者もした。
「皆、集まったようだな。それでは今からキング専従班の結制式を行う。先ず、梓沢管理官から一言」
 指名された梓沢管理官は、仕立ての良い背広を着ていた。
「諸君、おはよう。この度、局長の花村君からの上申もあり、予てから追い続けていたキング逮捕に向けて、専従班を設けてはどうかとの提言があった。そこで、上級幹部会でこの件を計ったところ、二つ返事でOKが出た。人選はこちらで行い、今日集まっている諸君にやって貰う事になったわけだ。相手はキングだ。知っていると思うが、あのマトリが何度も取り逃がしている。簡単に逮捕出来る相手ではない。皆、そこの所を充分に気を付けて事に当たってくれ。後の細かい指示は今から花村局長が話す」
「諸君、今回のキング特別専従班は、捜査員二名、事務方一名の計三人が一斑となる編成で挑む。捜査員がいろいろと調べて来た内容を捜査員の代わりに調書にまとめたり、書類を作成したりする。尚、これ迄の経緯については、脇田、富樫の二名が全て分かっているから、実際に捜査に入る前にレクチャーして貰うといい」
 こうして、キング専従班は結成され、稼働し始めたのである。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み