第24話

文字数 2,950文字

 裕也は何故自分がこんな事をしているのか、自分でも分からなかった。亜蘭からの命令とはいえ、何人もの人間を殺した。麻薬に手を染めるのは、まだ自分を許せる。だが人殺しとなると話は別だ。何故、亜蘭の命令を拒めなかったのか。それは、亜蘭の持っている体の奥底に忍ばせた狂気が恐かったからだ。実際、亜蘭の目の前に立つと、何も拒めない恐ろしさが伝わって来る。それは、裕也だけでなく、若い手下達全員がそれを感じているものだ。このままでいると、自分は何処迄エスカレートして行くのであろうか。果たして自分でブレーキを掛けられる日が来るのであろうか。
 車を運転する真也の横顔を見ながら、裕也はそれらの事を考えていた。アジトから乗って来た車は、途中で乗り捨て、別な車を盗み、アジトへ向かう途中だった。検問にぶつかった。警ら隊員が近付いて来る。裕也は、まだ銃弾の残っているブローニングの38口径を腰のベルトから抜いて構えた。運転席の真也はおろおろしている。警察官が窓をコツコツと叩き、
「すいません。お急ぎの所。免許証を拝見したいのですが」
 と言った。真也が裕也の方を見る。窓を開けろと裕也が真也に命じた。窓が開けられた。その瞬間、裕也は拳銃を警察官の額に向けて発射した。パーンという乾いた音と共に、警察官が後ろに仰け反り、その場に崩れ落ちた。
「真也。車を走らせろ!」
 真也は言われなくともといった表情で車を急発進させた。タイヤのスキッド音が鳴り響き、急加速した。パトカーが追って来る。真也は無我夢中になってアクセルを踏んだ。車は国道から横道にそれ、必死でパトカーを振り切る。
「裕也さん、アジトへ戻るんですか?」
「勿論だ」
「逃げ切れるかな」
 アクセルを踏む足はベタ足だ。途中逆走する。お構いなしだ。パトカーはまだ追って来る。逃げている途中で、追跡するパトカーが増えた。信号を幾つも無視する。何度か他の車とぶつかりそうになったが、ぎりぎりの所でかわせた。高速を使う事も考えたが、下の道の方が逃げれると思い、真也にそう指示した。車は東京と埼玉の県境を過ぎた辺りでパトカーを振り切った。だが安心は出来ない。埼玉県警に通報が行っていれば、また追い駆けられる。一刻も早くアジトへ着くのだと、裕也は思った。裕也は亜蘭へ電話をした。
(亜蘭さん、マッポを撃ってしまい、今追い駆けられてます)
(何とか振り切ってアジトへ戻って来い。もしアジトの近く迄追われていたら、又電話をするんだ。お前等二人は絶対に捕まらせない。逃してやるからな)
(ありがとうございます。じゃあ、一旦切ります)
(うん。頑張って逃げろよ)
 亜蘭の言葉は、百人力だった。完全にパトカーを振り切ったようで、サイレンの音もしない。こうして裕也と真也は、何とかアジトへ辿り着いた。
「ご苦労だった。経緯を詳しく話してくれ」
亜蘭が出迎えの挨拶もそこそこに、事の顛末の説明を求めた。裕也は、勇誠会の高畑と光田を射殺した一連の流れと、検問に引っ掛かった時に、警ら隊員を射殺した事、パトカーに追跡された事を簡潔に話した。
「目的を達せたんだな?」
「はい。言われた通りに」
「よくやってくれた。もうお前はうちの幹部だな。この後も頼むぞ」
 亜蘭から幹部と言われた裕也は舞い上がった。この人の為なら何でもやるぞと、逃走中の車内で迷っていた気持ちとは裏腹な亜蘭心棒者になっていた。
「真也。ここ迄乗って来た車を始末して来い。いつもの車屋でな」
 そう言って亜蘭が何枚かの一万円札を真也に渡した。
「自分も一緒に行きますか?」
 裕也が尋ねる。
「いや。お前は残ってくれ。キングに一連の事を、君の口から報告するんだ。キングもきっと喜ぶぞ」
「はい」
 真也は亜蘭の指示でここ迄乗って来た車の始末に向かった。裕也と亜蘭は四階のキングの部屋へ行く。
「裕也、君にだけは言って置くが、近々アジトを替えようと思う。但し、そのアジトは飽くまでもキングの為のアジトで、そこは基本的に誰にも知らせないつもりで、自分達が集まるアジトは別に設けるつもりだ。それで、新しいキングのアジトを君にだけは教える」
「どうして俺だけに?」
「君を信用しているからだ。そして、今後君はキングのボディーガードになって貰いたいからだ」
「ボディーガードですか。俺には務まらないかと思うのですが……」
「いや。君なら大丈夫だ。今迄通りやってくれればいいんだから」
「はあ……」
 裕也は返事を躊躇った。一旦は亜蘭への忠誠心に自分で疑問を感じ、それを亜蘭の幹部にという言葉で元の忠誠心を復活させたのに、いざボディーガードという具体的な役職を提示されて迷いが再び生じた。心が揺れ動いている。
「どうした。ボディーガードでは不服か?」
「いえ、不服とかではなく、自分にやれるかどうか不安で。何だか自分がキングのボディーガードなんて恐れ多い気がするものですから」
「大丈夫。俺も常に傍にいるから」
 亜蘭は珍しく執着した。裕也にそれ程拘ったのは、キングの手下にもう人材がいないからだった。そんな中で、従順に命令に従い、警察官を襲い、勇誠会の会長と若頭を殺した。亜蘭は裕也なら何でも言う事を聞くだろうし、ここぞという時の胆力もあると見たのである。キングに危機が迫った時には自らを盾にしてキングを守るだろう。今一度亜蘭は裕也を説得した。
「君はキングのボディーガードになる事で、うちの№3になるんだ」
 裕也はこの言葉でキングのボディーガードになる決心がついた。
「宜しくお願いします」
「これでうちの組織も安泰だ」
 そう言って亜蘭はキングの部屋をノックした。キングはソファで寛ぎながら、ワイングラスを持っていた。
「キング、改めて裕也を紹介したくて」
「うん」
「この裕也を今日からキングのボディーガードにします。さあ、裕也、キングに挨拶を」
 亜蘭に促され、裕也はキングに頭を下げた。そこから先の事は覚えていない。キングの放つオーラに飲み込まれたのである。
「裕也、これで今日からキングのボディーガードだ。しっかり頼むぞ」
「はい」
 裕也は何だかもう二度と引き返せない道へ踏み出したかのような気がした。
 検問での警察官銃撃と、勇誠会会長、若頭暗殺犯が同一人物だと判明すると、警視庁赤坂捜査本部は、防犯カメラから犯人を特定し、全国指名手配に踏み切った。又、検問突破からその逃走コースを割り出し、犯人は埼玉方面へ逃げたと割り出した。
 全体の捜査本部を指揮する機動捜査隊の花村警視は、捜査員全員をその方面の捜査に当たらせた。脇田と富樫も同様だ。車のナンバーは追跡していたパトカーの捜査員が記憶し、ナンバー照合をしている。
 埼玉の自動車警ら隊の河住巡査長と林原巡査が該当の車を発見したのは、検問突破からまだ一時間と経っていない時だった。直ぐに河住巡査長は警察無線で応援を依頼、瞬く間に応援のパトカーが集まった。
 パトカーに付いているマイクで、前方を走る当該車両に停止を求めるが、車は一向に止まらない。寧ろスピードを上げて逃走を企てている。この車こそ真也が処分をするべく運転していた車だ。真也は必死になって逃げた。この場に裕也がいれば、警察なんぞ全員撃ち殺してくれるのに。そう思う真也は、当てのない逃避行に向かっていた。
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