第22話

文字数 2,875文字

 脇田が大阪で動いていた頃、東京では新たな銃撃事件が起きていた。経緯はこうだ。警視庁の機動捜査隊だけでなかく、綾瀬署と八王子署、それと応援の周辺警察署から捜査員が動員され、キングの一党を捕らえるべく動いていた。各警察署の自動車警ら隊も、周辺をパトロールし、怪しい奴はいないかと回っていたのである。陽もくれ、車の往来も多くなり始めた頃、調布署の金森巡査長と相崎巡査の二人は、パトロール中に通過したファミレスの駐車場で怪しい車を発見した。すぐさま二人は駐車場へ行き、停車していた怪しい車に近付いた。金森巡査長が怪しい車に近付くと、突然、車のライトを浴びせられ、目が眩んだ。車に残っていた相崎巡査は反射的に本署へ連絡し応援を頼んでいた。銃声が鳴り響いたのはこの時だった。金森巡査長の体がくるくると回り、アスファルトの駐車場に転がった。相崎巡査が車から飛び出て、金森巡査長を引き摺るようにしてパトカーのフロントドアの影に隠した。息はしているようだが、定かではない。相崎巡査は自分の拳銃を抜き、正面でまだ銃を撃っている相手に四発応射した。警察官が持っている拳銃には、通常五発のシリンダー弾倉に四発の弾丸しか装填されていない。空きの個所に撃鉄を収め、暴発を防ぐ為だからだ。
 相崎は急いで予備の銃弾を追加で装填した。怪しい車がエンジンを掛け、その場を逃走しようとする気配を見せた。相崎巡査は、タイヤとエンジンを目掛けて撃った。命中したように思うのだが、車は止まらない。相崎巡査は金森巡査長を助手席へ押し込み、自分もその上に重なった。応援が早く来てくれれば、そう思った矢先、怪しい車は猛ダッシュでパトカーに向かって来て、思い切り正面から衝突した。衝撃で金森巡査長と相崎巡査はパトカーのの外へ飛ばされた。気を失った相崎巡査も転がり落ち、手から拳銃が落ちた。
 応援が現場に駆け付けたのは、怪しい車がファミレスの駐車場から出て行って五分程経った後だった。パトカーのフロント部分を破壊され、銃弾の跡が生々しいそれを見た応援の自ら隊の者は、緊張感を体いっぱいに滲ませた。
「救急車を呼べ。直ぐにだ!」
 その声に反応してすぐ様救急車を呼ぶ者。転がっている金森巡査長と相崎巡査を抱き起そうとする者。怒号が響き渡り、修羅場だった。
「金森巡査長の方は人工呼吸が必要です!」
「ファミレスにAEDがあるだろう。借りて来い!」
「はい!」
「相崎の方はどうだ?」
「相崎巡査も意識がありません!」
「息はしているか?」
「はい。微かですが」
「よし。本部に連絡して、現状を報告するんだ。それと、ファミレスの方から事件を目撃している者がいるかも知れん。聞いてみて来てくれ」
「分かりました」
 十分もしないうちに、現場には何台もの捜査車両が集まった。金森巡査長と相崎巡査は駆け付けた救急車で運ばれたが、病院で金森巡査長が死んだ。死因は出血性のショック死だった。相崎巡査は重体だ。殺気だった現場では捜査員達が右往左往している。そんな時、赤坂署から連絡が入り、キングの一味と思われる人間と銃撃戦になり、相手を三人射殺したとの事だった。更に驚く事にこれだけでは終わらず、吉祥寺でも同様の銃発射事件が起きたのだ。このように、ほぼ同時刻に同じような事件が起き、八王子の事件と同様、警察官に死亡者が出た事で、警察は色めきだった。
 警視庁の機動捜査隊は、管内に派遣している捜査員を、一度本庁に集める事にした。事件が起きた所轄署を含めた組織の再編成が急がれたからだ。花村警視は、脇田に警察無線で何度も連絡を取ったが、連絡がつかない事に苛立ちを覚えていた。ようやくケータイに連絡がついた時、脇田は大阪にいると言って来て、半ば呆れ返った。
(俺の指示をどう考えているんだ。今の優先事項は、銃撃犯の逮捕だ。キングの繋がりなんぞその後でも出来る)
(そうですが、誰かがキングの繋がりを暴かなければならないのは事実です)
(とにかく、とやかく言ってないで東京へ戻って来い。話はそれからだ。始末書は覚悟して置けよ)
(分かりました。でも今から新幹線で帰ったとしても、本庁に着くのはだいぶ遅くなりますよ)
(構わん。とにかく早く戻って来い!)
 いろいろ言い訳を言ったが、脇田の方が分が悪いのは、本人が一番分かっていた。
 その頃、亜蘭は事件のあらましを手下達から聞いていた。
「今テレビでニュースでやっている。警官が二人死んだそうだ。撃った者は誰だ?」
「はい。自分と浩司です」
「瑛太か。すぐ日本を出る準備をするんだ。今ならまだお前達が犯人だとは分かっていない筈だから」
「はい。あのお、海外へ逃げるんですか?」
「うん」
「何処へ?」
「タイだ」
「タイですか……」
「リゾート地だから遊んで暮らせるぞ」
 瑛太と浩司は自分達が海外のリゾート地で暮らせるとは思わなかったから、少し驚いた。
「金の心配なら無用だ。安心しろ」
「はい」
 亜蘭は、瑛太と浩司等のように、タイへ逃がすのは、自分とキングとが近い将来海外へ逃亡した時に、そのまま現地で自分達の手下として使えると思ったからだ。
「お前達にはまだまだ働いて貰いたいからな」
「はい。自分達のような者でもよければキングの力になりたいです」
 昨日迄の瑛太と浩司ならまずこういう言葉は出て来ないだろう。警察官を射殺した事で、妙な自信が二人に着いたのかも知れない。
「他の者達も、もし瑛太や浩司みたいになっても心配するな。必ず身の振り方はちゃんとしてやるから。いいな」
「はい」
 若者達は皆顔を紅潮させ、亜蘭の言葉に耳を傾けていた。そして、自分達がいつ瑛太や浩司のようになってもいいと決意していた。
「亜蘭、サツと余り派手にやらない方がいいのでは?」
 キングが亜蘭に言った。
「大丈夫です。こっちにそれなりの備えがあれば、幾らサツだろうがマトリであろうが躱せます。いざとなればキングももう一度海外へ行く心積もりをして置いて下さい」
「そう言う日が来るのか?」
「万が一です」
「そうか」
 キングはそれ以上亜蘭に口を挟まなかった。亜蘭は高揚していた。これまで数多の犯罪組織が生まれたが、警察とはっきり争う姿勢を見せた組織は有無だったと言える。それを覆す存在になったのがキングの組織という事になる。その指揮を今自分が取っている。痛快この上ない。しかも、ただ警察に反抗するのではなく、完全な戦争状態になっての銃撃戦を、市中で五度も繰り広げたのである。亜蘭は、更にこの戦争を押し進めるつもりだ。ただ一点、手下達には、万が一捕まった時には、絶対にキングの名前は出さないようにと言い含めてある。手下達には、裏切らないようそれなりの報酬は渡してある。もし、それでも裏切ってキングの名前を出したならそれ相応の痛みが伴う事を言ってある。もう一つ、もし捕まったなら、必ず塀の中から助け出すという約束もしてある。それを手下達は信じるか信じないかは奴等次第だ。亜蘭は、完全に常軌を逸し始めていた。丁度その時、赤坂で三人の若者が警察と銃撃戦の末死んだという知らせが入った。
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