第19話

文字数 3,009文字

 翌日、梓沢管理官が、キング専従班の捜査員全員を前に、今後の方針について訓示をした。
「今回の銃撃を踏まえ、今日からこちらも武装して行く事にする。各自、拳銃の携行、防弾チョッキの着用を許可する。相手はこちらが、警察であっても、発砲して来る凶悪犯だ。そのように扱え。ここで情けを掛けて新たな被害者を生むのだけは避けたい。くれぐれも言うが、相手を普通の容疑者だと思うな。暴力団と違って地下に隠れた麻薬犯罪組織だ。相手が銃を出したら、威嚇無しで構わんから、即刻撃て。以上だ。各自与えられた任務に就くように」
 捜査員達がばね仕掛けの人形のように動き出し、拳銃保管庫へ向かい、そこで銃と防弾チョッキを受け取った。拳銃はHKP2000パラぺラムで、9ミリパラぺラム弾十三発装填のオートマチックだ。防弾チョッキは防刃も兼ねた物で、それらを受け取ると、皆散って行った。脇田と富樫は綾瀬署へと向かった。綾瀬署には既に二班、四名が向かっている。
「富樫君。今回の件で拳銃を携行して行く事になったが、射撃の方はどうなんだ?」
「お恥ずかしいお話ですが、Bの-です」
「今から射撃の腕前を上げようとしても時間がないな。せめてAの-位あれば自分の身を守るにしても、相手を鎮圧するにしても具合は良いのだがな」
「刑事になるのに学科ばかり勉強していたものですから。ただ、柔道だけは負けませんから、最悪拳銃を突き付けられたら投げ飛ばしてやります」
「その意気で頼むよ」
 機捜の捜査員銃撃事件の捜査本部が置かれた綾瀬署に着いた脇田と富樫は、刑事部屋へ入り綾瀬署の捜査一課長の所へ顔を出した。
「機動捜査隊の脇田と、こちらが富樫です」
「綾瀬署刑事一課長の野々村です。事件の概要や現在の捜査状況に関しては、先に来られた機捜の方々に松宮係長が説明しています」
 脇田は先に到着した捜査員が、こちらを待たずに説明を受けている事に鼻白んだ。説明を受けている捜査員を遠目に見た。嵜岡係長だ。機動捜査隊内でも一番の検挙数を誇る。常に自分が一番でなければ気に済まない性格をしている。口さがない連中は、点数稼ぎと揶揄している。嫌な相手と一緒の捜査本部になったものだと、脇田は思った。
 嵜岡が脇田の顔を見ると、
「もう少し早く来てくれれば、一緒に事件の概要やら細かい事を聞けたのに」
 大きなお世話だ、と言いそうになるのを堪え、
「真打登場は最後って決まっているんだ」
 と答えた。嵜岡はちっと軽く舌打ちし、相方の岩清水巡査長を連れて部屋を出て行った。脇田はもう一班を率いる山辺係長の所へ行った。
「山さん。悪いが所轄から受けた説明。俺にも教えてくれないか?」
 山辺係長は脇田と同期で、これまで数々の事件を共に解決して来た。互いに山さん、脇さんと呼び合う仲だから、脇田も甘える事が出来た。
「嵜岡が一緒じゃやり難いよな。仕方ない、こっちはこっちでやるしかないな。所轄から受けた説明は、昨日の銃撃事件の概要と入院している林葉巡査部長から聞き取った内容についてだ。銃撃事件の概要は、こうだ。職質を掛けた林葉君に向かって、相手はいきなり銃を出したそうだ。この時、身体検査をする間も無く銃撃されたとの事だ。相手は二人。逃げた方向はバラバラで、今防犯カメラの解析を急いでいる。林葉巡査部長の聞き取りでは、こちら側は銃を携行していなかったので、なす術も無かったという事だ。ちなみに、逃げた二人の内、銃を撃った方は名前が分かっている。鍵谷といって、元キングの末端の売人だったという事だ。現在は、あちこちからネタを仕入れて売をしているとの事だ。以上が所轄の松宮係長が説明してくれた内容だ」
「ありがとう。林葉巡査部長の所へは嵜岡係長は行かないのかな?」
「どうだろう。いつものように何も言わず飛んで行ったからな。林葉巡査部長の事情聴取をやるつもりかい?」
「ああ。何と言っても犯人を一番間近で見た人間だからな」
「じゃあ、所轄の松宮係長に一言断って置いた方がいい。所轄でも捜査員を病院へやっているようだから」
「分かった。いろいろと恩に着るよ」
「まあ、同期だからな。俺は林葉巡査部長と一緒にいた加山警部補の事情聴取をしてるよ」
 脇田は山辺係長に軽く手を上げ、松宮係長の席へ向かった。
「まだ、何かありましたか?」
 松宮係長が自分の処やって来た脇田を見て言った。
「うちの林葉巡査部長が入院している病院で、事情聴取をやりたいのですが」
「今、うちの一課の人間が事情聴取に行ってますが、その調書を見るというだけでは駄目ですか?」
 この辺は、所轄と本庁の戦いだ。所轄は所轄のプライドがあり、本庁は自分の所の兵隊の事情聴取に何を遠慮する必要がある、という思いがある。
「林葉はうちの兵隊です。当日も本庁の任務で職質に当たり、銃撃事件に遭遇した。本来ならうちが優先的に事情聴取を受け持つべきだと思いますが」
「本庁の機捜さんがそこ迄強引だとは思わなかった。仕方が無い。うちの連中は午前中で取り調べを終わらせますから、午後からにして下さい」
「ありがとうございます」
 脇田は礼を言った後、富樫を伴って刑事部屋を出た。
「こっちが事情聴取をやるにはまだ時間がある。何処かで珈琲でも飲んで行かないか」
「分かりました。マックとかでも構いませんか?」
「ゆっくり話の出来るところが良いな」
「じゃあ喫茶店でも探しますか」
 富樫は車をゆっくり運転し、喫茶店を探した。暫く走らせていると、昔ながらの喫茶店を見つけた。丁度駐車場もある。富樫は空いている駐車場に車を停めた。店に入ると、丁度いい塩梅に客も居らず、席は空いていた。二人は隅のボックス席に座り、珈琲を注文した。注文した珈琲が来ると、富樫が堪え切れずと言った感じで話し掛けて来た。
「山辺係長が一緒で良かったですね。嵜岡係長だけだったら進む捜査も進まない」
「あっちはあっちだ。点数を上げる為なら法すれすれの事をやる人間だ。まあ、その辺に関しては俺も人の事は言えないがな。ただ嵜岡係長程じゃない」
「機捜はチョーさんの方が長いんですよね?」
「ああ。俺の方が二年位先に拝命された」
「あの人はいつもあんな調子なんですか?」
「ああ。でもまあ気にしてもしようがない。俺達は俺達の方法で捜査に当たろう」
 脇田は達観したような口ぶりで、富樫を捜査の話に戻させた。
「林葉巡査部長に聞く内容は決まっているのですか?」
「いや。会ってから決める」
「どういう伝手で売人の鍵谷に行き付いたか知りたいですね」
「そうだな。それが分かれば動きようがある」
「所轄もその辺は分かっている事でしょうから、所轄と一緒の動きになってしまいますね」
「まあ、事件解明の為なら、所轄と協力してもいい。というより、そうなる可能性が高いな」
「この事件を追いながら、昨日迄追い駆けていたキングの事を追う事は出来ないんですか?」
「それは考えている。昇龍会の黒石から聞いた大阪の大河内を挙げられれば良いのだがな。黒石の話だと、かなりの大物だ。挙げられれば国内の覚せい剤の供給バランスが崩れるし、そこからキングの所へ繋がる」
「チョーさん、やりましょう。毎日がサービス残業になっても構いませんから」
 富樫が冗談交じりで言った言葉だったが、彼の真意を聞けて、脇田は嬉しかった。
「さて。そろそろ昼だな。富樫君行こうか」
 二人は喫茶店を出て、林葉巡査部長が入院している病院へ向かった。
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