第34話

文字数 2,871文字

 車の中は定員オーバーで身動きできない程だった。車内の床に二人を転がし、もう一人は両サイドから挟み込むようにした。裕司達が乗って来たアルファードは後部座席がウインドウをシールドで目隠ししているので、外からは中の様子は分からない。裕司は亜蘭に電話を入れた。
(亜蘭さん、三人拉致しました)
(そうか。よくやった。帰って来る時は慎重にな。もし、帰ってくる途中で検問か何かをやっていたら、俺にすぐ連絡しろ。パトカーの職質も同じだ)
(はい)
(それと、運転している奴によく言って置くんだ。対向車でパトカーが来てもきょろきょろするなとな。とにかく怪しい素振りを見せちゃ駄目だ)
(分かりました)
(じゃあ、無事に戻って来るのを待っているよ)
 裕司は亜蘭からの言葉を運転している若い男に伝えた。
「焦ってスピード違反とかは絶対にするな」
「はい」
 運転手は緊張した面持ちで答えた。その時だった。後方からパトカーが忍び寄るように接近してきて、いきなり、
「前方の白い車の運転手さん。車を左に寄せて」
 とマイクでが鳴られた。裕司はすぐに亜蘭へ電話をし、指示を仰いだ。
(取り敢えずおとなしく車を道の左に寄せるんだ。そこでマッポがやって来たら人質を見せ、人質の交換を持ち掛けるんだ。こちらの希望は今捕まっている仲間の身柄。分かるな)
(はい)
(よし。じゃあ言った所迄上手くやるんだ)
 裕司が電話をしている所へ、パトカーから警察官が降りて来て、アルファードの運転席迄やって来た。警察官が運転手に免許証を見せるようにと言おうとした瞬間だった。後部座席の様子が分かり、
「あんた達、何をしているんだ」
 と声を上げた。人質の一人が猿ぐつわのまま、助けてくれと喚く。警察官が応援を無線で呼んだ。
「窓を開けなさい」
 警察官が怒鳴る。裕司は絶対に窓を開けるなと言い、自分の拳銃を腰から抜いた。そして、人質の三人に向かって、
「余計な事は言うな。もし勝手に喋ったりしたら黙って貰う」
 と脅しの言葉を言った。人質の三人は、すぐさま押し黙った。自動車警ら隊の応援がやって来た。
「車の中に人質のような人間がいます。それと助手席にいる人間は拳銃を所持しています」
「分かった。取り敢えず逆上しないように宥めながら、何の目的で人質を取っているのかを探るんだ」
 応援の警ら隊長が指示をする。道路上にはパトカーがアルファードを囲むようにして停まり、いつ異常事態が発生してもいいように備えている。裕司はその様子を電話で亜蘭に伝える。
(いずれ何かしらの交渉をして来る筈だ。その時に人質の話をする。いいな)
(はい。分かりました)
 そうこうしているうちに、本庁の機動捜査隊もやって来た。
「どういう状況だ?」
 機動捜査隊のキャップが自ら隊の警察官に尋ねる。警察官は車の中に人質らしき人間が、少なくとも三人はいると述べ、更には助手席に乗っている者は拳銃を所持している事も伝えた。
「それと、車のナンバーから分かったのですが、キングの事件に関係する者だという事も分かりました。今、キングの事件に関係する捜査本部にも連絡を入れましたので、追っ付捜査員の方々もやって来ると思います」
 その捜査本部の人間の中に脇田と富樫のコンビが入っていた。丁度二人は一連のキングの事件を追うべく、巡回していた。警察無線で事件の概要を聞くと、急ぎ現場へ向かった。脇田と富樫が到着した時は、丁度双方睨み合いが続いていた状態の時だった。
「状況はどんな塩梅で?」
 脇田が尋ねると、自ら隊のキャップは、もう何度も聞かれた事を脇田に丁寧に話した。
「今迄のキングの一味なら、即座に銃撃戦に持って来るのだが、今回はそんな動きは無いとは、どういう事だろう」
 脇田が首を傾げる。具体的に何も要求してこない。人質を取っていながらそれが無いとは、それも不思議だ。
 脇田は本庁の顔見知りの機捜隊員の所へ行き、キャップに自分を交渉役にして貰えないか話してみてくれと言った。話はすぐに伝わり、交渉役の役割が回って来た。
 脇田と富樫はすぐさまアルファードの所へ行き、助手席の窓をノックした。交渉の相手を助手席の人間と定めたのは、脇田の勘から来るものだった。
「少し話をしないか」
 ウインドウを開けずにいる裕司に向かって、何とか声が聞こえるようにと話し掛けた。裕司の方は電話で亜蘭と話し続けている。
(刑事が窓を叩き続けてます)
(ひょっとしたら交渉役かも知れない。窓を開けて話を聞いてみろ)
(はい)
 裕司は窓を開けた。脇田は中を覗き込み、車内の状況を確認した。人質が確認出来た。
「君等はキングの所の者か?」
「そうだ」
「人質を取って、目的は何だ?」
「交換だ」
「交換?」
「そうだ」
「何と交換するんだ?」
「捕まっている我々の仲間とだ」
「人質は何人いる?」
「三人」
「三人と、捕まっている仲間全員とを交換するつもりなのか?」
 裕司は頷き、電話で亜蘭に状況を説明する。
「誰と電話しているんだ?」
 脇田が問い掛けるが、裕司は構わず亜蘭からの指示を受けていた。
「電話はキングからか?」
「違う」
 裕司は即座に否定した。
「もし、君に決定権がなくて、電話の相手にその決定権があるのなら、私と直接話をさせてくれないか?」
「決定権は俺にある」
「そうか。なら人質交換の件だが、返事をするのに少し時間をくれないか?」
「どれ位の時間が必要なんだ?」
「そんなに掛からない。だから返事をする迄は、人質に危害を加えないと約束して欲しいんだ。それと人質の名前を教えてくれないか?」
「人質の名前は何故必要なんだ?」
「人質にも家族はいる。今もきっと心配しているに違いないから、無事だという事を伝えて上げたいんだ」
 裕司は電話で亜蘭にこの件を伝える。亜蘭はいいだろうと伝えた。
「分かった。おい猿ぐつわを外してやれ。この刑事に自分の名前を言うんだ」
 三人の人質は、それぞれ名前を言った。脇田がメモをする。言い終わると、又猿ぐつわをした。
 脇田はすぐに機捜のキャップの所へ行き、会話の内容を話した。
「奴等は本気です。こちらもそのつもりで応対しないと人質の命は無いでしょう」
「しかし、人質の交換とは奴等も考えたな。だが上の方が人質交換に応じるだろうか」
「応じないと死人が出ます」
「そこだ。現場と本庁の間に、同一の意識があれば良いが、果たして同じ考えでいてくれるかどうかだ」
 そう言って、キャップは本庁へ電話をした。
(そういう訳で、現場としては人質交換をした方がいいのではと考えております)
(簡単に人質の交換というが、本当にその方法でしか人質を救出出来なのかね?SATに突入させるとか、他の手段を考えてみたか?)
 電話に出ている管理官が、言った。
(はい。あらゆる事を考えた結論が人質交換なのです)
(人質交換という事になれば、警視総監まで話を持って行く案件になるんだぞ。どう納得させる?)
(人命第一。この線で)
(簡単に言うな。分かった。君達の話を上へ伝える。私も引き受けた以上責任を持って人質交換の件実現させる)
 管理官はそう言って電話を切った。
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