第31話

文字数 2,956文字

 駐車場で淡路巡査を銃撃した男は、病院へ運ばれそこで殺人未遂と銃刀法の現行犯で逮捕された。本格的な取り調べは、男の容態が良くなってからする事にし、取り敢えずは名前だけでもと事情聴取した。
 男の名前は、樫木淳一。年齢は二十三歳。見た目以上に若い事に、まず驚いた。
「銃撃の痕が癒えたら本格的に調べるが、その前に一つだけ聞きたい事がある」
「……」
「キングの関係者か?」
「……」
「だんまりか。まあいい。いずれ自分から話すようになる」
 脇田は、捜査本部から淡路の代わりに寄越された羽室巡査に、
「こいつの前科照合をやってくれないか」
 と命じた。
「はい」
 羽室巡査はすぐさまセンターへ電話をし、指名、年齢を伝えた。結果はすぐに出て、傷害と薬物での前科が出た。薬物で執行猶予判決を貰っている事が分かり、その事を羽室巡査が脇田へ伝えた。
「お前。若いのに結構ワルなんだな。これからの事、病院にいる間によく考えて置くんだ」
 脇田は病院を後にし、赤坂署にある捜査本部へ戻った。事件のあらましを中垣内係長へ報告する。
「君が撃った若い男は間違いなくキングの所の人間ですか?」
「黙秘する位ですから間違いないでしょう」
「医者の方はどれ位で退院出来ると言っているのです?」
「出血個所はいずれも治っていて、後は抗生物質で傷の具合を確かめて、歩行に差し支えなければそれで退院だそうです」
「一日も早く退院してくれないと、調査も先へ進まない」
「はい」
「いつ樫木という男がいつ退院になってもいいようにだけはして置いて下さい」
「分かりました」
「それと、勝手知ったる富樫君が戻って来ました。すぐ現場の仕事に就けるか分かりませんが、本庁の直接の部下が戻ってくれば、脇田さんも何かと心強い事でしょう」
「はい。本部に来ているんですか?」
「いや。今日の午後にと本庁から改めて任命されて来ます」
 脇田は、無性に嬉しくなった。コンビを組んで長い富樫が戻って来る。銃弾が貫通した左腕は大丈夫だったのだろうか。暫く自分のデスクに居ると、富樫がやって来た。
「チョーさん。ご心配をおかけしました」
「銃弾を受けた左腕は大丈夫なのか?」
「はい。貫通銃創だったので、思いの外早く現場復帰出来ました。又ご一緒させて下さい」
「おう」
 富樫の言葉に思わず笑みが零れた。二人は改めて中垣内係長の所へ行き、再びこのコンビで捜査に当たりますと報告をした。
「先ずは今もキングの一味は警察を狙って市中をうろつき回っています。巡回の自動車警ら隊も奴等を取り締まるべく回っていますが、危険と隣り合わせの現状です。ですので、脇田さんと富樫君も充分にその辺は注意して検挙に当たって下さい」
 脇田と富樫は、これ迄と同様の任務に就くべく、防弾チョッキを着用し拳銃をそれぞれホルスターへ収めた。
 脇田は思っていた。富樫が帰って来てくれた。自分とコンビを組むと、命の危険に晒される。代理のコンビだった淡路も然り。二人共一命は取り留めたが、一歩間違っていれば命を失っていた。もうそんな危ない目には合わせない。上司として責任を持って相方を守るのだ。
 亜蘭は、裕司から淳一が捕まった事を聞いた。
「守達とたまたま駐車場で車を停めていた時に、覆面パトカーがやって来て、それで撃ち合いになり、淳一は腕と足を 撃たれて捕まったという次第で」
「淳一はうちらの話をすると思うか?」
「淳一に関しては大丈夫でしょうけど、マッポにしつこく迫られたら分かりません」
「そうだな。第一、淳一が喋らなくとも、うちらの仕業だと気付くだろうし」
「ですね。亜蘭さん、どうでしょう、淳一を病院から助け出しませんか?いずれ警察の方へ身柄が移されますが、そうなると助け出せません」
「裕司、それ本気で言っているのか?」
「いけないですか?」
 亜蘭はしばらく考え、突然笑い出した。
「面白い。なかなかそう言う事を考える奴はいない。裕司。助けに行くのに必要な人間の人数を割り出してくれ」
 裕司はにこりと微笑み、
「分かりました」
 と言って、席を立った。裕司は今すぐ動ける人間をピックアップする事にした。誰でも構わないという訳には行かない。肝の据わった人間が必要だ。何故なら、病院で警察と撃ち合いになる事は必至だからだ。裕司は、淳一と一緒に事件を起こした三人の男に白羽の矢を立てた。早速三人を呼ぶ。
「マッポに仕返しをしないか?」
「どうやって?」
「今度は大人数で一気に襲う。狙いは淳一の奪還だ」
「何だか面白そうだ」
「マッポは何人位いるんだ?」
「それを事前に調べる。病院だから入るのには問題は無い。警備のマッポの人数を調べたら、後は決行だ」
「調べるのはいつ?」
「一両日中に」
「警備の人数が多くて、襲撃が不可能だったら?」
「病院から警察署へ移される時を狙う」
「病院を襲撃する日迄何をしてればいい?」
「外出せずじっとしてて欲しい」
「分かった」
 話は決まった。裕司は残り五人程で、襲撃犯を決めキングのメンバーのうち、一番荒事に向いていない人間を一人選び、自分が一緒になって病院を偵察する事とした。
 偵察の一人に選んだ男は、川野浩介といい、まだ二十歳になったばかりの若者だった。ネットからリクルートされた若者で、御多分にもれず高額収入の文字に魅かれてやって来たのだ、車は運転出来るが、亜蘭はこの青年に拳銃などの武器は渡さなかった。亜蘭は、浩介を単なる下っ端の仕事しかさせなかった。それでも、普通に働くよりは高額の収入を得られたのだから、浩介にしてみれば大満足だったであろう。浩介を使う事に、亜蘭は余り良い顔をしなかった。
「奴はつかえるのか?」
「大丈夫です。私も一緒ですから」
「ならいいが」
 裕司は裕也も加わって欲しいのだがと言ってみた。
「裕也はキングのボディーガードだ。最後の最後迄裕也はキングの傍にいる」
 ダメ元で言ってみただけだったが、真実裕也が加われば大きな戦力になると思っていた。それが叶わないとなれば、今いる人間達で決行するしかない。
 翌日、裕司は浩介を伴って淳一が入院している病院へ向かった。病院の場所と部屋は、弁護士を送って調べ上げていた。送った弁護士は、金さえ払えば何でもする人間だ。弁護士なら一般の面会は出来ないが、面会も出来るし、入院している病院も病室も分かる。弁護士からの話では、思っていた程厳重ではなく、かなり隙があった。
「浩介。今日は偵察が目的で、マッポの数を調べるのが目的だ。もし、マッポから咎められたりしたら、逆らわずにすぐ引き返すんだ。それで、捕まったら、キングの事だけは一切話すな。いいな」
「はい」
二人は病院へ足を踏み入れた。
「エレベーターは使わず非常階段を使おう。浩介は反対側を。俺はこっちの階段を使う」
「分かりました」
 二人は一階で二手に分かれ、目指す病室のあるフロアへ向かった。幸い、裕司は捜査員達とは出くわさず、淳一の入院している病室があるフロアに出た。反対側をみると、捜査員が数人集まっている。浩介が職質にあっていた。予想の範囲内だ。裕司は病室周辺にいる捜査員の数を数え、反対側で浩介を職質している人数を足し、これなら襲撃可能と答えを出した。浩介の事は諦め、裕司は帰る事にした。帰って早急に襲撃の手筈を整えなければならない。賽は投げられたのだ。
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