第36話

文字数 2,871文字

 警視庁本庁から送られて来たキング一味の拘留者は淳一を含む六人。各警察署の留置場から一旦警視庁本庁の留置場に集められ、そこから護送車で人質交換を待ち受けている現場へ向かう。この時、SATいわゆる警視庁特殊部隊の一個小隊を載せたバスが護送車の後ろを付いて行った。人質交換の場が、キングの一味を捕縛する瞬間に変わるのだ。
 SATを載せた捜査車両は、護送車の後ろを付かず離れずの等距離で走る。前後を無数のパトカーが隊列を組んでいた。警察無線が、各車両に指示を飛ばす。対向車線ですれ違う一般車両の運転手達は、一様にこの光景を異様な思いで眺めながら擦れ違った。
 人質交換まで僅かと迫った頃、裕司は脇田を呼び、新たな条件を申し出て来た。
「車を一台、用意して置いて欲しい」
「分かった。上と掛け合ってみる」
 さっそく脇田はこの件をキャップに申し出てみた。
「車を一台って事は、自分達の車では全員載せられないと分かっているんだな」
「どうしますか?」
「いいだろう。言う事を聞いてやれ。どうせその車は五メートルと走らずに検挙されるのだから」    
 手筈としてはこうだ。人質交換直後に襲撃するのである。相手に銃の引き金を引く時間も与えない素早さで、一斉検挙する。当然、相手が発砲して来たら、こちらも容赦なく実弾を撃ち込む。警察の威信を掛けて、この検挙だけは失敗させてはならない。脇田も刻々一刻と迫るその時に向けて、気持ちを一層引き締めていた。
 本庁からキングの一党が護送車で到着した。後ろにはSATの車両がピタリと付いて来ている。同行のパトカーは周囲をぐるりと囲むようにして停まった。SATの車両から隊員達が悟られないように降り、周囲を囲んだパトカーの影に隠れ潜んだと同時に、指揮官が警視庁機動捜査隊キャップの所へ行き、
「警視庁第六機動隊SAT第三小隊小隊長の砂子田です」
 と名乗り、突入の手筈を確認し合った。
「先ず、人質を交換し、安全が確認出来た所で相手の車両のタイヤに一斉射撃を行います。この間、恐らく一分と時間は掛からないと思いますが、相手車両が動けないと確認出来ましたら、制圧に掛かります。一応私達SATだけで大丈夫だとは思いますが、念の為援護の射撃を行って頂けますと助かります」
「分かりました。うちの者達にはその旨伝え、待機させます。人質交換の時ですが、うちから人間をやります。こちらの脇田警部補が交渉人役にもなっていますので、彼にその役目をやって頂きます。宜しいでしょうか?」
「はい。構いません。向こうは銃を持っていますか?」
「脇田君、教えてやってくれ」
「はい。リーダー格の男は助手席に乗っているのですが、その男はオートマチックの拳銃を。後部座席にいる手下達は、全員短機銃を所持しています」
「ありがとうございます。それだけ情報があれば助かります」
 協議は終わった。後は実行だ。脇田は自分が人質交換の役目を負うとは思っても見なかったので、内心驚いていた。
「では、先方に人質交換の準備をするように伝えて来ます」
 脇田はそう言って、アルファードの方へ向かった。
「あんた等の仲間がやって来たよ。要望通り全員だ。それと車もな」
 脇田が裕司に向かって言うと、
「変な事考えるなよ」
 裕司が言った。
「お互いにな」
 脇田が冗談ぽく言う。脇田の心の中では、この人物だけは助けたいな、という心情になっていた。僅かな時間の中での言葉のやり取りだったが、脇田からするとそういう気持ちになるのだろう。SATの突入時に命だけは落とすなよと心の中で呟いていた。
 準備が出来ました。との報告が自動車警ら隊の隊員からもたされた。緊張の度合いが、一斉に高まる。脇田が裕司から要望された車に人質交換要員を載せ、ゆっくりとアルファードに近付く。ぴたりと背後に付けると、車から手錠と腰縄に繋がれた交換要員が富樫の先導でアルファードへ近付く。アルファードのドアへ近付くと、
「さあ、連れて来たぞ。そっちも人質を解放してくれ」
 と言った。裕司が、後部座席の手下達に、
「その三人を解放してやれ」
 と命じた。三人が手枷をされたままの状態で車から降りて来る。
「人質の確認は出来た。この車には六人全員乗り切らないから、乗って来た車にその六人をもう一度載せてくれ」
「分かった。富樫君、悪いがもう一度六人を車に戻してくれ」
 命ぜられた富樫は、淳一を含む六人を元の車に戻した。アルファードの後部座席から二人の男が降りて来て、脇田達が人質を載せて来た車に乗り込んだ。
「悪あがきをせず、お縄につくのも生き方として有りなんじゃないか?」
 脇田が裕司に最後の言葉を投げ掛けた。
「悪あがきも人生の有り方だよ」
「じゃあな」
「ああ」
 脇田は三人の人質と共に、十重二十重と囲む捜査車両の裏へと向かった。
 その時だった。SATの隊員達から放たれた銃弾が、二台の車のタイヤ目掛け食い込んで行く。凄まじい音が、辺り一面に鳴り響いた。アルファードから応戦する銃弾が飛んで来た。パトカーの車体に銃弾がめり込んだり、跳弾となって四方八方に飛んで行く。脇田も銃を抜き、応戦の構えをした。キャップが部下達に撃てとの命令を下す。脇田はその号令に呼応して銃を放った。SATの隊員がパトカーを一台動かし、アルファードに向かって突入した。SAT側から無数の銃弾がアルファードに吸い寄せられていく度に、キングの一味からの銃声が少なくなって行く。あの男は大丈夫だろうか。脇田はそんな事を思いながら、自分の銃に弾丸を補充した。
 裕司は覚悟を決めていた。ここ迄の事をすれば、死刑は免れない。銃の弾薬数を確認した。一発しか残っていない。躊躇いもなく、裕司はコルトガバメントの銃口を加え、引き金を引いた。アルファードからの銃撃が終わった。SATの隊員が駆け寄る。助手席で顔の半分を吹き飛ばされた男の他は皆銃弾で手足をやられ、SATの隊員の姿を見ると一様に手を上げ降参の意思表示をした。脇田はアルファードへ走り寄り、裕司の変わり果てた姿を見た。暫しその場に立ち尽くしていた脇田に、SATの隊員が、
「何かありますか?」
 と尋ねて来た。
「あの助手席の男はSATの射撃で?」
「いや。私達の装備品の銃弾ではああはなりません。恐らく自決でしょう」
「自決、ですか……」
 脇田は何といえない表情をし、暫しその場に立ち尽くした。富樫が脇田の袖を引っ張り、漸く我に返った脇田は、
「はかないもんだな……」
 と一言だけ言い、富樫と一緒に改めて自分の持ち場に戻った。
「解決だな」
 キャップが言葉を漏らした。思えばぎりぎりの判断を求められた今回の事件であった。最後はSATの力を借りたが、犠牲者も出さずに銃撃犯達を制圧出来た事は、幸運だった。ただ一点、不満があるとすれば、全員を生きて検挙することが出来なかった事だ。銃撃戦で、SATの銃弾に死んだ者、自決した者併せて三人。生きて検挙出来た者は三人だった。この事件は日本全国を騒がせ、キングという名前も裏社会以外の一般社会にも広がって行ったのである。
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