第26話

文字数 3,462文字

 脇田は都内城北方面を巡回した。埼玉県との県境を中心に回ったのには訳があった。直近の事件として、この方面でキングの一味と思われる人間が自ら隊に追われ、自爆して果てた事件があった。その事から、脇田はキングの一味が埼玉方面に逃げようとしたのではないかと考え、この周辺を巡回してみようと思ったのである。
「富樫君、挙動不審の車を見つけたら、後先構わず止めちゃってくれ。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる方式だ」
「分かりました」
 捜査車両の覆面パトカーを運転しながら、富樫は対向車などに目を配らせた。小一時間程走らせたであろうか。擦れ違った車の運転手が、瞬間目を逸らせたのを富樫は見逃さなかった。こちらは一般車両と変わらない覆面パトカーだ。普通なら擦れ違いざまに目を逸らすような行動は、しない。逆に覆面パトカーと察知しての行動かも知れない。
「今の車、怪しいのですが」
「構わん。Uターンして追跡だ」
 脇田のゴーサインで富樫は車をUターンさせ、急加速させた。脇田が窓を開け、赤色灯を出し、車の屋根へ付けた。サイレンを鳴らすと、脇田がマイクで前方の車に一時停止を呼び掛けた。だが、前方の車も加速し、止まる気配は無い。この時、脇田は前方の車がキングに関わりのある人間のものとは思ってもいない。単にやましい事をしている人間が運転している車だと思っていた。こういう事はよくある。本命の容疑者を追っている時に、単に怪しい者だとみた人間が本命だったと言う事は刑事の間ではあるあるなのである。大多数が本命とは関係のない者なのだ。この時、脇田はそう思っていた。だが、それはいい意味で裏切られた。前方を走っている車こそ、キングの一味で裕也から指示を受けていた三人組の車だったのである。
 脇田はすぐさま応援を依頼した。万が一キングの一味だったら、これまでの流れから銃撃戦は必至だったからだ。そして、それは現実のものとなった。富樫が運転する覆面パトカーが逃走する車に近付いた瞬間、車の後部座席の窓が開き、黒い者がにゅうっと出て来たのである。それはまごう事無き銃であった。しかも、その銃は連射の効く短機銃で、恐ろしい程の発射速度を持っている。弾丸が発射された。
「伏せろ!」
 脇田の叫ぶ声に、富樫は慌てて顔をハンドルに伏せた。フロントガラスを撃ち破る弾丸。フロントガラスが粉々になる。エンジンルームにも弾丸が当たったようだ。脇田が腰のヒップホルスターからHKP2000パラぺラムを抜き、窓の外から体を半身乗り出して応戦した。タイヤを狙って連射したが、走行中の車には簡単に当たらない。遠くからサイレンの音が聞こえて来る。応援だ。脇田は警察無線で現状を報告した。相手はキングの一味と思われると伝え、銃を乱射されている事も伝えた。拳銃の弾丸が無くなった。急いで予備の弾丸を詰め込む。その間も、前方の車からは銃弾が飛んで来る。
「富樫君、思い切って後ろから追突させてみてくれ。このままだと一般走行車に危害が及ぶ」
「分かりました。チョーさんしっかり掴まっててくださいね」
 富樫は車を更に加速させ、キングの一味の車に接近させた。富樫は一気に加速させると、車のフロント部分を相手の後部バンパーにぶつけた。ぶつけられた勢いで、相手は運転を誤り、車をスピンさせた。富樫はもう一度車を接近させ、右横に衝突させた。ぶつけられても車から銃弾は放たれた。頬を掠める弾丸。車内へ飛び込んだ銃弾は、跳弾となりあちこちへ跳ね返る。富樫が蹲る。跳弾のうちの一弾が富樫の左腕を貫通した。
「大丈夫か?」
「ええ。どうってことないです」
 富樫は強がりを言っているが、顔色が真っ青だ。早く応援が来てくれないかなと、脇田は願った。丁度その時。遠くから聞こえて来たサイレンの音がすぐ近く迄になった。パトカーが数台集まった。それぞれ拳銃を構えながら、パトカーから降りて来る。もう車から銃弾は飛んで来なかった。数人の警察官が、車に近寄り、乗っていた男三人を確保した。いずれも軽傷だったが、念の為救急車を呼んだ。
「大丈夫ですか?」
 制服警官の一人が訊いて来た。
「俺は大丈夫だが、相棒が撃たれている」
「救急車を手配しましたから、もうすぐ到着すると思います」
「車の連中は何人だ?」
「三人です」
「簡単な尋問させてもらってもいいかな?」
「どうぞ」
 脇田はスクラップとなった車に近付き、車の傍でしゃがみ込んだ三人の若者の傍へ行った。傍らにいた制服警官に、
「銃は没収したか?」
「はい。ウジーの短機銃のような物が二丁と、回転式の拳銃を一丁持ってました」
「よう。随分と暴れ回ってくれたが、お前等キングの所の者か?」
 脇田がそう尋ねると、一人体を震わせていた男が、
「そうだ。助けてくれ」
 と言った。すると、もう一人の男が、
「お前は余計な事を言うな。キング何て知らん」
 と、震えている男の言葉を遮った。
「お前の方こそ余計な事は言うな」
 脇田が間に入る。
「殺人未遂の現行犯でお前らを逮捕するが、正直なところを話してくれれば、多少のお目こぼしというのも有りなんだぜ」
 男は無口を貫いた。そこへ救急車が来たので、三人の容疑者達を富樫と共に病院へ搬送した。
 脇田は捜査本部の中垣内警部補に、事の顛末を報告した。キングの部下だと言う事を否定している容疑者もいるが、一部認めている容疑者もいる事から、間違いなくキングの部下と断定出来ると報告した。
(着任早々お手柄ですね。早速三人を入院先の病院からこちらの病院の方へ身柄を移す手続きをします)
(宜しくお願いします。こっちの方は相棒を病院送りにされてしまったので、早急に臨時の相方を本庁から送って貰わねばならない身です)
(もし宜しければ、臨時の相方が来る迄の間、うちの捜査員をお貸ししましょうか?)
(いいんですか?そうして貰えると助かります)
(脇田さんにはもっと活躍して貰わねばなりませんのでね)
 電話越しに中垣内警部補が笑っているのに、脇田は気付いた。
(容疑者達が収容されている病院を移す前に事情聴取をします。それが終わったらすぐに本部へ直行します)
(報告を心待ちにしております)
 脇田は電話を切ると、自ら隊の警察官に、容疑者達を搬送した病院の場所を訊いた。脇田は警察官達に、自分と富樫が乗って来た車の処分を含め、後の処理を頼んだ。
「病院へ行かれるようですが、何でしたらうちのパトカーで送りましょうか?」
「出来ればそうして頂けるとたすかります」
「分かりました。ではあちらのパトカーへ」
 脇田は、タクシーでも捕まえるつもりでいたので、この申し出は助かった。病院へ到着すると早速収容されている容疑者達のところへ行った。病院へ行ってみると、三人は包帯を巻かれたりしていた。見た目は重症患者のように見えたが、実際にはそれ程の怪我では無い事は、脇田が見ていても分かった。
 脇田は、現場で簡単に口を割りそうになった男を見つけ、傍に近付いた。男は驚いた表情を見せ、俯いた。
「少し話を聞かせてくれないか?」
「……」
 男は無言のままだ。
「キングに命じられてやったのか?」
「俺達はまだ何もやっていなかった」
「発砲して来たじゃないか」
「あれは隆が勝手にやった事だ」
「車、盗難車だったが、それも自分達の意思なのか?」
「それは、裕也って奴の入れ知恵だよ」
「裕也、何、裕也って言うんだ?」
「知らない。俺達は裕也に命じられた通りの事をしただけだ」
「まあいいか。いずれ全部話さなきゃならない時が来る。それ迄のお楽しみだな」
 脇田は処置室を後にしICUに収容されている隆という男の所へ行った。ICUといっても、この時は処置室が一杯だったので、緊急で使われただけの事だった。
「さっきは無言で何も話してくれなかったが、改めて質問に答えてくれ」
 隆という男はまだ黙秘を決め込んでいた。
「まただんまりか、隆君」
 男は名前を呼ばれてぴくっと反応した。それを脇田は見逃さなかった。
「隆君。答えてくれないか。今回の件は君が主犯か?」
「違う。俺達は命令されただけだ」
「どう命令されたんだ?」
「街中を車で走り回り、わざと検問や職質に引っ掛かって、そこでマッポを撃ち殺す事だ」
「その命令を出したのがキングか?」
「……」
「そのだんまりがキングと認めたようなものだな」
「俺が喋ったと分かったら、殺される」
「大丈夫だ。そうはさせない」
「保証はあるのか?」
「ああ。俺が責任もって保証する。指一本触れさせないよ」
 隆という男は脇田の言葉を聞いて、その後問われるままに話し続けた。
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