第11話

文字数 2,898文字

 キングの名は徐々に裏社会の中で浸透して行った。キングの所に頼めば、いつでも必要なだけのシャブを回してくれる。それも適正な価格で。
 幾つかの暴力団が、自分の処に取り込もうとしたが、キングは孤高を貫いた。その事も、キングを羨望の眼差しで見る者を増やして行く要因になった。少しずつ手下が増え、取引の量も比例して増えて行った。大河内の教えを守り、キングは東日本の麻薬王に君臨するようになって行くのである。
 手下が増えると、裏切る者も当然出て来るが、キングは裏切者には厳しかった。これも大河内の教えである。裏切者の処分を誤ると、どんなに小さな組織であっても、壊れて行くものである。キングが手下に求めた掟は、シンプルにただ仲間を裏切らないだった。
 裏社会に君臨するようになったキングは、その販売網を西日本にも広げた。その際は、大河内に協力して貰い、何の問題も無く西日本でも覚せい剤の取引が出来た。
 全国に覚せい剤の販売網を広げ始めた頃、亜蘭がキングの下に加わった。この頃はまだ海外から直に覚せい剤を輸入出来るだけの伝手も無かった為、キングは海外との取引を実現する為に躍起になっていた。中々直に取引が出来なかったが、それを実現するのは時間の問題で、実際に二年としないうちに販売網を作り上げてしまった。
 当時は北朝鮮に中国、それと台湾からのルートが主で、既に日本国内ではそれらの国と取引する連中で溢れていた。そんな状況下で、キングはたまたま知り合ったベトナム人のギャングから、昔からベトナムは覚せい剤の宝庫だと聞かされ、意を決してベトナムとのルートを作る事にしたのだ。これが上手く嵌った。ベトナム産の覚せい剤は、北朝鮮産や台湾、中国産にも負けないどころか、それ以上に純度が高かった。キングの覚せい剤は上物だという噂が広がり、顧客が一気に増えた。こうなると、噂は噂を呼び、キングのネタは間違いない。それでいて価格は他と変わらないかやや安い。という噂が広がり、あの大河内までがキングからネタを仕入れるようになった。
 山賀優吾がキングと呼ばれるようになったのは、この頃からだ。中間で卸売りをしていた連中が呼び始めたのが始まりで、いつしか手下のみならず、取引先の相手迄キングと呼ぶようになった。キングは覚せい剤の他に大麻やコカインにヘロインも扱っていた。ただ、需要のバランスで覚せい剤がメインになっているだけで、客の要望があれば、それ以外の需要にも応えた。
 キングが海外から仕入れる方法は、船を使って日本の沖合で荷を移す、瀬取りという方法と、貨物船に覚せい剤を忍ばせて運び込む方法がメインだ。ベトナムギャングとの取引は順調だった。年に一度、渡航する事もあり、キングとベトナムギャングとの繋がりは益々強くなって行った。
 警察と厚労省麻薬取締局にキングの名前が浮かび上がったのは丁度この頃であった。が、まだ名前だけで、キングの組織そのものについては、両者共把握し切ってはおらず、一介の売人程度にしか考えていなかった。警察が末端の売人を捕まえて、キングとは?と問うのだが、末端の売人程度ではキングの組織自体を知る由もないから、情報を得ようにも得られなかった。
 それでも、中にはキングの情報を知ったかぶりし、警察の心証を良くしようと考える者もいる。
「とにかくキングのネタは最高なんだ。雪ネタと言って、純白の上物さ」
「その上物をお前はキングの売人から買うのか?」
「ああ。値段も他の混ぜ物のやつと同じ値段で売ってくれる。キングは神様だよ」
「他にキングについて知っている事はあるか?」
「噂だけど、キングは既に日本国内全域に販売網を築いたらしい」
「キングはシャブの輸入の大元締めか?」
「そういう事になる」
 こんな会話が容疑者と尋問した刑事の間で交わされた。警察と厚労省麻薬取締局の間で、俄然キングの存在が大きくなった。どちらも面子を掛けて、自分の処でキングを捕ま1えるのだとしゃかりきになった。両者は競争でもするかのようにキングへ接近しようとした。長きに亘って両者はキングを追ったが、一番近く迄迫ったのは、捜査員を潜入捜査させた麻薬取締局の方だった。だが、結局はキングを取り逃がしてしまった。
 脇田はその話を聞いた時、心底悔しがった。自分達機動捜査隊が動いて居れば、間違いなくキングを逮捕出来た筈だと。そして、次の機会は絶対に自分達の出番だと思っていた。そしてその思いは通じ、今回のベトナムの二人の邦人殺害事件で、脇田はキングの後ろ姿を掴んだと思ったのである。
「富樫君、その後、押収したスマホの解析は進んでいるか?」
 脇田は、最初に解析済みになっているスマホとは別の、スマホについて富樫に尋ねた。
「はい。結果がもうすぐ上がって来ることになってます」
「早く知りたいものだな。キングの名前が一回でもスマホに残っていたら、殺人容疑で立件してやる」
「死体遺棄ではなくですか?」
「それは表向きで、本件立証は殺人だ。だからスマホの中でのやり取りを早く見たいんだ」
「ベトナムと日本を結ぶ鍵も分かるかも知れませんね」
「ああ。だが腑に落ちない点もある。死体に自分達のパスポートを持たせるのは、死体を自分達だと思わせるという点で納得出来るが、スマホ、それも明らかに自分達が使用していたと裏付けられる物をパスポートと一緒に忍ばせる意味が分からない。ひょっとしたらスマホの情報も、キング達の逃走を助ける為のダミーという事もあり得る」
「確かにそういう心配はありますね」
「ベトナム産の覚せい剤を日本に広めたキングが、更にその販路を広げるとしたら、ブツをこれ迄とは違う位の量を仕入れなければならない。このまま黙って奴の思う通りにさせては駄目だ」
「それにはやはり地道に末端の売人をパクり、キングの情報を得る事が大切ですか」
「それも大切だが、それ以上に上の売人を捕まえる事だ」
 脇田は頭の中で考えを巡らせていた。キングと直接取引きの出来る売人をどうやって探し出すかを。結局、結論は富樫が言っていたように、末端の売人を捕まえて、そこから情報を得るしかないなとの結論に達した。その事を富樫に告げると、
「善は急げだ。早速末端の売人をパクりに行こう」
 と言って、背広を羽織った。
「はい」
 富樫は捜査車両のキーを手にし、先頭になって地下の駐車場に向かった。脇田を助手席に乗せ、富樫の運転する覆面パトカーのレクサスは、脇田の指示で新宿へ向かった。
「新宿に着いたらコインパーキングに停めてくれ。そこでiPadでネットの書き込みを見る」
「ネットで売している奴を炙り出すんですね?」
「ああ。今は路上で直接売買している奴は減ったからな。ネットから特定してパクる。やり方は客になって売人と接触する方法だ」
「分かりました。その役、自分がやります」
「いや。その役は私がやるよ。君は離れた所から私を見守ってくれ。そして、合図があったら駆け付けて逮捕に加わるんだ。いいな」
 脇田は、この方法で売人を確実に炙り出せるかは正直言って自信が無かった。自信が無かった分、脇田は何通りもの方法を考えていた。
 
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