第21話

文字数 3,042文字

 新大阪には夕方に着いた。今回は、単独行動での大阪行きだから、大河内を探すにしても、現地の警察署を頼れない。脇田は、それでも大河内の情報を集める自信があった。東京でもやっている通り、末端の売人から情報を得るのが一番手っ取り早いし、簡単だ。もし、それらから情報を得られないとしたら、余程の大物と言う事になる。それが分かるだけでも、良しとする。そう腹を括っていた。
 富樫を引き連れ、脇田は心斎橋界隈を探索した。立ち売りの売人がいないか、一通り流して歩いてみる。
「それらしい奴、いましたか?」
 富樫が尋ねると、
「あっちの橋の袂にずっと立っている奴がいるだろ。あれは間違いなく売人だな」
「バンカケ(職質)に行きますか?」
「もう少し様子を見る。誰かと接触して明らかにネタを渡したり金を受け取ったりしたらGOだ」
「分かりました」
 二人は周囲に溶け込むようにしながらその男を注視していた。三十分もそうしていたであろうか。その男に、二人連れの男が近寄り、何か耳元で囁きながら、握手をした。それは金だった。紙幣を小さく折り畳み、握手をする時に渡したのである。二人組の男は、何か小さな鍵のようなものを代わりに渡され、顔を上気させながらその場を去って行った。
「行くぞ」
「はい」
 脇田と富樫は少し距離を置きながら、売人と思われる男の方へ近付いて行った。
「よう」
 いきなり脇田が声を掛ける。
「なんやわれ」
 男が凄む。
「いい商売してるな」
「なんのこっちゃ。なんかいちゃもんでもあるんか」
 そこへ富樫も加わった。男は警察と悟ったようだ。
「なんも出えへんで」
「全部見てたんだ。二人組の男から金を受け取り、何かを渡したところをな。このままあんたを覚せい剤の譲り渡しで署へ引っ張って行く事も可能だ」
 男は舌打ちしながら、
「あんたら、地回りのデコ助じゃねえな。言葉も東京の言葉だ」
 と言った。
「当りだ。勘が良いな」
「その東京のデコ助が俺に何の用なんだ?」
「聞きたい事がある。時間は取らせない。場所を変えてもいいんだぜ」
「なんや、随分と勿体付けた物言いしやがって」
「単刀直入に聞く。大河内という男を探しているんだ。知らないか?」
「へっ。知っていても知らねえって答えるよ」
「そうか。なら警察署へ連行するよ」
「連行したって何の罪でしょっ引くんだ。ブツはもってねえんだぜ。買ったという人間もパクってりゃ、多少は勝負になるだろうが、そんな人間はいねえ。勝負になんねえだろ」
 男は笑いながら、胸から電子タバコを取り出し、吸い始めた。今の所勝負は確かに相手の男の方がある。脇田は、
「随分と強気だな。その強気も今のうちだぞ。地元の警察署にしょっ引かず東京へ移送させる。地元の警察で自分有利に取り調べが行われると思ったら大間違いだ。そして調べをやるのは俺だ。手段は選ばないよ。吐く迄ずっと調べ室に放り込んで置く。俺は警視庁の機動捜査隊の脇田っていう刑事だ。どうしても大河内の情報を言わないのなら、今から東京行きだ」
 男の表情が曇った。
「そんな事が出来る訳ねえ。何もしてねえ俺を東京迄引っ張るなんて」
「そう思うのなら試しに東京へ来てみるか。知り合いもいない、東京で取り調べを受けるか、大河内の情報を言うか。さあ、どっちだ」
「知れねえんだよ。マジだ。ほんまに知らんのや、大河内とかいう人間は」
「まだ白を切る気か。本当の事を言ってみろ」
 脇田は男の腕を捩じ上げた。心斎橋の上を通行人が脇田達を見て、興味津々といった表情で見て行く。
「お前程度の奴にシャブを背負わせて、塀の向こうへ送り込むなんざ訳ねえんだぞ」
 脇田が凄む。男は観念したという表情を見せた。
「わしは直接大河内という人間を知らんが、良く知っている人間なら教えられる」
「何と言う奴だ」
「梅田で『ヒステリックブルー』という店をやっている瓜生という男が、大河内とは昵懇の間柄や。そいつを当たってみるがええ。あ、但しわしの事は絶対に口に出さんといてや」
「分かった。約束するよ。じゃあ、もう行って良いよ」
 売人の男は辺りを気にしながらその場を離れて行った。
「富樫君、早速ヒットしたな」
「いつもながらチョーさんの勘の良さには驚きます」
「この時間ならもう店も開いているだろうから瓜生とかいう奴の顔でも拝みに行くか」
 二人はタクシーを捕まえ、梅田まで行った。『ヒステリックブルー』は阪神梅田駅から近くの飲み屋街にあった。看板はまだ出ていなかったが、脇田はずけずけと店に入って行った。
「あのお、まだ準備中なんですが」
「瓜生さんですね」
 男はカウンターの中ら訝しそうに脇田と富樫を見つめた。脇田は警察手帳を取り出し、瓜生という男の目の前に出した。
「警察が何の用でっしゃろ」
 急に瓜生の言葉つきが変わった。
「教えて欲しい事があるんだが」
「わしが何を教えると言うんです?」
 するとそこへ、バイトの女の子なのだろうか、店に二人連れで入って来た。
「おはようございます」
 いつもとは違う雰囲気の瓜生に気を遣って、か細い声でバイトの子が挨拶をする。
「チカちゃん、マリちゃん。ちょっとお客さんと話さなあかんから、更衣室で待機してておくれ」
「はい」
 二人は瓜生に言われるまま、更衣室で待機した。
「バイトの子、何人位雇っていられるんですか?」
「七人。出勤して来るのはその日によるが、四、五人といったところだ」
「今夜は何人で?」
「四人だ。そのんな事を聞きに来た訳ではねえんだろ」
 そこへ今日の残りのバイトの子が、続けざまに二人店に入って来た。瓜生は先程と同じように更衣室で待機しているように言った。
「瓜生さん。単刀直入に尋ねるが、大河内という人間を知らないか。あんたが大河内と昵懇の仲という事は分かっているんだ。ここでしらばっくれても無駄だぞ」
「何処からそういう話を聞いて来たか知らんが、わしは知らんとしか言わん」
「ここでしらばっくれるなら、こっちにも考えはある。あんた、大河内と昵懇の間と言う事は、シャブ、いじっているだろ?」
「証拠も無いのに苦し紛れにそんな事をいうても、わしには通用せえへんで」
「証拠なんて幾らでも作れる。柄を押さえちまったらあんたは逃れられん」
「不良デコ助めが。言葉付からして、大阪のデコ助ちゃうな?」
「警視庁だ。警視庁の機動捜査隊の脇田だ」
「わざわざ東京からわしに会いに来て、大河内を知らんかと訊く。警視庁は面白い事をするところじゃのう」
「この店。ただ客に酒を飲ませているだけじゃないだろう。店外デートは幾らでやっているんだ?」
「またまたおかしな事言うな」
「何割ピンハネしてるんだ?奥にいる女の子達に聞いたっていいんだぜ」
「分かった。あんたには負けたよ。大河内の何が知りたい?」
「普段何処へ行ったら会える?」
「会いたいのか?」
「それが目的だ」
「大河内は定まったところにおらん。いつも違う所におる」
「瓜生さん、あんたと会う時でもか?」
「ああ。わしの時だけじゃなく、誰の時でもじゃ」
「会う時はどうやって連絡を?」
「それはケータイで連絡を取り合う。会う場所はその時その時で違う」
「会えるように段取りを取って貰えるか?」
「あほか。これだけの事を喋っていても裏切り行なんやで。これ以上の事はあんたらが調べてくれ」
 瓜生はもう何も話さないというった態度で、脇田とは視線すら合わせなかった。
「じゃあ、ケータイ番号だけでも教えてくれないか?」
 瓜生は暫し考え、ぼそりと一言言葉を漏らした。
「わしの名前は出さんといてや」
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