第20話

文字数 2,872文字

 亜蘭は、手下達からの報告を受けていた。鍵谷と我妻が職質に掛かり、逃れる為拳銃で刑事を撃ったとの報告は、来るべくして来たという印象だった。鍵谷は綾瀬の銃撃事件で林葉巡査部長を撃った男だ。我妻は八王子で工藤警部補を撃った男だ。万が一の為に拳銃を持たせたのは、こういう日が来る事を想定していたからだ。
「警察と戦争だ」
 亜蘭にしては珍しく過激な事を口にした。横で聞いていたキングは、思わず笑っている。
「今うちにある拳銃だけでは足りないので、何丁か仕入れたいのですが」
 キングに亜蘭が頼んだ。
「構わないよ。任せる」
「仕入れられる所をご存じありませんか?」
「大河内さんにでも頼もうか」
「宜しくお願いします」
 亜蘭は、手下達を完全武装化し、それで警察と対抗しようと考えた。この辺の感情は、普段の亜蘭を知っている者からすると、理解しがたい感情だった。亜蘭という男は、トラブルから極力遠ざかるという感覚を持っていて、必要以上に自らトラブルを大きくするなどという事は考えられなかったからだ。その亜蘭が組織を暴力団並みに、いやそれ以上に武装化しようとしている。.そして、キングはその事を容認している。手下の若い者の中には、この事で組織をそっと離れる者がいた。亜蘭は離れて行く者を追わなかった。追っても無駄だと思っていた。残った者は、皆キングに忠誠を誓った者達だ。そういう者達だけで組織を強くしていけばいい。そう思った。
「亜蘭、無理していないか?」
 突然キングが亜蘭に向かって言った。
「無理はしていません」
「そうか。ならいいが。余り無理して自分を見失うなよ」
「はい」
 亜蘭はキングの言葉に感謝した。そして、尚の事この人を警察の手に渡したくないという気持ちが今まで以上に強くなった。
 亜蘭は手下達に、
「これからはネットや立ち売りをする時には、単独で行動しないように。必ず三人で行動しろ。拳銃は必ず持っていけ。職質に掛かったら、その場で私服の刑事に銃を撃て。制服のマッポも同様だ。そしてその場を何としてでも逃げるんだ。逃げた後の事は絶対に何とかする。いいな」
 若い手下達は緊張した面持ちで肯いた。
「じゃあ、今後の手筈は言った通りで」
 手下達は亜蘭とキングに頭を下げ、アジトを出て行った。その中の一人、中神裕也を亜蘭は呼び止め、
「キング。裕也と言います。まだ若いですが機転は利きます。それに根性もある。これから少しずつ大きな仕事を任せようかと思っていますので、宜しくお願いします。ほれ、裕也お前も頭を下げて」
 亜蘭に促されて中神裕也が頭を下げる。
「うん。裕也、亜蘭の言う事を聞いて、皆の為に頑張ってくれ」
「はい。頑張ります」
 裕也は思わず声を張り上げた。カリスマとも呼ばれているキングから声を掛けられ、裕也は舞い上がった。それも仕方無い事で、若い手下の殆どがキングと口を直接聞いた事が無いのだから。
「裕也。そう言う事だからこれからは、これ迄以上に働いて貰うぞ」
「はい」
「よし。じゃあ行って良いよ」
 裕也はキングと亜蘭に頭を下げ、部屋を出て行った。
「キング。こんな状況になってしましましたから、アジトを替えたいのですが」
「ああ。構わないよ。新しいアジトの当たりは付いているのかい?」
「はい。既に西川口に一軒借りてあります。いつでも移れるようになっているので、キングが良ければ今から移動しては如何かと」
「分かった。移る用意をするよ」
 そう言ったキングは、その言葉と同時に腰を上げ、身の回りの品をバックに詰め始めた。亜蘭は既に自分の荷物はいつでも持ち出せるようにしてあったので、キングの荷造りを手伝った。
 一階のガレージにあったファサードに荷物を運び込む。荷物を運びながら、キングが聞いて来た。
「ネタ場はどうする?そっちも移動させなくていいのかい?」
「そうですね。そっちも替えた方が良いかも知れませんね。早急に考えます」
 亜蘭は、キングの荷造りを手伝い、纏まったものから順に一階のガレージのファサードへと運ぶ。キングの荷物は結構量があった。それらを小一時間足らずで運び込む。
「キング、用意が出来たら出発しますが」
「いいよ」
 これ迄のアジトは、これはこれで何かの役に立つかもしれないから、そのままにしておく事にした。キングが助手席に乗り込み、亜蘭の運転でファサードはガレージを出た。
 こうして亜蘭はこれ迄以上に過激になり、配下の者をして警察との戦いに挑んだ。これまで数多の反社会的組織があったが、公然と反抗する組織は無かった。つまり、警察から逃げる事はあっても、徹底的に歯向かう事を目指した組織は有無であったという事だ。組織力は圧倒的に警察の方が上だ。赤子でも分かる。それを亜蘭はやろうとしている。勝ち目が無い不毛の戦いだが、亜蘭には彼なりの勝算があった。いざとなれば、キングを伴って海外へ逃亡すればいい。最悪、自分は日本に残って、キングだけを逃すという方法もある。亜蘭は、既にその時が来る事を想定し、逃亡先を決め、現地にアジトを作っていた。場所はベトナムを避けてタイのプーケット。覚せい剤の取引で知り合った人間がプーケットに何度か行っていて、プーケットに詳しかった事もあり、現地の物件を紹介して貰ったのだ。亜蘭とは、このように全てに於いて事前に何らかの手を打つ人間だ。脇田達警察は、亜蘭のこういった性格をまだ把握していない。飽くまでもキング個人の性格からキングの組織というものを見ているのだ。これが、後々警察に取って厄介な事になって行く。
 綾瀬にある病院の一室。脇田は林葉銃差部長に尋問していた。
「最後に聞きたいのですが、相手の鍵谷が銃を撃ったのは、職質に掛けた直後ですか?」
「鍵谷が拳銃を抜いたのが先でした。私は撃たれてから、奴を取り押さえようと加山警部補と一緒に、抱き着こうとしたんです。でも力が入らず取り逃がしてしまいました」
 林葉巡査部長の供述は、綾瀬署で聞いて来た内容と同じだった。一通り尋問すると、脇田は、
「まだ傷も癒えていないのに、ご協力ありがとうございました。必ず脇屋を挙げます」
 と言って病室を辞した。
「収穫らしい収穫は無かったな」
 脇田がぼそっと富樫に呟いた。車の運転席に着いた富樫は、
「何処へ行きますか?」
「時間があれば大阪迄行きたいんだが……」
「想い切って行きますか?」
「大河内という人間をもう少しこっちでリサーチしてからがいいかな?」
「僕はチョーさんに付いて行きます。チョーさんの勘に掛けます」
 その言葉を聞いた脇田は、意を決し、
「じゃあ行くか。本部には何か上手い理由でも考えよう」
 車は首都高に向かった。今から車で行くには時間が掛かり過ぎる。新大阪迄のぞみなら三時間も掛からない。現地でどれ位調査出来るか分からないが、徹夜するつもりなら、明日の朝迄たっぷりとは言わないが少なくない時間が取れる。
 東京駅に着くと、コインパーキングを見つけ、そこへ車を停めた。新大阪迄の自由席を買い、二人は大阪へ向かった。キングを追い詰めるべく、大河内なる人物を探しに。
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