第18話

文字数 2,920文字

 赤坂の雀荘ゆかりへ十一時頃着き、脇田はその雀荘が入っているビルの下から、店へ電話を掛けた。
(昇龍会の黒石は来ているか?)
(はい。お見えになっていますがどちら様ですか?)
(警察だ。来ているならいい。今から邪魔するよ)
(ちょっとお待ちください)
 脇田は来店している事が分かると、そそくさと電話を切った。
「富樫君行くぞ」
「はい」
 二人は二階にある店に向かい階段を早足で昇って行った。扉を開けようとしたら、一人の男が出て来た。
「黒石か?」
「違うと言ったら」
 脇田が警察手帳を出し、
「取り敢えず職質に掛ける」
 と言った。
「強引なデコ助だな。分かったよ。で、俺に何の用事だ?」
「電話が掛かってから直ぐに店を出ようなんて、後ろめたい事が山ほどあるんじゃないか?」
「さあ、どうかな。それよりバンカケ(職質)するんならとっととやってくれ」
「さすが昇龍会の行動隊長をその若さで務めているだけの事はある。聞きたいのはキングの事についてだ」
 キングと言う名前を聞いて、黒石は一瞬顔を強張らせた。
「そのキングとかいうのはなんだ」
「しらばっくれるな。お前とキングは昔からのシャブの取引相手だと調べは付いているんだ。正直に話せ」
「キングの何が知りたい?」
「話す気になったか。キングが日本に戻って来ている。シャブの取引で連絡は無いか?」
「知らないな。大体、キングと取引した事があるのはもう十年近く前の事だ。時効だよ」
「逃げるのが上手いな。どうしても正直に話してくれないのか?」
「正直に話しているじゃないか」
「叩けば埃の出る身で最後迄突っ張り通せるかな」
「分かった。分かったよ。ほんとしつこいデコ助だ。キングの何が知りたいんだ?」
「さっきも聞いたように、最近キングと会った事はあるか?取引でじゃなくてもいい。飯を食ったとか、酒を飲んだとかで構わない。最近接触したか?」
「嘘も隠しもしない。接触はしていない。シャブの取引もしていない。ただ、キングが大口の取引を幾つかやったという噂は耳にした」
「詳しく話してくれ」
「暫くは日本に残っていたキングの残党が、海外からキングが送っていたネタで奴等は商売を続けていた。それが三、四か月前位になって、突然それ迄とは違って、大きな取引を前から取引していた卸元に声を掛けるようになったんだ。更には新規の客も探したりしてたな。俺の所は昔からそう多くは無い量での取引相手だったから、相手にされなかったのだと思う」
「成る程。あんたの知っている人間でその時に声を掛けられた奴を教えてくれないか?」
「俺にチンコロしろって言うのか?勘弁してくれ。これだけの話だって十分チンコロしているのと同じなんだぜ」
「あんたの名前は絶対に出さない。約束は守るよ」
「どう信用しろっていうんだ?」
「これでも警視庁の機捜の脇田だ。百%信用しろ」
「一人だけなら氏素性を知っている」
「なんていう奴だ?」
 黒石はほうと溜息を一つ吐き、
「関西に大河内という大元締めの男がいる。その男にはキングも頭が上がらない。キングのシャブの師匠みたいなもんだ。全てを教え込んでいる。日本に戻って来たのが本当なら、間違いなく大河内と接触している筈だ」
「良いネタをありがとう。あんたの事は口が裂けても言わないよ」
「そう願うよ。あ、もう一つ面白い話がある」
「何だ?」
「キングが昔、キングになる末端の売人だった頃に、個人的に恨みを持つ相手を殺したらしいという噂さ」
「そんな噂初めて聞いた」
「そうだろうな。噂話としても、この話をした者はキングに消されるっていう噂もある」
「あんた、今ここでその話をして平気なのか?」
「あんた次第だ。あんたが言葉通り俺の名を出さなければ、業界の中では暗黙の話だからこれ以上広まる事は無い」
「分かった。今日聞いた話は一切他言しない。警察内部の捜査資料にも書かないよ」
 黒石は頷き、
「もういいか。中で麻雀仲間が待っているんでな」
「ああ。もういいよ」
 黒石が店の中へ消えて行った。脇田は富樫を促し、階段を下りて行った。
「富樫君、今の話、どう思う?」
 脇田が歩きながら訊いて来た。
「話が全部本当なら、これでキング迄辿り着けそうですね」
「うん。恐らく話は本当だろう。コロシの話も多少は誇張されてはいても、恐らく本当の話だろう」
 その時、脇田のケータイが鳴った。本庁からだ。
(はい。脇田です)
(緊急事態だ。直ぐに本庁へ戻って来てくれ)
(何があったんです?)
(後で詳しく話す)
 一方的に電話は切れた。緊急事態とはどういう事だろう。何か重大事件が起きたのだろうか。一つの案件に手を付けている時に、別な事件が起き、新しい捜査本部が立ち上がり、そっちが優先になるといった事は珍しくない。脇田はキングの件にもう暫く関わっていたかった。
「富樫君、緊急事態だ。赤色灯を付けるから、サイレン鳴らして信号無視して本庁迄突っ走ってくれ」
「はい」
 車は急に速度をあげた。サイレンがけたたましく鳴る。前方を走る車が左右に道を開け、道を譲る。赤坂から桜田門の本庁迄十分足らずで着いた。機捜の捜査部屋へ行くと、既にキング専従班の多くが集まっていて、デスクの中央に梓沢管理官と花村局長がいた。
「早いな」
 花村警視が声を掛けた。
「専従班全員では無いが、今動ける者全てが揃ったようなので、話を始める。梓沢管理官、どうぞ」
 花村局長からバトンを受けた梓沢管理官は、
「緊急事態と言うのは、キング専従班の工藤警部補と林葉巡査部長が、それぞれ別な所でキングの末端の売人と接触した際、拳銃で銃撃された。怪我の具合は、工藤警部補が意識不明の重体、もう一人の林葉巡査部長は意識はあるが重傷だ」
 と言った。そして続けざまに、
「これは警察への挑戦だ。断じて許してはならない。同じ時刻に別々な場所でこのような事件が起きたと言う事は、場合によっては他の所でキングを追っていた別の者も被害にあったかも知れないという事だ。そこで、今後の捜査方針だが、銃撃のあった綾瀬と八王子に捜査本部を置く。今迄は単にキングを追い詰める為に聴き込みを行っていたが、それも並行して、銃撃犯の検挙を一番に考える。専従班の捜査本部割り振りは後程花村局長から言い渡される。尚、銃撃の現場にいた有泉巡査長と加山警部補は、今現在設置した捜査本部にそれぞれ向かっている。諸君に言って置く。銃撃犯を逮捕すると同時に、キングを一蓮托生としてこの事件の首謀者として逮捕するんだ。じゃあ、皆は花村局長から派遣される捜査本部の割り振りを聞くように」
 と言い残し、捜査部屋を出て行き、代わりに花村局長が全員をホワイトボードの前に集めた。そして、ホワイトボードに各班を綾瀬署、八王子署に振り分けて行った。脇田と富樫は綾瀬署だ。脇田は花村局長の前へ出、つい今しがたまで接していた昇龍会の黒石の件を報告した。
「大阪の大河内という大物を捕まえられれば、キングにより近く接近出来ると思うのですが」
「君の話は分かる。だが、管理官の話も聞いたろ。今の優先順位は銃撃犯の検挙なんだ。仲間を二人もやられて、事件を暗礁に上げてしまう訳には行かないんだ」
「分かりました」
 脇田はそう言って花村局長の前を離れた。
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