第25話

文字数 3,270文字

 埼玉県警の自動車警ら隊の追跡を振り切るべく、真也は車を加速させていた。特に何処へ向かっているという訳ではない。ただひたすら逃れる為だけにアクセルを踏み続けていたのだ。しかし、逃避行にも限界があった。追跡の自ら隊からの連絡で、先回りしたパトカーに進路を阻まれた真也は、最後の手段とばかりに前を塞ぐパトカー目指し突入した。辺りに響く衝突音。怒号。真也が運転する車は、電柱にぶつかり停止した。駆け寄る捜査員。車の中を覗くと、真也が意識不明の状態でいた。すぐさま救急車が呼ばれ、近くの救急病院へ搬送された。救急隊員の懸命な救命措置も及ばず、病院に運ばれた時には既に心肺停止状態だった。
 この件が夕方のニュースで扱われた時、亜蘭と裕也はアジトのテレビで真也が死んだことを知った。亜蘭の怒りようは凄まじく、警察官を皆殺しにしろと喚き散らす程だった。
「裕也。今動ける人間は何人いる?」
「七、八人かと」
「残りのそいつらを使って、警官達を皆殺しにするんだ」
「しかし、たった七、八人でどうマッポ達と渡り合うんですか?」
「裕也。俺に意見する気か?」
「意見というわけでは……」
 裕也は亜蘭に言葉を返され、気持ちが萎縮した。
「裕也。君は私の言葉に従えばいいんだ。分かったか?」
 丁寧な言葉遣いだからこそ、恐れが助長される。
「……」
 裕也は返事をせず俯いたままでいる。部屋の中は重苦しい空気に包まれた。
「裕也。何か勘違いしているようだが、言って置くよ。君をキングのボディーガードにし、うちの組織の幹部にしたのは、君に意見を求める為では無い。キングの組織はキングの意思に則って動いている。その直接の指示者は私なんだ。私の言葉はキングの言葉なんだ。それを理解しろ。理解したら命令に従って行動するんだ。分かったな」
「……はい」
 裕也は言われるままに行動するしかなかった。部屋を出て行き、バラバラになっているキングの手下達に連絡をした。全員を西川口のアジトへ呼び、亜蘭の言葉をそのまま伝えた。
「まさか、冗談じゃないよ。マッポ相手に敵う訳無いじゃないか。現に最初の戦いでうちには死人が出ているんだぜ」
「亜蘭の命令はキングの命令だ」
「俺は降りる。とてもじゃないが、まともじゃない」
「俺も降りるよ」
 八人いた手下が五人になった。
「お前達も嫌なら降りて良いんだぜ」
 裕也の言葉に、残った五人は、
「キングには世話になっている」
「今回の件で恩を返せるのなら、最後迄付き合うよ」
「真也の件はニュースで知った。仇討ちだ」
 と口々に言った。
「皆今も道具は持っているか?」
 道具とは、拳銃やナイフ等の武器を意味する。裕也の問いに、五人共持っていると返事をした。
「マッポの襲い方だが、前回同様、警ら中のPC(パトカー)やPB(交番)を襲う。使う車だが、皆盗難車を使用してくれ。警ら中のマッポに職質をされそうになったら、逃げられるだけ逃げるんだ。何だったらチャカ(拳銃)で撃ち殺しても構わない。マッポは恐らく防弾チョッキを着用していると思うから、狙うのなら太腿の動脈が走っている付け根か、首から上を狙うんだ。いいな」
「おう」
「じゃあ、頼んだぞ」
 五人は三人と二人の組み合わせになってアジトの部屋を出て行った。裕也は上の階にいる亜蘭の所へ行き、手下達とのやり取りを報告した。
「抜けた者は後で処分するとして、裕也は幹部なんだからその時、もっと強い態度に出てよかったんだよ。君は私とキングの代弁者なんだから」
「……はい」
「もっと自信を持て。私がお前の後ろに付いている」
 亜蘭の飴と鞭にいいようにやられている裕也だった。それでも意を決して亜蘭に聞いてみた。
「キングはどうしてマッポをここまで敵対視するんですか?」
「裕也。お前と私の間に質問はあり得ないのだが、今回だけ特別に許す。キングは権力というものに屈するのが許せないんだ。こちら側に特別危害を加えない時は、我々も無理に手を出したりしないが、そうじゃない時には徹底的に戦う。以前、それでマトリを退けた。今回はそれが警察と言う事だ。分かったかい?」
 裕也はまだ納得出来ない部分があったが、それ以上は突っ込まなかった。
「分かったら、キングの命令通り動くんだ」
 納得出来ない部分が、命令の出何処がキングと言う所だった。本当にキングは命令しているのだろうか。本当は亜蘭が独断で事を運んでいるのではないだろうか。しかし、それを言える雰囲気ではない。
「組織という物は、トップの意見に従って動く事が大切だ。それが出来なければ、組織として成り立たない。裕也、お前もいずれすぐにその意味が分かる時が来る」
 裕也は亜蘭に言われた事を反芻した。そして、この時は、亜蘭のいう所を分かりたくないと思った。
 脇田が富樫と東京へ戻って来て本庁に出向いた時、上司の花村警視に思い切り皮肉を言われた。
「脇田君。殿様出勤は今日で終わりだよ。早速だが、キング専従班にも一連の銃撃事件で配置換えの為、欠員が出ている。君と富樫君はその穴埋めだ。言っとくが二度と勝手な真似は無しだぞ」
「はい」
 脇田と富樫は、指示された通り、キング専従班へと出向いた。捜査キャップは中ノ島警部で、元々は捜査四課の組織暴力対策課の出だ。
「キャップ。脇田です。宜しくお願いします」
「おう。脇田君か。噂は聞いているよ。今回も単独で大阪へ行ったんだってな」
「いやあ、お恥ずかしい話で」
「一応局長からも言われていると思うが、ここでは単独行動は無しだよ」
「はい。分かっております」
「先ずは赤坂で起きた勇誠会、会長と若頭の二人、それにボディーガードが銃撃され死亡した事件を追って欲しいんだ。本庁の事務方として、藤島君を付けるから、宜しく頼む。捜査本部は赤坂署に設置されている。一応そっちに先に顔を出して置いた方がいいな」
「すぐに顔を出して置きます」
「うむ。それと拳銃携行と防弾チョッキの着用が義務付けられている。臨戦態勢だからな。街中でキングの手下らしき人間を見つけたら、いつでも拳銃を使用出来るようにして置け」
「はい」
 脇田と富樫の二人は、中ノ島警部の前を辞し、命令通り赤坂署へ向かった。赤坂署へ行くと、署内はごった返していた。まだ事件が冷めやらぬ中の喧騒が刑事部屋全体を包んでいた。脇田は赤坂署の捜査本部を統括する片山警視の所へ顔を出した。
「脇田警部補と富樫巡査部長です。本庁の機捜から応援に来ました」
「ご苦労さん。見ての通り、今捜査本部はごった返している。何かと仕事がやりずらいかも知れないが、頑張ってくれ」
「はい」
「細かい所の引継ぎは班長の中垣内君がしてくれる。今呼ぶから待っててくれ」
 片山警視が刑事部屋の隅に居た中垣内警部補を手招きして呼んだ。
「本庁の機捜から応援に来てくれた脇田君と富樫君だ。中垣内君の方から、事件のあらましや現状の捜査状況等を説明してくれ」
「分かりました」
 初老の中垣内警部補が、脇田と富樫に挨拶をし、勇誠会高畑会長と光田若頭、それとボディーガードの射殺事件の概要を説明し始めた。
「事件の犯人は、周辺の防犯カメラの映像と、生き残った勇誠会のボディーガードの証言からキングの所の中神裕也と判明しております。使用した拳銃は38口径で、恐らくブローニングかと。何かここ迄で質問は?」
「実行犯は中神一人で?」
「はい。車で乗り付けてますが、運転手はずっと車の中で、高畑と光田を襲ったのは中神一人です」
「勇誠会とキングの所の仲は上手く行っていたのでは?」
「直前まで敵対するような兆候はありません」
「分かりました。では私と富樫は何をすれば?」
「今後も中神がヒットマンとして動く可能性があります。特に我々に銃を向けてくる可能性が否定できません。捕まえられる可能性は低いのですが、都内を走る不審車を取り締まる役目をお願いしたいのです。巡回経路はこちらです」
「分かりました。では早速巡回に行きます」
 脇田と富樫は中垣内警部補に頭を下げ、巡回経路が記されたコピー用紙を手に取り、捜査本部が設置された刑事部屋を出て行った。
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