第32話

文字数 3,148文字

 裕司は亜蘭に浩介の件を伝えた。
「捕まってしまった以上しょうがないな」
 亜蘭は冷たく言い放ったが、その考えに裕司も同調していた。そして、
「浩介が何かを話してからでは遅いです。早速人数を決めて、病院を襲いましょう」
 と言った。
「分かった。人数は決まっている。後は命令するだけだ」
 亜蘭は残りの手下達を呼び、淳一の入院している病院を襲撃する段取りを決めた。
「ここでもたもたしていては、相手側に付け入る隙を与えてしまう。今後は裕司の命令に従って、実行してくれ」
 五人の手下を伴って、裕司はアジトを出、淳一の入院している病院へと向かった。途中、自ら隊の職質に遭わないか心配だったが、運良く誰に咎められるでなく、病院に着いた。裕司は、車の中で、病院内の構造を簡単に説明し、病室の場所と警備の人間の有無を五人に伝えた。その上で、両サイドの非常階段を一人ずつの二名。中央階段を昇る者三名配置し、自分は一人で敢えてエレベーターを使う事にした。皆、少しづつ緊張で口を利かなくなっている。裕司はそれぞれの武器を確認させた。予備弾倉はちゃんと弾丸がはいっているか。安全装置は外してあるか。それらを確認させると、病院の正面玄関に向かって行った。裕司を先頭に、病院の中へ入ろうとした時である。予想外な事が起きた。正面玄関で四方に目を配らせていた警備員が裕司たちを見つけ、近くへ寄って来たのである。
「どちらへお越しですか?」
 多分、前回浩介と偵察に来た際に、今後得体の知れない来訪者は入れないで欲しいとでも言われたのであろう。
「面会ですが」
 裕司が答える。
「何方に面会かこちらの方へお書き願えますか」
 警備員が差し出したボードを受け取ると、裕司は突然腰に差し込んであったベレッタを抜き、警備員に突き付け、手下の五人に向かって、
「行くんだ!」
 と言った。裕司は周囲に悟られないよう拳銃を突き付けながら、エレベーターの方へ向かった。突然、あちこちから拳銃の発射音が聞こえて来た。特にけたたましかったのは、イングラムの短機銃の音だ。バリバリバリと連続音がする。イングラムならうちの連中が放ったものだ。合間合間に聞こえる単発の発射音は、拳銃のものだ。エレベーターが目的階へ着いた。裕司は警備員を盾にし、廊下へ出る。ナースセンターで看護師や医師が蹲りながら悲鳴を上げていた。銃弾が裕司目掛けて飛んで来た。裕司の顔を掠める。一弾が警備員の体に命中した。体が仰け反る。裕司は警備員の体を突き飛ばし、廊下に伏せた。目指す病室の前で、捜査員達が伏せながら拳銃を応射していた。両サイドの非常階段を見てみる。見ると病室目指してイングラムを連射していた。このままではらちが明かない。応援が来たら全員やられてしまう。
「病室へ突っ込むんだ!」
 裕司はそう叫び、自ら真っ先に病室へ駆けた。バシッという鈍い音と共に、左腕に衝撃が走った。撃たれた。そう認識したのは一瞬間をおいてからだった。病室の入り口を守る捜査員と目が合った。裕司は拳銃の引き金を何度も引き絞った。弾丸が出ない。弾切れだった。右足に衝撃が走った。がくっと跪く。裕司を撃った捜査員に銃弾を浴びせながら、傍に寄って来た手下の一人が、裕司を担ぐようにして肩に腕を入れ、
「引き返しましょう。引き返さなないと応援が来る」
 と言って来た。一瞬躊躇った裕司だったが、次の瞬間、
「引き上げだ」
 と叫んでいた。逃亡を図ったが、捜査員達の執拗な追撃に、一人やられ、二人やられで車の所
へ辿り着いた時には、裕司を含めて四人になっていた。タイヤのスキット音を残し、車は猛ダッシュで駐車場を出た。実はこの時、裕司達は大きなミスを犯していた。淳一の身柄は直前に別な病院へ移されていたのだ。この辺も、浩介を逮捕した事で仲間が淳一の身柄を奪還しに来ると推察されたからである。裕司はそこ迄は分かっていなかったが、自分が偵察で見た時と、警備が随分と違っていた事にもっと早く気付くべきだった。そうすれば、少なくとも二人の仲間を失う事は無かったし、自分も腕と足を撃たれる事も無かった。裕司を載せた車は環七から赤羽を経て西川口を目指し猛スピードで走っていた。スピードを出し過ぎるなと言おうとした裕司だったが、声が出なかった。出血が酷いのだろうか。裕司は自分のシャツを脱いで割き、血止めで大腿部をきつく縛った。残りの端切れで左肩の血止めをした。この状態で警察に停められたらどうする。弾丸は残っているか?様々な事を自問自答した。病院襲撃の失敗。仲間を二人失った事。裕司は運転している者に、
「検問やパトカーの停車指示は無視するんだ」
 と指示した。運転している者は、軽く顎で肯いた。
「念の為、弾倉に弾丸を目いっぱい詰めて置くんだ」
 裕司の指示に、男達は頷き、銃を操作した。裕司は右手だけで弾倉に弾丸を詰めた。車は真っ直ぐアジトへ戻るのではなく、路地を右左と突き進み、追手が無いかを確かめてアジトへ着いた。
「すいません。失敗しました」
 出迎えた亜蘭に首を垂れて報告する裕司に、亜蘭は労いの言葉を掛け、傷の治療をしなければと言った。
「昔から懇意にしている闇医者がいるのだが、大久保から呼び寄せなければならない。それ迄耐えられるか?」
「はい。幸い、傷は二か所共弾丸は突き抜けていますから」
「分かった。直ぐに呼び寄せるから、医者が来る迄この部屋で休んでいるといい」
「ありがとうございます」
 亜蘭は、先ず闇医者に電話を掛け、次に手下を二人大久保へ車で向かわせた。二人には万が一の職質を考えて、武器を持たさずに向かわせた。裕司は、亜蘭に事の顛末を話した。失敗は自分の責任ですと言い、亜蘭に許しを請うた。
「お前が戻って来てくれただけでも良かったよ。傷を早く治して、又大いに働いて貰えればいい」
 人の失敗を決して許さない亜蘭が、まるで別人のように振舞っている。裕司は寧ろその方が恐かった。罵倒する位に攻め立てて欲しかった。
「二人、仲間を失っただけでなく、淳一を奪う事も出来ませんでした。どのようなお叱りを受けても仕方の無い事をしてしまいました」
「だから、もうその事はいい」
 少し苛つきながら亜蘭が語尾を気持ち上げた。裕司はこれ以上ヘリ下って頭を下げても、寧ろ逆効果だと気付いた。
「淳一の件は、恐らく浩介のせいだと思う。警察に喋っていないかを弁護士に確認させなかった私にも責任はある」
「自分も、浩介の線から話が漏れたと思います」
「失った二人の敵討ちをするなら、浩介をどうにかしなければならない」
「はい」
「ただ、現状では手が出せない。どうやって手が出せる場面に浩介を引き摺りだすかだ」
 裕司は、亜蘭が又しても恐ろしい事を考えているんだなと、怖気だつ思いがした。
 大久保の闇医者が西川口のアジトに着いたのは、夜も更け、日付が変わった頃であった。闇医者は、裕司の傷を一目見て、
「こりゃあ、銃創じゃねえか。別料金になるぜ」
 と言い、カバンの中から様々な器具を取り出し、注射器で麻酔薬を患部に射った。
「ちちょっと荒療治になるががまんしてくれ」
 そう言った闇医者は、先の細長い火箸のような器具を二本、流しのガスコンロで熱し始めた。その器具の先が熱く燃えるような色に迄熱せられると、闇医者はその器具を先ず左腕の傷口に差し込んだ。裕司が熱さと痛みに耐えた。肉の焦げるような匂いがした。左腕はわりかし早く済んだ。今度は右足の太腿だ。傷口を広げ、表側から金属棒を差し込んだ。ジュっという音と焦げるような匂い。裕司の呻く声。仕上げは足の腿の裏側だ。
「よく我慢したな。後は傷口の消毒を怠らない事だ」
 闇医者はそう言い残すと、亜蘭に向かって治療費を寄越せと言わんばかりに手を差し出した。
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