第33話

文字数 3,117文字

 裕也は思う所があってキングに二人きりで話をしたいと申し出た。
「どうした?」
「今回の件、キングはどう思います?前もお話しましたが、亜蘭さんが一人突出して事を進めてしまっているからか、うちに犠牲者ばかり出て、何の利益も生んでいません」
「その事なら、前も話したように、私は亜蘭を信頼している。亜蘭はその私の信頼に応えようとしてくれているんだ」
「死人が出てもですか?」
 裕也は思い切って尋ねた。キングは一呼吸置いてから、
「最後の一人になってもだ」
 と答えた。裕也は納得が行かなかった。これ迄キングの傍にいる事から、キングが亜蘭の事に口を挟まない以上、自分がしゃしゃり出る立場じゃないと思っていた。しかし、今回のように、捕まった淳一を救出すべく病院へ乗り込んだはいいが、警備の者に返り討ちに遭い、二人もの人間の命が失われた。亜蘭が余計な事を考えず、組織の運営に携わってくれていれば、こんなことにはならなかった筈だ。亜蘭は新しい手下をまたネットでリクルートするつもりだろうが、いつまでもこんな調子では集まる者も集まらなくなってしまう。その事を裕也はキングに言った。
「裕也。お前の言わんとするところはよく分かる。だが、私が亜蘭を認めた以上、それを覆す訳にはいかないんだ。それをやってしまったら、組織ではなくなってしまう。それが組織というものなんだ。裕也の気持ちも、この組織を守る為から来ている事は充分に分かる。だが、一遍に二つの意見を聞く事は出来ないんだ」
 裕也はこれ以上言っても無駄かと思い、いつもの寡黙な裕也に戻った。キングの部屋のドアがノックされた。亜蘭だ。
「キング、これからの事ですけど」
「何だ?」
「淳一の件ですが、強行突破しようとしたのが失敗の元でした。そこで、こっちも人質を取って交換するという手は如何でしょうか?」
 裕也は半分呆れた。何を言い出すかと思えば人質を取って交換するというのだ。キングも同じように考えたらしく、
「人質って、何処から連れ来るんだね?」
 と尋ねた。
「新宿や渋谷の繁華街へ行けば、どうしようもない売人が立ち売りをしています。そいつらを二、三人掻っ攫っても誰も分かりません」
 何と亜蘭は末端の売人を捕まえて、それを人質にしようというのだ。
「亜蘭さん、売人の所属している組とかに追われませんか」
 裕也が思わず口を挟んだ。,
「奴等は組の盃は貰っていない。単にシノギで繋がりがあるだけだ。だからその心配は無い」
「亜蘭、思う通りやりなさい」
 キングがGOサインを出した。亜蘭は即座に部屋を出て、この段取を決めに亜蘭の部屋へ戻った。亜蘭は部屋に戻るなり、裕司に向かって、今決まった人質拉致の件を伝え、残った手下達にも内容を話した。
「マッポが相手では無いから、これ迄と違って簡単な仕事になる。ただ油断はするな。人質を掻っ攫ったらすぐに俺に連絡するんだ。もし途中でマッポに職質くらったても慌てるな。人質を抱えているこちらが有利なんだからな。車はファサードを使え」
 亜蘭は何か言い残しはないか確認したが、裕司達に行けと言った。部屋の隅にあるベッドに体を横たえた亜蘭は、目頭を親指と人差し指で軽く揉んだ。このところ、まともに眠っていない。疲れてはいるが、それを他の者達に見せる訳にはいかない。そう思いながら、亜蘭は転寝をした。
 おい、亜蘭。貴様は何者だ?何様のつもりで人の命を奪う?もう何人の命を奪った?また奪うのか?悪魔より性質が悪い奴だ。
 亜蘭は寝苦しさに耐え切れず起き上がった。寝汗をびっしょりと搔いていた。夢か。ベッドから起き上がり、洗面台の横に置いてあったタオルで顔と体を拭いた。ついでに顔を洗う。まだすっきりはしないが、それでも多少はまともになった。亜蘭は上の階のキングの部屋へ行った。ドアをノックする。どうぞとキングの声がした。
「キング。少し話があるのですがいいですか?」
「裕也、下の階に行っててくれないか」
 裕也はキングに言われたので部屋を出て行った。亜蘭は、裕也が出て行くのを確認すると、
「キング、今回の一連の件、どう思われますか?」
「どう思うとは?」
「私は正しかったのでしょうか」
 キングは亜蘭の顔をじっと見つめ、
「正しいと思って一連の事を行ったのでしょう?」
 キングは慈父のような眼差しで亜蘭を見つめる。
「自分ではそのつもりで考え、行動しました。しかし、仲間を多く失いました。警察に捕まった者。命を落とした者。いずれも私の命令でそうなりました。全て私の責任です。そして、又新たに私の命令で、危険な任務に向かっています。何だかもう私は自信が無くなりました。私に、命令する権限は無いのではないでしょうか」
「亜蘭。物事の全てに完全というものは無いんです。完全なものに近付ける努力は必要です。考える事、物事を組み立てる事、それを行う努力をしてその上で失敗したとして、それは責められるものではありません。貴方は自分の思考の全てを投じ、答えを出して行動に移した。それでいいのです。それで」
 亜蘭は急に泣き出した。俯いて肩を震わせている亜蘭の右肩に手を置いたキングは、
「私の為に今迄以上に力を貸してくれ」
 と言った。
 裕司は先ず新宿に向かった。何か所かに立ち売りの売人がいるので、手っ取り早く売人を拉致出来る。何度か新宿には来ているので、どれが売人かの判別は付く。最初に向かったのはゴールデン街の入り口にたむろしている人間だ。明らかに売人のような動きをしている人間に目を付け、車を目の前に停めて有無も言わさず拉致した。
「な、何するんだよ。お前等何処の者だ」
 暴れる男に猿ぐつわをし、手に結束バンドで縛り黙らせる。
「シャブの売人だな?」
 男は頷く。
「悪いようにはしない。その代わりおとなしくしてろ」
 男は恐怖に体を震わせた。
「もう一人は拉致したいな。バッティングセンターの方へ車を廻してくれ」
 裕也の言葉に若い男は頷き、車をUターンさせた。区役所通りを職安通りに向かって進む。二度バッティングセンターの所を往復させ、それらしき人間を拉致した。男三人に囲まれ、腕を掴まれて車の中に放り込まれる。猿ぐつわをされている先客がいるのを見て、男は自分の身に何が起きたかを悟った。
「何者だ?」
「別に知らなくてもいいよ」
「俺にこんな事してただで済むと思っているのか?守口組が黙ってねえぞ」
「思っているよ。お前がシャブの売人だという事は分かっているんだ。それも組とは関係の無い末端のな。大きな口を叩くのも今のうちだ」
 売人は黙った。二人目の男も結束バンドで手を縛った。
「ついでだ。もう一人位やるか」
 裕也が他の若い者に言う。若い者は興奮しているのか、裕也の言葉ににこりとし、
「西武新宿の方へ車を廻しますか?」
 と訊いて来た。
「ああ。そうしてくれ。西武新宿の所に立っている売人は、一誠会の人間で、周囲に一誠会の人間が居ると思った方が良い。この二人とはちょっと違うから、場合によっては拳銃を使う事も考えて行動するんだ」
 裕也の言葉で車の中は一瞬のうちに緊張感に包まれた。車は西武新宿の前に着いた。それらしき男が立っている。暫く観察していると、何人かの男が傍へ寄って来ては、金を渡しているのが見てとれた。裕也はGOサインを出した。あっという間だった。見ると手下のうちの一人が拳銃で横腹を突き付けていた。今度は時間が勿体無いから話なんかしていられない。拳銃を額に突き付け、結束バンドで手を縛る。車に男達が数人駆け足でやって来た。
「出せ!」
 裕也の言葉に反応するかのように、若い手下はアクセルを踏んだ。寄って来た男達を蹴散らすかのように車は急発進した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み