第17話

文字数 2,920文字

 キング専従班は、脇田の提言もあり、先ずは密売人達を徹底的に検挙する事から手を付けた。脇田の思惑は、検挙した売人の中から、キングと関わりのありそうな者を挙げる事で、キングの動静を探るいう目的があった。その日から、キング専従班は、街角の立ち売りの売人から、ネットで密売をする売人まで、ありとあらゆる方法で密売人を検挙した。検挙した売人は、その地区の所轄で取り調べをした。連日の検挙取り調べで、所轄の取調室と留置場はあっという間に一杯となり、中には所轄署では入り切らず、近隣の警察署に身柄を預ける事に迄なっていた。
 脇田は、富樫と一緒にネットで食いついて来た売人を洗う事にした。富樫がネット検索をした中から、一人の売人を炙り出した。メールでのやり取りをすると、早速会いましょうという話になり、指定された中野駅のホームへ出向いた。メールで指定された場所に着いたと返信すると、そのままホームで待っていろというメールが帰って来た。
 二人はどの方向から売人が現れてもいいように、四方に視線を送った。唐突に男が現れた。
「メールくれたのはあんた達か?」
 年齢は四十ちょい手前か。
「ああ。ネタは本当にあるのか?」
「ここにはない。金を払ってくれたら、コインロッカーの鍵を渡す。そこにネタはある」
「随分手間をかけるんだな」
「いろいろこっちにも都合はあるんあだよ。さあ、早く金を寄越せ」
「その前にちょっと話があるんだが」
「何だ、シャブを買うんじゃないのか?」
「それ以上に大事な話だ」
 男は警戒心を露わにし、後ろへ一歩引き下がった。
「そう警戒すんな。ちょっと教えて欲しい事があるだけなんだ」
 そう言って脇田は、警察手帳を取り出し、男に見せた。瞬間、男は走り出しそうになったが、富樫ががっちりと腕を取り、そうはさせなかった。
「逃げると却って話がややこしくなるぜ」
「畜生、最初から分かってたらのこのこ出て来なかったのに」
「さあ、俺の質問に答えてくれ。答えてくれたら今回の件は見逃してやってもいい」
「見逃すも何も、俺はブツも持っていないし、何もしてないぜ」
「開き直るとそれ相応の事はさせて貰うぞ」
 男に怯えの目が浮かんだ。
「大人しく聞かれた事に答えろ」
「何を答えればいい?」
「キングを知っているな?」
「さあ、何だそのキングとは?」
「まだしらばっくれるのか。お前等位の売人ならば知らない訳がないだろう。もう一度聞く。キングを知っているな?」
「名前を知っているだけでどういう人間か迄は知らない」
「あった事は無いが、その存在は知っているという事だな?」
「……ああ」
「最近、キングから取引を求められているような奴はいないか?」
「……知らん」
「知ってて知らないのか、それとも本当に知らないのか、どっちだ」
「本当に知らない」
「じゃあ質問を変える。キングと密に取引をしていた奴を知らないか?」
「……」
「知っているんだな。心配するな、お前の事は伏せるから」
「赤坂の黒石」
「赤坂の黒石とは?」
「赤坂の昇龍会の行動隊長をやっている黒石だ。前々からキングとは深い繋がりだ。本当に俺の事は伏せてくれるんだな?」
「ああ。心配すんな。これでも警察は約束を守る。さあ、何処に行けばその黒石という奴に会える?」
「分かった。言うよ。夜の十時位になると、赤坂のゆかりという雀荘に顔を出す。大体いつも夜中の三時頃迄そこで麻雀を打っている」
「ゆかりだな」
「ああ。さあ、これでもう良いだろう。いい加減解放してくれ」
「分かった。この後他のデコ助(刑事の事)に捕まるなよ」
 富樫にずっと捕まえられていた腕を解くようにしてその場を男は去った。
「さて、赤坂へ行くにもまだ時間はたっぷりあるな。一度本庁へ戻って他の班の状況を纏めるとするか」
「はい」
 二人は駅近くのコインパーキングに停めてあった捜査車両に乗り込み、桜田門の本庁へ戻った。
 局内へ戻ると、何組かの専従班が戻って来ていて、ネットでの接触を試みたのだろうか、その時の様子を花村警視に報告していた。
「戻りました」
「ご苦労。何か収穫はあったか?」
「赤坂の昇龍会の人間でキングと、密な関係にある人間を売人から聞き出しました。夜の十時頃によく顔を出すという雀荘に今夜行ってみようと思います」
「うん。頼む。他の班でも、キングと取引をした事のある売人を何人か引っ掛けたようで、拘留してるからそっちからも、これから情報が入って来ると思う」
 脇田は、専従班を設置して正解だったなと思った。富樫と二人だけではこうも手広く捜査を出来ない。
 脇田は富樫に向かって、
「今夜は遅くなりそうだから、彼女には申し訳ないが、そう言って置くんだな」
 と言った。
「残念ながら彼女はいません。ですからそういうお気遣いは大丈夫です」
「何だ、いないのか。定時で上がる時はそそくさと上がるから、てっきり彼女でもいるのかと思ったよ」
「彼女はいませんが、ペットはいます」
「ペットか」
「はい。この子です」
 富樫はにっこりと微笑みながら、スマホの待ち受けを見せた。そこには、まだ小さい子猫が映っていた。
「可愛いな」
「はい。癒されます」
「名前は何ていうんだ?」
「ミイです」
「これじゃあ上りの時は一分でも早く帰りたいわな」
「すみません」
 富樫が神妙に頭を下げる。
「いいんだ。日頃サービス残業ばかりさせてるからな」
「もう目に入れても痛くない程可愛くて」
「但し、今からこんな可愛い子猫に夢中になっていたら、彼女が出来る暇がなくなるぞ」
「そうなんですよね。時間がこいつに取られちゃうんで、彼女を作る暇がありません」
「じゃあ、その子猫の話をしながら、飯にでもしようか。この時間ならまだ食堂はやっているだろう」
 脇田は今回の件で、自分の班の事務方になった畠山と富樫を連れて、本庁内にある食堂へ向かった。
 その頃、亜蘭はぞくぞくと上がって来る報告に、顔をしかめながら耳を傾けていた。報告のどれもが、キングに関わりのある売人が検挙されたという内容だ。
 亜蘭は、これは警察が本気となってキングを追い始めた証拠では無いかと思った。例の死体のダミーは、きっとキングと自分の偽物と分かってしまったのだろう。日本へ戻って来た事がバレてしまったという事だ。これは注意しなければならない。大きな取引にはまだ影響は無いが、油断は出来ない。今度はマトリと違って警察だ。捜査員の動員力はその比でなはい。亜蘭は、この件をキングに報告した。
「現状、取引相手は卸元にしかブツを回してませんから、すぐにキングの所へ辿り着きはしませんが、油断は出来ません。なので、ネットでリクルートしている売人に関しては、暫くサイトから撤退し、様子を見ようかと思います」
 と言うと、キングは、
「そうだね。その方が良いかも知れないね」
 と答えた。全てを亜蘭に任せている口振りだ。
「それと、現状は前の取引で纏まった金が入りましたから、当分取引をしなくても大丈夫だと思います。全ては今の状態が落ち着いてから動く方が良いかと」
「うん、そうだね、その辺も全部亜蘭に任せるよ」
「ありがとうございます」
 頭を下げ、キングの部屋を出た亜蘭は、いつでもアジトを替えられるよう、ネットで物件を探した。
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