斬鬼鍾馗の繭【解題】
文字数 1,209文字
☆
気づくと、僕は蘆屋探偵事務所の部屋の中で、茅の輪でぐるぐる巻きにされていた。
「こ、これは?」
アシェラさんは、あくびをしながら、
「珈琲を飲むかい?」
と、僕に言った。
「どういうことなんですか、この茅の輪は」
「自分の心に訊いてみるといいさ。今回は奇しくもるるせくんが〈斬鬼〉できたようで、良かった良かった」
「…………」
「るるせくん、君は鍾馗 の故事を知っているかい?」
「鍾馗?」
「科挙に落ちて、その上、醜いから落ちたという噂まで流れ、耐えられなかった鍾馗という男が自死した。
皇帝が病床に倒れ、夢の中で鬼に襲われる。そこに現れた武将・鍾馗が疫神という鬼を食い殺し、退治した。
皇帝が夢から覚めると、病が消えていた。画家にさっそく描かせたのが、鍾馗の像さ。
以来、魔除けに鍾馗の図を飾るという風習が生まれた、という故事がある。それが鍾馗なのだよ、るるせくん」
「で。この茅の輪は?」
「鍾馗伝説は日本に来てスサノオ伝説と合流する。スサノオの使いと言えば、八咫烏だろう。サッカー日本代表のトレードマークとしての方が有名だけどね」
「いや。この茅の輪は?」
「鍾馗は、疫神を茅の輪で封じ込めた、とも言われる」
「そ……そうですか」
「魔法少女結社・八咫烏ならば、実在するよ」
「……え?」
「なにを驚いたふりをしているんだい、るるせくん。君の欲望が、鴉坂つばめを助ける結果となったんじゃないか。欲望と欲望はときに、引きあう」
珈琲を一口すすり、ソーサーに珈琲カップを置くアシェラさん。
「るるせくんは鍾馗の役割を果たしたんじゃないか、という考え方もできるし、逆に、そうではなくて、つばめという娘が、るるせくんの欲望を利用した、とも言える」
「僕も珈琲、いただいていいですか」
「よろしい!」
僕はカップに珈琲を注ごうとしたが、茅の輪でぐるぐるにされていて、動けないのだった。なにが「よろしい!」だ。
「るるせくんは被害者であり、加害者でもあり、伝承とはまた違う働きをした、というのが実際のところだね」
「僕はどのツラ下げてアパートに戻ればいいんだ……」
「大丈夫。後処理なら僕がしておいたよ。お金ももらったし、依頼ってことさ。戻るといいよ。あの魔法少女、君の部屋の隣に住むことになったみたいだよ」
「は?」
「どうにならん、のが、どうにかなる。今回も、多分に漏れずそういうことさ」
「わかりましたからこの茅の輪をどうにかしてください、アシェラさん」
「そうはいかないよ。独断で動くのは見てられないなぁ。蘆屋探偵事務所を通して、事件には臨むこと」
アシェラさんは、
「桜の写真でも撮ってこようかな。るるせくんは、留守番を頼むよ」
と言って、事務所から出ていった。
僕は夜になるまで、茅の輪でぐるぐる巻きにされたまま、その日は過ごすことになったのであった。
〈了〉
気づくと、僕は蘆屋探偵事務所の部屋の中で、茅の輪でぐるぐる巻きにされていた。
「こ、これは?」
アシェラさんは、あくびをしながら、
「珈琲を飲むかい?」
と、僕に言った。
「どういうことなんですか、この茅の輪は」
「自分の心に訊いてみるといいさ。今回は奇しくもるるせくんが〈斬鬼〉できたようで、良かった良かった」
「…………」
「るるせくん、君は
「鍾馗?」
「科挙に落ちて、その上、醜いから落ちたという噂まで流れ、耐えられなかった鍾馗という男が自死した。
皇帝が病床に倒れ、夢の中で鬼に襲われる。そこに現れた武将・鍾馗が疫神という鬼を食い殺し、退治した。
皇帝が夢から覚めると、病が消えていた。画家にさっそく描かせたのが、鍾馗の像さ。
以来、魔除けに鍾馗の図を飾るという風習が生まれた、という故事がある。それが鍾馗なのだよ、るるせくん」
「で。この茅の輪は?」
「鍾馗伝説は日本に来てスサノオ伝説と合流する。スサノオの使いと言えば、八咫烏だろう。サッカー日本代表のトレードマークとしての方が有名だけどね」
「いや。この茅の輪は?」
「鍾馗は、疫神を茅の輪で封じ込めた、とも言われる」
「そ……そうですか」
「魔法少女結社・八咫烏ならば、実在するよ」
「……え?」
「なにを驚いたふりをしているんだい、るるせくん。君の欲望が、鴉坂つばめを助ける結果となったんじゃないか。欲望と欲望はときに、引きあう」
珈琲を一口すすり、ソーサーに珈琲カップを置くアシェラさん。
「るるせくんは鍾馗の役割を果たしたんじゃないか、という考え方もできるし、逆に、そうではなくて、つばめという娘が、るるせくんの欲望を利用した、とも言える」
「僕も珈琲、いただいていいですか」
「よろしい!」
僕はカップに珈琲を注ごうとしたが、茅の輪でぐるぐるにされていて、動けないのだった。なにが「よろしい!」だ。
「るるせくんは被害者であり、加害者でもあり、伝承とはまた違う働きをした、というのが実際のところだね」
「僕はどのツラ下げてアパートに戻ればいいんだ……」
「大丈夫。後処理なら僕がしておいたよ。お金ももらったし、依頼ってことさ。戻るといいよ。あの魔法少女、君の部屋の隣に住むことになったみたいだよ」
「は?」
「どうにならん、のが、どうにかなる。今回も、多分に漏れずそういうことさ」
「わかりましたからこの茅の輪をどうにかしてください、アシェラさん」
「そうはいかないよ。独断で動くのは見てられないなぁ。蘆屋探偵事務所を通して、事件には臨むこと」
アシェラさんは、
「桜の写真でも撮ってこようかな。るるせくんは、留守番を頼むよ」
と言って、事務所から出ていった。
僕は夜になるまで、茅の輪でぐるぐる巻きにされたまま、その日は過ごすことになったのであった。
〈了〉