斬鬼鍾馗の繭【第五話】
文字数 1,604文字
☆
地域区民センター前のベンチに戻ると、果たして僕が買った買い物の入ったビニール袋はそのままの場所に置いてあった。
それを持って、僕は自分のアパートに戻ることにした。
どうせアシェラさんは猫動画でも観ていることだろう。急ぐ必要はない。事務用品ばかりだしさ。
環状八号線を、とぼとぼと歩く。旧甲州街道に入り、アパートに到着する。
カギを開けて部屋に入ると、電気はついていて、やくしまるななみちゃんがスチール椅子に座って待っていた。
「女子高生がセーラー服で男の部屋にいるのは、誤解されるからやめた方がいいよ」
と、僕は言った。
「管理人さん……やくしまるななおさんに怒られるよ」
「お姉ちゃんは関係ない! わたしは、るるせお兄ちゃんを待っていたのっ!」
やくしまるななおさん。それが管理人の名で、ななみちゃんのお姉さんだ。
管理人の家族だから、当然カギは持っている。
「魔法少女……鴉坂つばめちゃんは、どうしたの?」
「わたしの部屋で寝てる。怪我、してて疲れていたみたい」
「そっか」
「軽いね」
「なにが」
「言葉が」
「そんなつもりはないけど」
「ねぇ、るるせお兄ちゃん。つばめちゃんがたまたまお兄ちゃんの目の前で倒れたって、信じてる?」
「どういうこと?」
「だから。偶然の出来事だ、と思う?」
「〈わざと〉そうなった、と。僕の前だから、倒れた、と」
「そういうことよ、るるせお兄ちゃん」
「買い被りが過ぎるよ、ななみちゃん。僕は、ただのフリーターだよ」
僕は靴を脱ぎ、部屋に入る。テーブルでななみちゃんと向かい合わせに座る。
「僕は先日、女禍教団という集団と戦うはめに陥ったことがある。そこは稲荷信仰で。加茂氏……秦氏、つまり渡来系の有力者と関わってもいる教団だった」
「それで?」
「実は、僕も聞いたことがあるんだよ、八咫烏という結社のことを。都市伝説として。日本版のフリーメーソンとしての、結社・八咫烏を」
「へぇ」
「八咫烏は、日本を乗っ取ろうとする団体から、日本を守ると言われている。そういう集団なのだ、と」
もしかしたら、八咫烏の姿で飛行してきたことにも、意味があるのかもしれなかった。僕に、なにかを伝えたかったのかもしれない。
でも、なんで僕に。
いや……この場合『守る』の定義には気を付けるべきだ、と言われるだろうけど。
対偶論法……ヘンペルの鴉の話を持ち出すまでもなく、魔法少女は、確実に存在する。推論、推測ではなく、現実に目の前で、鴉から少女に変身する少女が、いるのだ。
ペテンの奇術の類だとするには、いささかアクロバティック過ぎだ。現実を受け入れよう。魔法少女は、実在する。
だが、それが〈僕の敵か味方か〉は、別問題でもある。
僕がななみちゃんと向かい合って座っていると、玄関のドアが開いた。カギをかけ忘れていたのだ。
「八咫烏はスサノオの使いなのよ、るるせさん」
部屋着というか、パステルカラーのパジャマに着替えた鴉坂つばめちゃんが、そこにいて、そう言った。
「先導役と言えば、八咫烏と相場が決まっています」
ななみちゃんは立ち上がってつばめちゃんに訊く。
「身体はもう大丈夫なの? つばめちゃん」
「大丈夫よ、ななみ。わたしはわたしがなすべきことをしなくちゃならない」
僕は口を挟む。
「なすべきこと?」
「ひとは己を知る者のために死ぬ。……『菊花の約 』という古典文学からの言葉よ。そして、こうも言う。『真の友情は、互いの危機に於いて試される』と」
「まどろっこしいな。どういうことだい」
「わたしの先輩魔法少女が精神的に殺された。わたしは仇を取らないとならない」
「ひとつ聞いていいかい? どうやって助ける、と?」
「サイコダイブを、するの。わたしが先導役を務めるから。ね。るるせさん。あなたが倒すのよ」
地域区民センター前のベンチに戻ると、果たして僕が買った買い物の入ったビニール袋はそのままの場所に置いてあった。
それを持って、僕は自分のアパートに戻ることにした。
どうせアシェラさんは猫動画でも観ていることだろう。急ぐ必要はない。事務用品ばかりだしさ。
環状八号線を、とぼとぼと歩く。旧甲州街道に入り、アパートに到着する。
カギを開けて部屋に入ると、電気はついていて、やくしまるななみちゃんがスチール椅子に座って待っていた。
「女子高生がセーラー服で男の部屋にいるのは、誤解されるからやめた方がいいよ」
と、僕は言った。
「管理人さん……やくしまるななおさんに怒られるよ」
「お姉ちゃんは関係ない! わたしは、るるせお兄ちゃんを待っていたのっ!」
やくしまるななおさん。それが管理人の名で、ななみちゃんのお姉さんだ。
管理人の家族だから、当然カギは持っている。
「魔法少女……鴉坂つばめちゃんは、どうしたの?」
「わたしの部屋で寝てる。怪我、してて疲れていたみたい」
「そっか」
「軽いね」
「なにが」
「言葉が」
「そんなつもりはないけど」
「ねぇ、るるせお兄ちゃん。つばめちゃんがたまたまお兄ちゃんの目の前で倒れたって、信じてる?」
「どういうこと?」
「だから。偶然の出来事だ、と思う?」
「〈わざと〉そうなった、と。僕の前だから、倒れた、と」
「そういうことよ、るるせお兄ちゃん」
「買い被りが過ぎるよ、ななみちゃん。僕は、ただのフリーターだよ」
僕は靴を脱ぎ、部屋に入る。テーブルでななみちゃんと向かい合わせに座る。
「僕は先日、女禍教団という集団と戦うはめに陥ったことがある。そこは稲荷信仰で。加茂氏……秦氏、つまり渡来系の有力者と関わってもいる教団だった」
「それで?」
「実は、僕も聞いたことがあるんだよ、八咫烏という結社のことを。都市伝説として。日本版のフリーメーソンとしての、結社・八咫烏を」
「へぇ」
「八咫烏は、日本を乗っ取ろうとする団体から、日本を守ると言われている。そういう集団なのだ、と」
もしかしたら、八咫烏の姿で飛行してきたことにも、意味があるのかもしれなかった。僕に、なにかを伝えたかったのかもしれない。
でも、なんで僕に。
いや……この場合『守る』の定義には気を付けるべきだ、と言われるだろうけど。
対偶論法……ヘンペルの鴉の話を持ち出すまでもなく、魔法少女は、確実に存在する。推論、推測ではなく、現実に目の前で、鴉から少女に変身する少女が、いるのだ。
ペテンの奇術の類だとするには、いささかアクロバティック過ぎだ。現実を受け入れよう。魔法少女は、実在する。
だが、それが〈僕の敵か味方か〉は、別問題でもある。
僕がななみちゃんと向かい合って座っていると、玄関のドアが開いた。カギをかけ忘れていたのだ。
「八咫烏はスサノオの使いなのよ、るるせさん」
部屋着というか、パステルカラーのパジャマに着替えた鴉坂つばめちゃんが、そこにいて、そう言った。
「先導役と言えば、八咫烏と相場が決まっています」
ななみちゃんは立ち上がってつばめちゃんに訊く。
「身体はもう大丈夫なの? つばめちゃん」
「大丈夫よ、ななみ。わたしはわたしがなすべきことをしなくちゃならない」
僕は口を挟む。
「なすべきこと?」
「ひとは己を知る者のために死ぬ。……『菊花の
「まどろっこしいな。どういうことだい」
「わたしの先輩魔法少女が精神的に殺された。わたしは仇を取らないとならない」
「ひとつ聞いていいかい? どうやって助ける、と?」
「サイコダイブを、するの。わたしが先導役を務めるから。ね。るるせさん。あなたが倒すのよ」