鳴釜の夢枕【第一話】

文字数 1,327文字

「るるせくん。明日、ここに岡山にある阿曽の郷から、阿曽女(あぞめ)の方が来るのだよ」
「え? なんですって、アシェラさん。意味がわからないのですが」
「るるせくんは本当になにも知らないなぁ。よく今まで生きてこれたものだよ。普通、物事を知らないと死ぬよ。よく生きてる。表彰ものだ」
「うぅ、ひどいや、アシェラさん……」
 ここは世田谷区。蘆花公園の近くに位置する雑居ビルの中にある、〈蘆屋探偵事務所〉の一室だ。春の日差しが暖かい。
 僕はここで、蘆屋探偵事務所の探偵、蘆屋アシェラと向かい合っている。
 正確に言うと、アシェラさんはソファに座り外国の新聞を読んでいるし、一方の僕は対面(といめん)のソファに寝そべりスマートフォンゲームをしている。
 ゲームしながら、僕、成瀬川るるせは外国の新聞を読むアシェラさんと話している。
「全く。うちの所員はみんなそれぞれの調査にでかけているというのに、君ときたらだらだらだらけてスマートフォンゲームの毎日だ」
「いや。僕はここの所員じゃないし」
 アシェラさんは、
「ふぅむ」
 と唸ってから、話をつづけた。
「岡山県に吉備津神社という神社があってね。御釜祓(みかまばらい)の神事というのがことに有名なんだ」
「御釜祓?」
「ああ。簡単な言葉で説明するならば……釜占い、と言えるのかもね」
「釜で占いを?」
「お湯を沸かして、唸り声がすれば吉、なければ凶。それが釜占い。それを神事として行う。神事だから、手順もきちんとあるし、吉凶よりも、神事自体が大切という側面もある」
「どういうことです?」
「占いの答えは、特に教えないそうだよ。行うことに意味があるわけだ。これを鳴釜神事とも呼ぶ」
「岡山……そう。その岡山にある阿曽の郷から来るという、阿曽女ってなんですか」
 新聞をたたむアシェラさん。
「吉備津の釜殿に仕える女性の方を、阿曽女というんだ。伝承によれば鬼の城のふもとに阿曽女の郷があって、代々、その郷から娘が来て継ぐのが、阿曽女なんだそうだ」
「ほへぇ。その阿曽女の方が来るんですね。またどうして」
「本来は神社でのみ神事は行うのだけれども、無理を言ってね、御釜祓をやってもらうことになったんだよ」
「なぜです」
「御釜祓は陰陽道とも通じていてね……」
 僕もスマートフォンをスリープさせて、ソファから起き上がる。
「あぁ。陰陽師、ですもんね、アシェラさん」
「だから、詳しいことは言えないんだ。だけどね、一人くらいサービスで占い、やってくれても良いそうだよ」
「僕は特に占うようなことはないな……。知り合いで占いが必要そうなやつがいたら連れてきますね」
「そうしてくれたまえ。先方から占ってくれると言ってくれているんだ。こんな機会、滅多にないからね」
「わかりました! 釜茹でうどんが食べたくなりました!」
「ふぅ。ギャグとして言ったのかもしれないけれどね、釜茹でうどんと全く関係がないかと言えば、あるんだよ。セイロが、関係しているんだ」
「あ、その話、長くなります?」
「わかったよ。食事に行ってきたまえ」
「はーい」
 ソファから飛び起きて、僕は環状八号線沿いを歩くために、事務所をあとにした。


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登場人物紹介

蘆屋アシェラ

   蘆屋探偵事務所の探偵であり、陰陽師。

成瀬川るるせ

   警備員。

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