鳴釜の夢枕【第二話】
文字数 2,018文字
☆
環状八号線からすこしわき道に逸れて入ったところにある〈ヨドバシ〉へ、僕は赴いた。
ふわふわオムライスが絶品の、〈ヨドバシ〉。僕はカウンターレジへと向かっていこうとまっすぐに店内を進んだ。
しかし、なんたることか、行列ができている。珍しいにもほどがある。
〈ヨドバシ〉のオムライスカウンターといえば、お客さんがあまりいないことにそのすばらしさがあるというのに。
アシェラさんはよく〈ヨドバシ〉でオムライスを食べながら探偵事務所の臨時会議を行う。
それが可能なのは、〈ヨドバシ〉の客席がガラガラだ、という理由があるのだ。
客席を不法に占拠……とまではいかないけれど、会議を開いてしまっても、大丈夫な環境が揃っているのだ。
それが。
その〈ヨドバシ〉が。
行列を作っているだって?
にわかには信じられない。僕は長い列を抜け、先頭の方でプラカードになって掲げてあるメニューを見てみる。
「おいしいよ! 釜茹でオムライス! 秘境の味」
という惹句とともに、釜茹でオムライスとやらが、フィーチュアされていた。
どうやらこの釜茹でオムライスが人気らしく、列に並んだひとたちは次々と釜茹でオムライスを注文していく。
「マジかよぉ」
僕は落胆した。繁盛するのは良いことだけれども、踊念仏ならぬ踊りオムライスしてるように、僕には見えた。
簡単に言うと、踊らされているようにしか思えない。って、踊念仏に失礼な発言だけれども。
「だいたい、なんだよ、オムライスで釜茹でって」
僕は〈ヨドバシ〉を出ようと、列の横を歩いて、出口へ向かう。
すると、腕を掴まれた。
「んん?」
僕が腕を掴んだ主の顔を見ると、そこには知った姿があった。
「あ、二把 ちゃん!」
「お久しぶりです、るるせ先輩」
声の主は、高校時代の後輩、庭似二把 ちゃんだった。
二把ちゃんは僕に訊く。
「食べないんですか」
「君を?」
「違いますー。釜茹でオムライスですよー」
「釜茹でにして食べちゃおうかな」
「却下。彼氏、いるし」
「あ。そう。じゃあね」
二把ちゃんは腕をぎゅっと掴む。僕は出口に向かえない。
「へへへ。逃がしませんよー」
僕は大きく息を吐く。
「こっちに引っ越してきたの?」
「ええ。そうですよ。可愛い後輩が近所に引っ越してきて、るるせ先輩はラッキーですね」
「ここで出会うってのは、そうそうあることじゃないよ。だって僕ら、東京出身じゃないんだから。普通、会う偶然なんてなさそうだよね」
「でも、出会っちゃったんだなー」
「〈ヨドバシ〉のおかげだよな。どこに住んでるの?」
「明大前」
「井の頭線と京王線か。僕は高井戸だから、井の頭線だよ。で、はるばるここへ?」
「そう。はるばるここへ。アドレス交換しましょ」
「わかった」
僕と二把ちゃんは、スマホでアドレスを交換した。
「さあ、るるせ先輩も並んで。一緒に食べようよ」
しゃべっていると、咄嗟に二把ちゃんは青ざめた顔で僕の腕を離した。
間髪おかずに、僕は背後から後頭部を殴られてしまう。
倒れはしないよう、僕は踏みとどまった。
「痛い!」
僕は背後の奴を見る。それは、鼻ピアスを付けたいかつい男で、髪の毛は金髪に染め上げていた。
「おい、二把」
「なによ、牧さん」
相手の男の名前を呼ぶ二把ちゃんの声は震えている。
これが……彼氏だって? おびえてるぞ。
男は低いトーンで二把ちゃんに言う。
「許せねぇ」
「なにがよ」
「このビッチ! 所かまわず男捕まえて盛ってんじゃねーぞ」
牧、と呼ばれた男は、今度は二把ちゃんの脳天にげんこつを振り落とした。二把ちゃんは、背が低いのだ。
「おめぇよぉ、なんて名前だ」
怒りは、僕にも向けられた。
「僕は成瀬川るるせ。警備員だ」
「警備員だ、じゃねーよ。ひとのオンナ捕まえやがって。おまえもおまえだ、二把! こんなダサい男の近くにいるとダサさが移る」
牧という男は、僕の服装をチェックして、僕にそう言った。
「ちょっと、牧さん。先輩は悪くない!」
「うっせ!」
平手打ちを彼女である二把ちゃんにぶつける。
パシーン、と弾けたような音が、店内に響き渡る。
列をつくる人間たちが、一様に二把ちゃんと牧、それから僕を、振り向く。
「チッ! 店を変えようぜ、二把。こんなところじゃ飯を食った気がしねぇ」
牧は二把ちゃんの手首をつかむ。つかんだままで、行列からはみ出て、そのまま出口の方へ去っていく。
「ドメスティック・バイオレンスじゃん。……DV男。碌でもないのに引っかかっちゃたな、二把ちゃん」
なにも言えなかった自分に腹が立つ。だが、二把ちゃんと彼氏はすでに立ち去っていってしまったのだ。
食欲をなくした僕は、なにも食べずに〈ヨドバシ〉から、今日は撤退することにしたのだった。
環状八号線からすこしわき道に逸れて入ったところにある〈ヨドバシ〉へ、僕は赴いた。
ふわふわオムライスが絶品の、〈ヨドバシ〉。僕はカウンターレジへと向かっていこうとまっすぐに店内を進んだ。
しかし、なんたることか、行列ができている。珍しいにもほどがある。
〈ヨドバシ〉のオムライスカウンターといえば、お客さんがあまりいないことにそのすばらしさがあるというのに。
アシェラさんはよく〈ヨドバシ〉でオムライスを食べながら探偵事務所の臨時会議を行う。
それが可能なのは、〈ヨドバシ〉の客席がガラガラだ、という理由があるのだ。
客席を不法に占拠……とまではいかないけれど、会議を開いてしまっても、大丈夫な環境が揃っているのだ。
それが。
その〈ヨドバシ〉が。
行列を作っているだって?
にわかには信じられない。僕は長い列を抜け、先頭の方でプラカードになって掲げてあるメニューを見てみる。
「おいしいよ! 釜茹でオムライス! 秘境の味」
という惹句とともに、釜茹でオムライスとやらが、フィーチュアされていた。
どうやらこの釜茹でオムライスが人気らしく、列に並んだひとたちは次々と釜茹でオムライスを注文していく。
「マジかよぉ」
僕は落胆した。繁盛するのは良いことだけれども、踊念仏ならぬ踊りオムライスしてるように、僕には見えた。
簡単に言うと、踊らされているようにしか思えない。って、踊念仏に失礼な発言だけれども。
「だいたい、なんだよ、オムライスで釜茹でって」
僕は〈ヨドバシ〉を出ようと、列の横を歩いて、出口へ向かう。
すると、腕を掴まれた。
「んん?」
僕が腕を掴んだ主の顔を見ると、そこには知った姿があった。
「あ、
「お久しぶりです、るるせ先輩」
声の主は、高校時代の後輩、
二把ちゃんは僕に訊く。
「食べないんですか」
「君を?」
「違いますー。釜茹でオムライスですよー」
「釜茹でにして食べちゃおうかな」
「却下。彼氏、いるし」
「あ。そう。じゃあね」
二把ちゃんは腕をぎゅっと掴む。僕は出口に向かえない。
「へへへ。逃がしませんよー」
僕は大きく息を吐く。
「こっちに引っ越してきたの?」
「ええ。そうですよ。可愛い後輩が近所に引っ越してきて、るるせ先輩はラッキーですね」
「ここで出会うってのは、そうそうあることじゃないよ。だって僕ら、東京出身じゃないんだから。普通、会う偶然なんてなさそうだよね」
「でも、出会っちゃったんだなー」
「〈ヨドバシ〉のおかげだよな。どこに住んでるの?」
「明大前」
「井の頭線と京王線か。僕は高井戸だから、井の頭線だよ。で、はるばるここへ?」
「そう。はるばるここへ。アドレス交換しましょ」
「わかった」
僕と二把ちゃんは、スマホでアドレスを交換した。
「さあ、るるせ先輩も並んで。一緒に食べようよ」
しゃべっていると、咄嗟に二把ちゃんは青ざめた顔で僕の腕を離した。
間髪おかずに、僕は背後から後頭部を殴られてしまう。
倒れはしないよう、僕は踏みとどまった。
「痛い!」
僕は背後の奴を見る。それは、鼻ピアスを付けたいかつい男で、髪の毛は金髪に染め上げていた。
「おい、二把」
「なによ、牧さん」
相手の男の名前を呼ぶ二把ちゃんの声は震えている。
これが……彼氏だって? おびえてるぞ。
男は低いトーンで二把ちゃんに言う。
「許せねぇ」
「なにがよ」
「このビッチ! 所かまわず男捕まえて盛ってんじゃねーぞ」
牧、と呼ばれた男は、今度は二把ちゃんの脳天にげんこつを振り落とした。二把ちゃんは、背が低いのだ。
「おめぇよぉ、なんて名前だ」
怒りは、僕にも向けられた。
「僕は成瀬川るるせ。警備員だ」
「警備員だ、じゃねーよ。ひとのオンナ捕まえやがって。おまえもおまえだ、二把! こんなダサい男の近くにいるとダサさが移る」
牧という男は、僕の服装をチェックして、僕にそう言った。
「ちょっと、牧さん。先輩は悪くない!」
「うっせ!」
平手打ちを彼女である二把ちゃんにぶつける。
パシーン、と弾けたような音が、店内に響き渡る。
列をつくる人間たちが、一様に二把ちゃんと牧、それから僕を、振り向く。
「チッ! 店を変えようぜ、二把。こんなところじゃ飯を食った気がしねぇ」
牧は二把ちゃんの手首をつかむ。つかんだままで、行列からはみ出て、そのまま出口の方へ去っていく。
「ドメスティック・バイオレンスじゃん。……DV男。碌でもないのに引っかかっちゃたな、二把ちゃん」
なにも言えなかった自分に腹が立つ。だが、二把ちゃんと彼氏はすでに立ち去っていってしまったのだ。
食欲をなくした僕は、なにも食べずに〈ヨドバシ〉から、今日は撤退することにしたのだった。