蝉丸ヶ庵は灯火暗く【第一話】
文字数 1,788文字
同人誌即売イベントに出店した僕、成瀬川るるせなのだった。
会場の世田谷流通センターには、朝から出展者たちがわらわらと集まってきていた。
みんな、キャリーバッグなどに、自作同人誌を入れて、会場入りをしていく。
小田急線、豪徳寺。世田谷城址公園の近くに、世田谷流通センターはあった。
僕は流通センターのなかに入っていく。今日がイベント日なのだ。
「楽しみだなぁ。初参加だけど」
僕、成瀬川るるせはこの同人誌即売イベントに初参加だ。存分に楽しめればそれでいいかな、と考えていた。
自分に割り当てられたブースに到着する。僕のつくった「ガードマン・セミネール」というタイトルの同人誌は、果たして売れるのだろうか。
ドキドキしながら、ブースに飾り付けをしていく。
両隣の席にも、参加者。僕は挨拶をして、自分の同人誌を一部、両隣のひとに渡す。
隣の席は、両方ともイケメンで、僕のような普通の人間はかすんで見える。
「これが、即売会イベント……なのかぁ」
僕は浮足立って、イベント開始時間を待つ。
「ども、成瀬川さん。熊沢です。よろしく」
隣のイケメン作家さんに握手を求められた。僕は握手に応じる。
「初めての参加ですか」
熊沢さんが僕に訊くので、頷いた。
僕はウェブ小説を書いている。でも、イベントにも参加してみたいと思っていたのだ、自分の本をつくって。
そして、それが叶った。売れなくても、大丈夫。
「ダメですよ、売る気がない奴はここにいちゃダメですよ」
熊沢さんが言う。口ひげを伸ばした熊沢さんは、ここの常連だ、と言う。
「なるほどね。売る気がないとダメか……。頑張ろう」
今回の即売会イベントに参加してみたらどうだ、というのは苺屋かぷりこからの提案だ。
かぷりこも同人活動をしているので、僕を引きずり込んだ、というかたちだ。
今日は急用と重なってしまったため、かぷりこの同人誌は僕のブースでの委託販売となる。
まわりを見回すと、一人きりで同人誌を売るってひとは少ない。
みんな、二、三人で参加している。飾りつけも個性的できれいなものが多い。
売る工夫を、凝らしているのがわかって、みんなすごいなぁ、と思う僕だった。
熊沢さんとは握手までしたけど、反対側の作家さんにも握手をしてみよう、と考える。
とてもイケメンな隣の彼に話しかける。
「よろしくお願いします! 成瀬川です!」
「あ、くしゅはい、いよはず、かし、い」
おかしなアクセントで発音するその彼……だと思っていた人物は女性だった。
女性だとは気づかなかった。
握手はしない方向らしい。まあ、女性だしな、男性と手が触れるのを嫌がるひともいるだろう。
「わ、たし、は、ね、こや、まい、ぬこだ」
猫山犬子という名前らしい。
よくみるとおかっぱ頭で可愛い。
「よろしくお願いします、猫山犬子さん」
「よ、ろし、く」
ひきつった笑顔を見せる犬子さんだった。
イベントが始まる前に、会場の奥にあるカレー屋さんが開店した。
僕は激辛カレーを注文し、食べた。うまい。
「鴉坂つばめちゃんが好きそうな味だな……」
僕は、アパートで隣の部屋に住んでいる少女のことを、ふと思った。
「イベントには、来てくれないよね、やっぱ」
ぼそりと呟く僕。
熊沢さんが僕に話しかける。
「成瀬川さんはどんな同人誌をお書きになられたのですか」
おどおどしながら、僕は答える。
「警備員で巡った都内についてのエッセイ風小説です」
熊沢さんは、あはは、と笑った。
「エッセイ風……私小説、なのかな」
「は、はぁ、まぁ、そういう類です」
「その隣の彼女は、有名な同人作家さんだからね。壁サークルにならないで〈島〉ブースにいるのが不思議だよ。でも、光栄なことだな。ね、犬子女史」
犬子さんに向けて言う熊沢さん。
「あ、は、は。わ、たし、は本をか、くだけだ」
わたしは本を書くだけ、か。なるほど。有名作家さんだけあって、言うことが違う。
「か、れーは、うま、いか」
僕に尋ねる犬子さん。
「ええ。おいしかったですよ」
「は、じまる、ぞ」
犬子さんが言うと同時に、会場アナウンス。
これから一般参加者が入場開始する、というアナウンスだ。
お客さんがどんどん入ってくる。
会場の世田谷流通センターには、朝から出展者たちがわらわらと集まってきていた。
みんな、キャリーバッグなどに、自作同人誌を入れて、会場入りをしていく。
小田急線、豪徳寺。世田谷城址公園の近くに、世田谷流通センターはあった。
僕は流通センターのなかに入っていく。今日がイベント日なのだ。
「楽しみだなぁ。初参加だけど」
僕、成瀬川るるせはこの同人誌即売イベントに初参加だ。存分に楽しめればそれでいいかな、と考えていた。
自分に割り当てられたブースに到着する。僕のつくった「ガードマン・セミネール」というタイトルの同人誌は、果たして売れるのだろうか。
ドキドキしながら、ブースに飾り付けをしていく。
両隣の席にも、参加者。僕は挨拶をして、自分の同人誌を一部、両隣のひとに渡す。
隣の席は、両方ともイケメンで、僕のような普通の人間はかすんで見える。
「これが、即売会イベント……なのかぁ」
僕は浮足立って、イベント開始時間を待つ。
「ども、成瀬川さん。熊沢です。よろしく」
隣のイケメン作家さんに握手を求められた。僕は握手に応じる。
「初めての参加ですか」
熊沢さんが僕に訊くので、頷いた。
僕はウェブ小説を書いている。でも、イベントにも参加してみたいと思っていたのだ、自分の本をつくって。
そして、それが叶った。売れなくても、大丈夫。
「ダメですよ、売る気がない奴はここにいちゃダメですよ」
熊沢さんが言う。口ひげを伸ばした熊沢さんは、ここの常連だ、と言う。
「なるほどね。売る気がないとダメか……。頑張ろう」
今回の即売会イベントに参加してみたらどうだ、というのは苺屋かぷりこからの提案だ。
かぷりこも同人活動をしているので、僕を引きずり込んだ、というかたちだ。
今日は急用と重なってしまったため、かぷりこの同人誌は僕のブースでの委託販売となる。
まわりを見回すと、一人きりで同人誌を売るってひとは少ない。
みんな、二、三人で参加している。飾りつけも個性的できれいなものが多い。
売る工夫を、凝らしているのがわかって、みんなすごいなぁ、と思う僕だった。
熊沢さんとは握手までしたけど、反対側の作家さんにも握手をしてみよう、と考える。
とてもイケメンな隣の彼に話しかける。
「よろしくお願いします! 成瀬川です!」
「あ、くしゅはい、いよはず、かし、い」
おかしなアクセントで発音するその彼……だと思っていた人物は女性だった。
女性だとは気づかなかった。
握手はしない方向らしい。まあ、女性だしな、男性と手が触れるのを嫌がるひともいるだろう。
「わ、たし、は、ね、こや、まい、ぬこだ」
猫山犬子という名前らしい。
よくみるとおかっぱ頭で可愛い。
「よろしくお願いします、猫山犬子さん」
「よ、ろし、く」
ひきつった笑顔を見せる犬子さんだった。
イベントが始まる前に、会場の奥にあるカレー屋さんが開店した。
僕は激辛カレーを注文し、食べた。うまい。
「鴉坂つばめちゃんが好きそうな味だな……」
僕は、アパートで隣の部屋に住んでいる少女のことを、ふと思った。
「イベントには、来てくれないよね、やっぱ」
ぼそりと呟く僕。
熊沢さんが僕に話しかける。
「成瀬川さんはどんな同人誌をお書きになられたのですか」
おどおどしながら、僕は答える。
「警備員で巡った都内についてのエッセイ風小説です」
熊沢さんは、あはは、と笑った。
「エッセイ風……私小説、なのかな」
「は、はぁ、まぁ、そういう類です」
「その隣の彼女は、有名な同人作家さんだからね。壁サークルにならないで〈島〉ブースにいるのが不思議だよ。でも、光栄なことだな。ね、犬子女史」
犬子さんに向けて言う熊沢さん。
「あ、は、は。わ、たし、は本をか、くだけだ」
わたしは本を書くだけ、か。なるほど。有名作家さんだけあって、言うことが違う。
「か、れーは、うま、いか」
僕に尋ねる犬子さん。
「ええ。おいしかったですよ」
「は、じまる、ぞ」
犬子さんが言うと同時に、会場アナウンス。
これから一般参加者が入場開始する、というアナウンスだ。
お客さんがどんどん入ってくる。