天鼓の舞楽に六道輪廻の夜半楽【第一話】

文字数 1,931文字

「るるせお兄ちゃんはなんでいつもこう、愚昧な言葉しかしゃべれないの? 義務教育を放棄するからそうなるんだよ! 本当に愚昧ね」
「ななみちゃん。君は愚昧、愚昧って連呼するけど、義務教育くらいはどうにか受けられたんだよ、こんな僕でも」
「義務でさえ放棄するのが成瀬川るるせスタイルだ、って思ってるんでしょ? バカな男ね、るるせお兄ちゃん」
「……いや、その前になんで僕の部屋の寝室に君がいるの、やくしまるななみちゃん?」
「昨日のるるせお兄ちゃんの愚昧な言葉でつばめちゃんが傷ついたからだよ! なんでそんなこともわからないの!」
「ななみちゃんがなにを言っているのか、僕にはさっぱりわからない……」

 眠い目をこすって、ベッドで布団にくるまりながら、寝室のドアの前に仁王立ちしているななみちゃんを、僕は見上げている。
 セーラー服姿で仁王立ちしているこの女子高生であるやくしまるななみちゃんは、僕の住むこのアパートの管理人、やくしまるななおさんの妹だ。
 管理人室から僕の部屋のカギを持ち出し、僕の部屋に侵入していることはたまにあるけど、寝起きを襲うように現れたのはさすがに初めてなのだった。

 枕もとの置時計を見ると、まだ午前五時だ。早い……。僕も警備員のバイトをしているから早起きの日は多いけども。
「早起きだね、ななみちゃん」
 茶髪の髪を揺らして、ななみちゃんは怒る。
「早起きとか、そういう問題じゃないのよ! このバカるるせお兄ちゃん! もう、愚昧なんだから! 反省しなさいッ!」
「だから、僕にはさっぱりわからない。つばめちゃんがどうしたって?」
 つばめちゃんというのはアパートで隣室の魔法少女結社・八咫烏のメンバーである魔法少女、鴉坂つばめちゃんのことだ。
「もう! なんで思い出さないの? 牛タンらーめんのことよ!」
「牛タン……らーめん?」
「どう? 思い出した?」
「全く……わからない」

 ツカツカと音を立てて近づいてきたななみちゃんは、僕のくるまっている布団を強引にめくりあげた。
「うひー」
「うひー、じゃないの! この義務教育放棄者め!」
「布団を返してよー、ななみちゃん」
「七月になったというのに布団をかぶって寝ているのが悪いのよ! 布団かぶってる場合じゃないの!」
「だって、雨続きだよ。連日、寒いくらいだよ。もう少し眠らせて。今日はバイト休みなんだ」
「じゃあ、ヒントを出します。七夕! 牛タン! らーめん!」
「あ」
「思い出した?」
「仙台の七夕祭りは八月だって話をしたような……」
「そう! つばめちゃんが苦心の末、完成させた牛タンらーめんを笑ったのよ、るるせお兄ちゃんは!」
「ああ。思い出した。僕、昔、七夕祭りのとき、仙台で牛タンらーめんを食べたことがあるってつばめちゃんに言ったんだ。このラーメン、すでに存在するよ、って」
「そう! それよ!」
「でも」
「でも、ってなによ?」
「『考え得るすべてのラーメンはすでに存在してしまっている。そのすべてが存在してしまっている世界の中で、わたしはラーメン戦士として戦わないとならない』って、つばめちゃんが言ってた」
「だーかーらー! なんでそんなに愚昧なの? 強がりよ、強がり! つばめちゃんは昨日、わたしの部屋で一晩中、泣いていたのよ! わたしの傑作ラーメンがすでに存在していたなんてー、しかも笑われたーって!」
「一晩中、泣いていた……、マジで?」
「あー、もー、このクズ! クズでどうしようもない人間! だから義務教育を放棄して不良になったのよ、るるせお兄ちゃんは! この、愚昧なクズるるせッ!」
 平手打ちが飛び、僕の左頬がバチン、と音を立てた。
 痛い。

「謝ってきなさい、るるせお兄ちゃん?」
「え? あ? でも、まだ早朝五時だよ?」
「どこまでも愚昧ね。昨日のことでしょ。一晩中泣いて、今、わたしの部屋で眠っているの! わたしの部屋に来なさい、るるせお兄ちゃん!」
「えー?」
「また頬を打たれたいの?」
「反対側の頬を差し出すのもなんだし、謝っておこうかな、つばめちゃんに」
「よろしい! じゃ、ついてきて」
「今すぐってこと?」
「着替えるまで待つわ」
「着替え、見ないでね」
「誰が見るか! そんな貧相なるるせお兄ちゃんの身体なんて!」
「ひどい言われようだな」
「いいから早く! 迅速に頼むわよ」
「へいへい。でも、つばめちゃんは今、寝てるんでしょ?」
「今のうちに移動するのよ!」

 あくびをして背伸びをする僕は、普段着に着替えることにした。
「面倒な娘だなぁ。つばめちゃんも、ななみちゃんも」
「なにか言った?」
「いえ、なにも」


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登場人物紹介

蘆屋アシェラ

   蘆屋探偵事務所の探偵であり、陰陽師。

成瀬川るるせ

   警備員。

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