柳下鬼女の怪(上)
文字数 1,849文字
僕、成瀬川るるせがバイトを終えて東京都杉並区高井戸の天下一品でこってりしたラーメンをビールで流し込んで、店を出た直後のことだ。
自動ドアの前に立ったら、人影が速いスピードで信号を渡ってきて、それから天下一品の前を横切っていったのが見えた。
「なんだ? ドラマの撮影か?」
僕はぼさぼさで梳かさない髪の毛をかいてから、あくびをした。
人影はそのまま上北沢の方へと駆け抜けていったが、この街じゃ奇行はよくあることだ。
「気にしないに限るな」
自動ドアも開いたところだったし、そのまま僕は天下一品を出た。
スマートフォンの画面で時刻をチェックする。午前二時を指していた。
蘆花恒春園……通称、蘆花公園。
その近くに事務所を構える友人は顔が広く、その友人が天一をこの時間でも開店状態にと、取り計らってくれていたのだ。
ありがたいこった。
持つべきものは友人だな、と悦に入って僕は、横断歩道を渡って世田谷区八幡山に向かって歩いた。
八幡山の駅前に来て、自動販売機でコーンポタージュスープを買う。あたたかい。
「らーめんのあとにコーンポタージュってのもいいものだ」
今は二月。
ちょうど東京都内のどこの飲食店もガラガラの時期だ。
「これが三月に入ると引っ越しの時期で店はどこも忙しくなるんだけどな」
引っ越し……か。
僕も転職を考えているところだ。
いつまでも交通警備員として働くのはキツい。
「どーにかしなくちゃなぁ」
コーンポタージュを一気に飲み干す。
そして缶をポンポン叩いてコーンを残らず食べようとしていると、声をかけられた。
「成瀬川るるせさんですか?」
「どなたですか?」
「世田谷区八幡山・かまのくち八幡神社の社人です」
「はぁ。僕になにか御用で?」
「あと三十分しか、時間がないのです」
「三十分?」
二時半までは丑の刻だな。
なんか、嫌な予感はした。
「うちの者が逃げ出してしまったのです」
「うちの、って、神社関係のひと? もしかして、逃げたって」
「文字通り、社人が、驚いて、走って逃げ出したのです」
ああ。さっき見かけた奴だ。天一を横切った奴。
社人て言い方も古風だな。神社のひと、か。
「いきなりですが。私にお告げがあったのです」
「はい?」
話が急ピッチでついていけない。
これ絶対、関わらないほうがいい奴だ。
「『丑の刻参りする女性に神託を与えよ』と」
「しんたく……? 銀行?」
僕を無視してかまのくち八幡神社のひとは言う。
「霊夢です。今夜も参りに来ることでしょう。その女性に、夢の告げを知らせねばなりません。
うちの者の一人は、昨日、逃げました。そして、残る一人も、さっき」
「はぁ。丑の刻参りに来るひとに、あなたが聴いた夢のお告げを伝えないとならない、と。でも、なんで僕に」
「蘆花公園、と言えばわかる、とおっしゃっておりました。成瀬川さんは、蘆花公園、とだけ伝えれば協力をするだろう、と」
あ、あいつだ。あのひとだ。くっそ、あいつめぇ! 天一に席キープさせてくれていたのは絶対仕込みだ。
昨日の時点で予測していやがったな。常人じゃ予想なんて不可能だが、〈あのひと〉なら、できる。敏腕のプロであり、天才である〈あのひと〉なら。
蘆花公園の近くにいる友人なんて、僕は一人しか知らないし。
話だけでも聞くか。
「で。なんで逃げたの? どこへ逃げたの? なにを手伝えと?」
「なぜ逃げたかは、ついてきていただければ、お分かりになるか、と」
やっぱりついてこい、と言ってるわけですね。はいはい。話をもうちょっと聞いてみるか。
「どこへ逃げたの?」
「桜上水の焼肉ジョジョ園へでも行ったのでしょう。ジョジョ園が、我らが隠れ蓑として運営している飲食店でございます」
……マジか。飲食店の運営なんて、新興系のアレなのか?
「神社業界も大変ですね」
僕がそう言って立ち去ろうとすると、手を掴まれた。
「業界が大変だということよりも、我々には時間がありません。急ぎましょう」
「我々って。僕に対しても言ってるんだよね、これ」
神社のひとだという彼は僕の手を引っ張る。
抵抗できない。なぜならば〈あのひと〉の名前を出されてしまったからだ。
そして僕は。
なし崩し的に神社のひとに連れていかれたのだった。
「協力って、なにをすればいいんだ?」
呟いたが、歪んだ笑みで返されるだけなのだった。
自動ドアの前に立ったら、人影が速いスピードで信号を渡ってきて、それから天下一品の前を横切っていったのが見えた。
「なんだ? ドラマの撮影か?」
僕はぼさぼさで梳かさない髪の毛をかいてから、あくびをした。
人影はそのまま上北沢の方へと駆け抜けていったが、この街じゃ奇行はよくあることだ。
「気にしないに限るな」
自動ドアも開いたところだったし、そのまま僕は天下一品を出た。
スマートフォンの画面で時刻をチェックする。午前二時を指していた。
蘆花恒春園……通称、蘆花公園。
その近くに事務所を構える友人は顔が広く、その友人が天一をこの時間でも開店状態にと、取り計らってくれていたのだ。
ありがたいこった。
持つべきものは友人だな、と悦に入って僕は、横断歩道を渡って世田谷区八幡山に向かって歩いた。
八幡山の駅前に来て、自動販売機でコーンポタージュスープを買う。あたたかい。
「らーめんのあとにコーンポタージュってのもいいものだ」
今は二月。
ちょうど東京都内のどこの飲食店もガラガラの時期だ。
「これが三月に入ると引っ越しの時期で店はどこも忙しくなるんだけどな」
引っ越し……か。
僕も転職を考えているところだ。
いつまでも交通警備員として働くのはキツい。
「どーにかしなくちゃなぁ」
コーンポタージュを一気に飲み干す。
そして缶をポンポン叩いてコーンを残らず食べようとしていると、声をかけられた。
「成瀬川るるせさんですか?」
「どなたですか?」
「世田谷区八幡山・かまのくち八幡神社の社人です」
「はぁ。僕になにか御用で?」
「あと三十分しか、時間がないのです」
「三十分?」
二時半までは丑の刻だな。
なんか、嫌な予感はした。
「うちの者が逃げ出してしまったのです」
「うちの、って、神社関係のひと? もしかして、逃げたって」
「文字通り、社人が、驚いて、走って逃げ出したのです」
ああ。さっき見かけた奴だ。天一を横切った奴。
社人て言い方も古風だな。神社のひと、か。
「いきなりですが。私にお告げがあったのです」
「はい?」
話が急ピッチでついていけない。
これ絶対、関わらないほうがいい奴だ。
「『丑の刻参りする女性に神託を与えよ』と」
「しんたく……? 銀行?」
僕を無視してかまのくち八幡神社のひとは言う。
「霊夢です。今夜も参りに来ることでしょう。その女性に、夢の告げを知らせねばなりません。
うちの者の一人は、昨日、逃げました。そして、残る一人も、さっき」
「はぁ。丑の刻参りに来るひとに、あなたが聴いた夢のお告げを伝えないとならない、と。でも、なんで僕に」
「蘆花公園、と言えばわかる、とおっしゃっておりました。成瀬川さんは、蘆花公園、とだけ伝えれば協力をするだろう、と」
あ、あいつだ。あのひとだ。くっそ、あいつめぇ! 天一に席キープさせてくれていたのは絶対仕込みだ。
昨日の時点で予測していやがったな。常人じゃ予想なんて不可能だが、〈あのひと〉なら、できる。敏腕のプロであり、天才である〈あのひと〉なら。
蘆花公園の近くにいる友人なんて、僕は一人しか知らないし。
話だけでも聞くか。
「で。なんで逃げたの? どこへ逃げたの? なにを手伝えと?」
「なぜ逃げたかは、ついてきていただければ、お分かりになるか、と」
やっぱりついてこい、と言ってるわけですね。はいはい。話をもうちょっと聞いてみるか。
「どこへ逃げたの?」
「桜上水の焼肉ジョジョ園へでも行ったのでしょう。ジョジョ園が、我らが隠れ蓑として運営している飲食店でございます」
……マジか。飲食店の運営なんて、新興系のアレなのか?
「神社業界も大変ですね」
僕がそう言って立ち去ろうとすると、手を掴まれた。
「業界が大変だということよりも、我々には時間がありません。急ぎましょう」
「我々って。僕に対しても言ってるんだよね、これ」
神社のひとだという彼は僕の手を引っ張る。
抵抗できない。なぜならば〈あのひと〉の名前を出されてしまったからだ。
そして僕は。
なし崩し的に神社のひとに連れていかれたのだった。
「協力って、なにをすればいいんだ?」
呟いたが、歪んだ笑みで返されるだけなのだった。