天鼓の舞楽に六道輪廻の夜半楽【第三話】

文字数 2,750文字





 ビル・エヴァンスのジャズピアノが流れる〈ジャングル・ジム〉店内。
 僕らの席に魚介パスタが大皿で運ばれてきた。小皿が二枚。
 トングをがちがち鳴らしながらパスタをテーブルに置いたのは、今夜はここでバイトをしているウェイター姿の足利葦人だった。
「ほぅら、るるせっち。たんとお食べ」
「言い方がムカつくよ、足利」
「いや、向かい席の苺屋嬢はくすくす笑いをかみ殺しているぜ」
 僕はかぷりこを見た。
「確かに、足利の言う通りだ」
「あはは。わりぃわりぃ、あたしは好きだよ、足利くんのチャラいところ」
「いや、かぷりこ。足利はチャラいんじゃなく、チョロいんだ。好きって言ったらストーキングされるぞ」
「マジで?」
 食器と銀フォーク、スプーン等を置いた足利は、
「苺屋嬢。これからあなたを姐さんと呼んでも?」
 と、かぷりこの目を見つめて言う。
「だーめ」
 珍しく女性っぽい猫なで声をだして、かぷりこはウィンクした。
 ダメなのかいいのかどっちなんだか、僕にはわからない言動だ。
「足利くんは、バイト掛け持ちなの? あたし、感心しちゃうな」
「スポーツやるには、金が必要なんすよ、苺屋嬢」

 そう。足利葦人は、赤い坊主頭のバスケットマン。社会人チームに入るために修行中の身だ。
 警備員をメインにして、たまにここ〈ジャングル・ジム〉の手伝いをしている。

 大皿に盛られたパスタの山を見ながら苺屋かぷりこは足利に言う。
「おいしそうだな、パスタ。あたしはパスタの香りが大好きでね」
「マスターに伝えとくよ、苺屋嬢」
 足利は破顔して自分の坊主頭を撫でる。
「ふむ」
 僕は頷いた。僕も、ゆでたパスタの香りが好きだからだ。
「柵山は?」
 僕が足利に訊くと、
「ライブだよ、あいつのパンクバンドの。対バンだってさ」
 と答える。
「足利は、ライブに足を運ばなくてよかったのか?」
「るるせっち。柵山のバンドはチケット、ソールドアウトだぜ」
「え。そんなにすごい奴だったのか、柵山って。大人気じゃん」
「柵山はおれの自慢の友人さ」
「なるほどね。僕はハイボール、おかわり」
「酔いつぶれるなよ」
 僕は手を上げ、
「あーい」
 と、生返事をした。

「鴉坂つばめの話だが。あいつ、悩んでいるぜ」
「ああ。ラーメンでね。今日の朝、ななみちゃんに言われて、つばめちゃんに平謝りさ」
「ラーメン?」
「ん? その話じゃないの?」
 かぷりこはあはは、と大きな口を開けて豪快に笑う。
 僕がきょとんとしていると、足利がハイボールのおかわりを持ってきた。
 足利は会話の邪魔にならないよう、ハイボールを置いてさっと過ぎ去った。
 僕はそのお酒に口をつけて、かぷりこの次の言葉を待つ。
「架橋久弥」
「架橋……久弥? んん? 誰だっけ、それ。作家だよね」
「そう。商業作家。SF作家だ」
「ああ。スペースオペラ書いててSFだ、SFではない、と騒がれつつ一財を成した、あの架橋久弥か」
 僕も架橋の小説なら、本屋で買って読んだことがある。
 高井戸駅のそばにある行きつけの本屋でポップを見て興味を惹かれ、買ったのだ。
 店員さん手書きのポップは、信頼できると僕は思っている。
「それがつばめちゃんとどう関係が?」
「架橋って、今じゃ本屋から一冊も著作がなくなっているだろ」
「ああ。確か、肖像権で裁判沙汰になったんだっけ。その一件でキレて、書いた次の小説が今度は発禁処分にされて」
「東京都では有害指定図書扱いになってる」
「発禁処分って、どんな内容だったんだろう」
「それがつばめと架橋を結ぶ線さ」
「どういうこと?」
「〈天の鼓〉の使い手だったんだ、架橋は。〈天鼓〉は、魔性を秘めた音を出す楽器でね。当局が隠したかったものだったんだ」
「魔性? 当局が隠したい? ああ」
 僕は合点する。
「怪奇絡みの話か」
「正確には天の川伝説に由来する。天鼓とは母親の胎内に宿った〈魔性の鼓〉と〈赤ちゃん〉が融合して生まれてきてしまった、いわば〈人間から生まれた怪異〉だ」
「人間から生まれた……怪異」
「そう。だが、天鼓は牽牛のことでもある。よって、架橋は七夕の牽牛でもあるのさ。現代の牽牛が、架橋久弥。どうだ、ムカつくだろ」
「仕組まれた子供だなんて。しかも、魔性の楽器で人々を虜にするんだろ。……あれ? でも、作家をやっていたんじゃなかったの、久弥は?」
「ここ吉祥寺に、会員制の高級クラブ〈シルバープラネットエレファント〉っていうのがあってな。そこで久弥は演奏していた」
「ミュージシャンもやっていたのかぁ」
「魔性の天鼓を叩き、人々を酩酊させ、クラブ内はいつも乱交パーティ状態さ。だから上客はたくさん〈業界〉にいたそうだ。それを、久弥は自著で告白した」
「ほへぇ」
 信じられなさそうな話だが、数々の怪異譚に関わってきた僕だ。そういうのもあるだろうな、と納得した。
「基本は〈あの探偵〉たち〈専門家〉に対処させて見えないように処理するのが〈都〉の方針だが」
「だが?」
「七夕でどうしても久弥が、その天賦の才をもってして天鼓を打たないとならないのさ。盆行事の一環なんだ。祖先の霊を祓う禊が、七夕。年中行事は行われないと、〈都のバランス〉が〈崩れる〉」
「バランス?」
「東京都は結界が張ってある話は、聞いたことくらいあるだろ」
「ああ。将門の首塚とかなら……、よく知らないけど」
「その〈バランス〉を保つため、必要なピースのひとつが天鼓だった。だから、〈シルバープラネットエレファント〉での毎夜の奇行も容認されていた」
「それがつばめちゃんと、どう関わっているんだい」
「牽牛は、八咫烏を伴って、〈世界樹〉をのぼって、織姫に逢いに行く」
「八咫烏……」
「魔法少女結社・八咫烏のメンバーで、今年、牽牛こと久弥を織姫のもとまで先導するのが、つばめの役割なんだ」
 ジントニックを飲み終えたかぷりこは、
「今日は陰陽の〈陽〉が重なる七月七日だ」
 と言い、グラスをテーブルに置いた。
「あ! 今日は七夕だったのか!」
 すっかり忘れていた。七日か、今日は。
「そう。鴉坂つばめのご機嫌を取るのは今日じゃなきゃならなかった。だから朝っぱらお前が呼ばれたんだろ、つばめのところに。朝早く、今日はニートなつばめでも仕事に行ってるさ」
「落ち込んでたところに僕が謝って、機嫌を戻したってのか」
「久弥とつばめは、因縁があるのさ。るるせでも利用して、緩衝材にしようって、友だち思いのやくしまるななみは考えたのかもな」

「今日は七夕……か」
 僕とかぷりこはそこで会話を切って、パスタを小皿に取り分け、食べ始めた。


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登場人物紹介

蘆屋アシェラ

   蘆屋探偵事務所の探偵であり、陰陽師。

成瀬川るるせ

   警備員。

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