柳下鬼女の怪(解題)

文字数 927文字

          *****



 次の日。蘆花公園の近くの雑居ビルのテナント。
 蘆屋探偵事務所の応接間のソファで僕はスマートフォンゲームをプレイしながら寝転がっていた。
「ところで、るるせくん」
「なんですか、アシェラさん。天下一品も仕込みの一環だったなんて、酷いですよ」
「さぁ、なんのことやら。それよりも、だよ。蘆花公園にあるから僕の事務所は〈蘆〉屋探偵事務所、と名乗っているわけだけれど」
「はぁ。嫌な予感がする。それに蘆屋アシェラだから〈蘆屋〉探偵事務所なんじゃないのですかぁ……」
「今後、事務所を移転して、本格的に探偵業をしようと思っていてね」
「あー、聞こえない聞こえない、僕にはなにも聞こえないぞー!」
「るるせくん、君はいつも、つれないことを言うなぁ」
「なぜため息したし。僕は知りませんってば。それにしても、この前の〈ご神託〉って本物だったんですか?」
 ふぅ、とため息をつく探偵。
「そんなこともわからないのかい、るるせくん。ダメだなぁ。職務怠慢だよ」
「いや、所員じゃないし」
「狂言さ」
「狂言?」
「絵画に閉じ込めた怨嗟を、野に解き放ってしまったのさ。誰かがね。〈鬼〉になるのは当然じゃないか、もともと鬼なんだから。そりゃもとの鬼に戻るさ」
「柳下鬼女、ですか」
「そう。あのお告げとやらは、お告げの体をなしてない。ただ『あんたは鬼女だよ』って当たり前のことを言ってあげただけ」
「じゃあ、なんでそんなことを」
「拝み屋に押し付けるための狂言だったんだって、だから僕は言いたいのさ」
 ああ。この名探偵にして陰陽師であるアシェラさんを、最初から頼っていたんだな。
 それを、まどろっこしい真似をして。
「怒らない怒らない。珈琲飲むかい? うちの事務所で淹れる珈琲にはこだわっているよ」
「もう。そうやって。今回は徹頭徹尾、僕は囮役じゃないですかー」
 珈琲メイカーのセッティングをし、電源を入れるアシェラさん。


「まぁまぁ。どうしようもならん、のが、どうにかなる。これが僕自身の思想さ」


「むぅー」



事件は解決した。
……だがこれはまだ、蘆屋探偵事務所が本格的に活動を始める、その前のお話。



〈了〉
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登場人物紹介

蘆屋アシェラ

   蘆屋探偵事務所の探偵であり、陰陽師。

成瀬川るるせ

   警備員。

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