エピローグ
文字数 1,491文字
「誰も見送りには来ない……か」
故郷に帰ろうとしている僕は、上野駅のホームで特急列車を待っている。
「まあ、来てくれても、今の僕には、なんの発言権もないけれど」
僕がベンチに座り、駅構内のコンビニで買ったハリボーグミの袋を開けていると、女の子の声が、構内に響き渡った。
「待ってくださいよぉ、コノコ姉さん」
瞳が隠れるくらいの前髪をした女の子が、構内のコンビニから走ってくる。
特急の入り口の前にいる青い短髪の女の子は、走ってくる女の子をからかうように言う。
「特急の電車の冷凍ミカンは待っちゃくれないのだー」
「のだー、じゃないですよぉ、もぅ。冷凍ミカンなんて、ないですからね!」
特急の入り口で合流する二人。
僕は彼女らを見ながら、袋から取り出したハリボーグミをほおばり、ぼーっとしている。
「メダカちゃん。東京見学はどうだったのだ?」
「うー。コノコ姉さん、わざと言ってるでしょー。カルチャーショックですよ! わたしなんか、田舎に引っ込んでいたほうがいいな、って思いましたとも! ええ!」
特急の入り口から、コンビニ袋を持って、今度はピンクの長髪の小賢そうな笑みをたたえた女の子が現れる。
「朽葉コノコ。その程度にしてやれよ。佐原メダカは、街を歩いて一分おきには知らないひとたちに『ダサい』と連呼されてたわけだからな」
「うぅ、涙子さんまでぇ、そんなこと言うんだからぁ。泣いちゃいますよぉ、わたし」
「ほれほれ、抹茶ラテあげるから許してくれよ。あたしだって、ルックスには自信がない」
「大嘘だぁ! 涙子さん、格好いいじゃないですかぁ!」
「東京にいたら、正直あたしなんてかすむよ、存在が。ほれほれ、それより、抹茶ラテあげるから」
袋からプラスチック容器に入った抹茶ラテを取り出す涙子と呼ばれるピンク髪に、今度はコノコと呼ばれている女の子が食いつく。
「待ーつーのーだー、涙子ちゃーんー! 抹茶ラテはわたしの物なのだ! さっき頼んで買ってもらったものなのだぁ!」
「え? 涙子さん、いいんですか、もらいます、抹茶ラテ!」
「メダカちゃんも、涙子ちゃんのいじわるに乗るとはいい度胸なのだ! それなら、わたしが買ってきた駄菓子類は、わたしが独り占めなのだ! 二人の前で食べるのだー」
女の子たちが特急前でぎゃーぎゃーやってるのを見ながら、僕はハリボーグミの味を噛みしめる。
「これで、僕の旅も終わりか」
もうすぐ発車時刻という時間になり、僕はベンチから立ち上がり、食べ終えたグミの袋をごみ箱に捨てる。
スマートフォンがメールを受信する。
「いつでも帰ってきなよ。みんな、待ってる」
僕は、受信したメールに、しばらく言葉を失った。泣きそうになった。
深呼吸をひとつ。
そして僕は、受信したそのメールを、ごみ箱まで移動させて、両掌で自分の頬を叩いた。痛い。
さて。
僕の物語は、一応の終わりを告げる。
僕にはなにも残っていない。
これから、どうやって生きていこう。
だが、発車のベルが鳴り響き、僕はただ、かなしいフリをするしかなく……。
僕のこのあとの人生は、〈おまけの人生〉に過ぎないかもしれない。
「それでいいよ」
それでいい。〈おまけ〉としてもらった人生で。
僕は自分を受け入れるように、呟き、ベルが鳴りやまないうちに、特急の中に入る。
特急のドアが閉まったとき、我慢していた涙がどっとあふれ、零れ落ちた。
僕は口を覆うように手をあて、ガラス越しに、東京都に別れを告げたのだった。
〈了〉
故郷に帰ろうとしている僕は、上野駅のホームで特急列車を待っている。
「まあ、来てくれても、今の僕には、なんの発言権もないけれど」
僕がベンチに座り、駅構内のコンビニで買ったハリボーグミの袋を開けていると、女の子の声が、構内に響き渡った。
「待ってくださいよぉ、コノコ姉さん」
瞳が隠れるくらいの前髪をした女の子が、構内のコンビニから走ってくる。
特急の入り口の前にいる青い短髪の女の子は、走ってくる女の子をからかうように言う。
「特急の電車の冷凍ミカンは待っちゃくれないのだー」
「のだー、じゃないですよぉ、もぅ。冷凍ミカンなんて、ないですからね!」
特急の入り口で合流する二人。
僕は彼女らを見ながら、袋から取り出したハリボーグミをほおばり、ぼーっとしている。
「メダカちゃん。東京見学はどうだったのだ?」
「うー。コノコ姉さん、わざと言ってるでしょー。カルチャーショックですよ! わたしなんか、田舎に引っ込んでいたほうがいいな、って思いましたとも! ええ!」
特急の入り口から、コンビニ袋を持って、今度はピンクの長髪の小賢そうな笑みをたたえた女の子が現れる。
「朽葉コノコ。その程度にしてやれよ。佐原メダカは、街を歩いて一分おきには知らないひとたちに『ダサい』と連呼されてたわけだからな」
「うぅ、涙子さんまでぇ、そんなこと言うんだからぁ。泣いちゃいますよぉ、わたし」
「ほれほれ、抹茶ラテあげるから許してくれよ。あたしだって、ルックスには自信がない」
「大嘘だぁ! 涙子さん、格好いいじゃないですかぁ!」
「東京にいたら、正直あたしなんてかすむよ、存在が。ほれほれ、それより、抹茶ラテあげるから」
袋からプラスチック容器に入った抹茶ラテを取り出す涙子と呼ばれるピンク髪に、今度はコノコと呼ばれている女の子が食いつく。
「待ーつーのーだー、涙子ちゃーんー! 抹茶ラテはわたしの物なのだ! さっき頼んで買ってもらったものなのだぁ!」
「え? 涙子さん、いいんですか、もらいます、抹茶ラテ!」
「メダカちゃんも、涙子ちゃんのいじわるに乗るとはいい度胸なのだ! それなら、わたしが買ってきた駄菓子類は、わたしが独り占めなのだ! 二人の前で食べるのだー」
女の子たちが特急前でぎゃーぎゃーやってるのを見ながら、僕はハリボーグミの味を噛みしめる。
「これで、僕の旅も終わりか」
もうすぐ発車時刻という時間になり、僕はベンチから立ち上がり、食べ終えたグミの袋をごみ箱に捨てる。
スマートフォンがメールを受信する。
「いつでも帰ってきなよ。みんな、待ってる」
僕は、受信したメールに、しばらく言葉を失った。泣きそうになった。
深呼吸をひとつ。
そして僕は、受信したそのメールを、ごみ箱まで移動させて、両掌で自分の頬を叩いた。痛い。
さて。
僕の物語は、一応の終わりを告げる。
僕にはなにも残っていない。
これから、どうやって生きていこう。
だが、発車のベルが鳴り響き、僕はただ、かなしいフリをするしかなく……。
僕のこのあとの人生は、〈おまけの人生〉に過ぎないかもしれない。
「それでいいよ」
それでいい。〈おまけ〉としてもらった人生で。
僕は自分を受け入れるように、呟き、ベルが鳴りやまないうちに、特急の中に入る。
特急のドアが閉まったとき、我慢していた涙がどっとあふれ、零れ落ちた。
僕は口を覆うように手をあて、ガラス越しに、東京都に別れを告げたのだった。
〈了〉