鳴釜の夢枕【第四話】

文字数 1,215文字





「ふぅん」
 と、アシェラさんはそっけなく僕の話を聞き流した。
「あの例のるるせくんの隣室に住んでいる八咫烏から『釜占い』のことを聞いた、と」
「はい」
 八咫烏とは、魔法少女・鴉坂つばめちゃんのことだ。
「つばめちゃんからななみちゃんが占いのことを聞いて、そこから、友達だという僕の後輩の二把ちゃんに伝わって。どうしても、占いをしたいそうなんです」
「ここは探偵事務所だよ。事件の依頼をすれば済むことなのにね」
「ええ。ですが、『彼氏とこのまま同棲をつづけたほうがいいのか』の判断がつかないので、〈占い〉がしたいそうです。そこにちょうどよく、有名な占いの話があるので飛びついた、と」
「有名といえば、……有名だよねぇ。『雨月物語』に出てくるほどに有名な占いだよ」
「それで、この娘が、庭似二把ちゃんです」
「はじめまして、探偵さん」
「こんにちわ。悩んでいるんだね。奥のソファに座ってらっしゃるのが、阿曽女の先生だよ」
 阿曽女の方は、しわがれた声で、
「やめてくださいよ、蘆屋さん。わたしは先生なんて呼べるものじゃぁございません」
 と、言う。御年90歳になるそうだ。


「用意はできています。さぁ、祝詞を捧げますよ」

 事務所に急遽つくられた地鎮祭のような一式。これを神前とする。
「神前に御湯を備えし御釜祓をはじめます……」
 巫女姿の阿曽女さんが祝詞を奏しながら御湯を奉る。



 掛けまくも畏き
 伊邪那岐大神
 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に
 禊ぎ祓へ給ひし時に
 生り坐せる祓戸の大神等
 諸々の禍事・罪・穢
 有らむをば
 祓へ給ひ清め給へと
 白すことを聞こし召せと
 恐み恐みも白す


 祝詞の内容は少し違うけど、だいたいこんな風に、奏していたと思う。



 ……御湯がぐつぐつ沸く。

 そして神事は長い時間をかけて終わる。

「本当は急ごしらえでやってはなりませぬが。陰陽師殿、いかがでしたか」
「ありがとうございます」



「事の吉凶は……まあ、思う通りだろうさ。常識的に考えるのと、同じ結果だろう。縁が、結ばれると思うかい、二把さん」
 アシェラさんが言う。
「その長袖をまくってみてほしい」
「えっ……」
「それも、必要なことだよ」
「お見通し、なんですね」
 アシェラさんは黙って頷く。
 二把ちゃんがまくり上げた袖。腕を見ると、あざだらけだった。
 アシェラさんが言う。
「そういうことだよ」
「でも!」
「ひとの色恋沙汰に口を出す気はないけど、それはちょっと、考えたほうがいいよね」
「……はい」
「この神事は、もちろん、占うだけでなく、福を授けるものさ。ほかの神事の多くがそうであるように」
「ありがとうございました……」



 数日後。
 僕のスマートフォンに、電話がかかって来た。
 相手は、二把ちゃんからだった。


 話はまだ、終わらなかったのだ。


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登場人物紹介

蘆屋アシェラ

   蘆屋探偵事務所の探偵であり、陰陽師。

成瀬川るるせ

   警備員。

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