鳴釜の夢枕【第四話】
文字数 1,215文字
☆
「ふぅん」
と、アシェラさんはそっけなく僕の話を聞き流した。
「あの例のるるせくんの隣室に住んでいる八咫烏から『釜占い』のことを聞いた、と」
「はい」
八咫烏とは、魔法少女・鴉坂つばめちゃんのことだ。
「つばめちゃんからななみちゃんが占いのことを聞いて、そこから、友達だという僕の後輩の二把ちゃんに伝わって。どうしても、占いをしたいそうなんです」
「ここは探偵事務所だよ。事件の依頼をすれば済むことなのにね」
「ええ。ですが、『彼氏とこのまま同棲をつづけたほうがいいのか』の判断がつかないので、〈占い〉がしたいそうです。そこにちょうどよく、有名な占いの話があるので飛びついた、と」
「有名といえば、……有名だよねぇ。『雨月物語』に出てくるほどに有名な占いだよ」
「それで、この娘が、庭似二把ちゃんです」
「はじめまして、探偵さん」
「こんにちわ。悩んでいるんだね。奥のソファに座ってらっしゃるのが、阿曽女の先生だよ」
阿曽女の方は、しわがれた声で、
「やめてくださいよ、蘆屋さん。わたしは先生なんて呼べるものじゃぁございません」
と、言う。御年90歳になるそうだ。
「用意はできています。さぁ、祝詞を捧げますよ」
事務所に急遽つくられた地鎮祭のような一式。これを神前とする。
「神前に御湯を備えし御釜祓をはじめます……」
巫女姿の阿曽女さんが祝詞を奏しながら御湯を奉る。
掛けまくも畏き
伊邪那岐大神
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に
禊ぎ祓へ給ひし時に
生り坐せる祓戸の大神等
諸々の禍事・罪・穢
有らむをば
祓へ給ひ清め給へと
白すことを聞こし召せと
恐み恐みも白す
祝詞の内容は少し違うけど、だいたいこんな風に、奏していたと思う。
……御湯がぐつぐつ沸く。
そして神事は長い時間をかけて終わる。
「本当は急ごしらえでやってはなりませぬが。陰陽師殿、いかがでしたか」
「ありがとうございます」
「事の吉凶は……まあ、思う通りだろうさ。常識的に考えるのと、同じ結果だろう。縁が、結ばれると思うかい、二把さん」
アシェラさんが言う。
「その長袖をまくってみてほしい」
「えっ……」
「それも、必要なことだよ」
「お見通し、なんですね」
アシェラさんは黙って頷く。
二把ちゃんがまくり上げた袖。腕を見ると、あざだらけだった。
アシェラさんが言う。
「そういうことだよ」
「でも!」
「ひとの色恋沙汰に口を出す気はないけど、それはちょっと、考えたほうがいいよね」
「……はい」
「この神事は、もちろん、占うだけでなく、福を授けるものさ。ほかの神事の多くがそうであるように」
「ありがとうございました……」
数日後。
僕のスマートフォンに、電話がかかって来た。
相手は、二把ちゃんからだった。
話はまだ、終わらなかったのだ。
「ふぅん」
と、アシェラさんはそっけなく僕の話を聞き流した。
「あの例のるるせくんの隣室に住んでいる八咫烏から『釜占い』のことを聞いた、と」
「はい」
八咫烏とは、魔法少女・鴉坂つばめちゃんのことだ。
「つばめちゃんからななみちゃんが占いのことを聞いて、そこから、友達だという僕の後輩の二把ちゃんに伝わって。どうしても、占いをしたいそうなんです」
「ここは探偵事務所だよ。事件の依頼をすれば済むことなのにね」
「ええ。ですが、『彼氏とこのまま同棲をつづけたほうがいいのか』の判断がつかないので、〈占い〉がしたいそうです。そこにちょうどよく、有名な占いの話があるので飛びついた、と」
「有名といえば、……有名だよねぇ。『雨月物語』に出てくるほどに有名な占いだよ」
「それで、この娘が、庭似二把ちゃんです」
「はじめまして、探偵さん」
「こんにちわ。悩んでいるんだね。奥のソファに座ってらっしゃるのが、阿曽女の先生だよ」
阿曽女の方は、しわがれた声で、
「やめてくださいよ、蘆屋さん。わたしは先生なんて呼べるものじゃぁございません」
と、言う。御年90歳になるそうだ。
「用意はできています。さぁ、祝詞を捧げますよ」
事務所に急遽つくられた地鎮祭のような一式。これを神前とする。
「神前に御湯を備えし御釜祓をはじめます……」
巫女姿の阿曽女さんが祝詞を奏しながら御湯を奉る。
掛けまくも畏き
伊邪那岐大神
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に
禊ぎ祓へ給ひし時に
生り坐せる祓戸の大神等
諸々の禍事・罪・穢
有らむをば
祓へ給ひ清め給へと
白すことを聞こし召せと
恐み恐みも白す
祝詞の内容は少し違うけど、だいたいこんな風に、奏していたと思う。
……御湯がぐつぐつ沸く。
そして神事は長い時間をかけて終わる。
「本当は急ごしらえでやってはなりませぬが。陰陽師殿、いかがでしたか」
「ありがとうございます」
「事の吉凶は……まあ、思う通りだろうさ。常識的に考えるのと、同じ結果だろう。縁が、結ばれると思うかい、二把さん」
アシェラさんが言う。
「その長袖をまくってみてほしい」
「えっ……」
「それも、必要なことだよ」
「お見通し、なんですね」
アシェラさんは黙って頷く。
二把ちゃんがまくり上げた袖。腕を見ると、あざだらけだった。
アシェラさんが言う。
「そういうことだよ」
「でも!」
「ひとの色恋沙汰に口を出す気はないけど、それはちょっと、考えたほうがいいよね」
「……はい」
「この神事は、もちろん、占うだけでなく、福を授けるものさ。ほかの神事の多くがそうであるように」
「ありがとうございました……」
数日後。
僕のスマートフォンに、電話がかかって来た。
相手は、二把ちゃんからだった。
話はまだ、終わらなかったのだ。