鳴釜の夢枕【第三話】

文字数 2,443文字





「釜占い、かぁ」
 旧甲州街道を歩きながら、僕は呟いた。
 今日は戻る気がしなかったので、蘆屋探偵事務所には戻らない。
 夕刻が迫る。
 ヘッドフォンを耳にかける。アイルランドの少女が歌っている。
 アイルランドの少女が歌うリズムで、僕は帰路を、歩く。
「ラーメン屋にでも寄ろうかな」
 おなかはすかない。けど、ラーメンなら食べられる。
 ラーメンは別腹だ。スイーツみたいなものだ。
 スイーツは別腹ってよく言うじゃん。僕にとって、ラーメンがそれにあたる。

 旧甲州街道。自分の住むアパートの近く。
 そこにあるラーメン屋に、僕は入る。
 音楽プレイヤーを止めてヘッドフォンを外し、バッグに収納する。
 食券を買って、名物店長とやらに渡す。
 店長は、
「あいよ!」
 と気合を入れてから、僕から食券をもらい、料理を始めた。



 とんこつラーメンを待っていると、隣のカウンター席に、フリルがたくさんついたピンクのドレスの少女が、座って店長に食券を渡す。
 横目で見やると、それは魔法少女の鴉坂つばめちゃんだった。

「奇遇ですね、るるせさん」
 魔法少女は言う。
「ああ、奇遇だね、つばめちゃん」
「先日はどうも」
 頭を下げるつばめちゃん。
「いやいや、こちらこそ」
「サイコダイブ。あの一件があって、あなたはわたしの醜さを、知っている。わたしがあなたの醜さを知っているように」
「…………」

 ああ、先日遭った事件のことか。
 僕はそのサイコダイブを行うことになったとある事件で、この〈魔法少女〉と出会うことになった。

「誰だって、心の中にどろどろしたものを持っているものさ。それが表に出るか、出ないかの違いでしかないのかもね」
「上手くごまかそうとしても無駄ですよ」
「魔法少女って、みんなつばめちゃんみたく目立つ格好しているの?」
「その質問、……ぶち殺しますよ?」
「僕を殺すのは勘弁してほしい」

 ラーメンが届く。
 僕とつばめちゃんは一緒にラーメンを食べる。

 食べながらつばめちゃんは、話しかけてくる。
「ねぇ、るるせさん」
「なんだい、つばめちゃん」
「わたし、ラーメン修行しようかと思っているんですよ」
「…………」
「なんでそこで黙るんですか」
「ラーメン修行って厳しいって言うぜ」
「魔法少女になるのだって修行、厳しかったです」
「ああ、まあ、そうだよね……。でも、なぜ、ラーメンを」
 魔法少女がラーメン屋に? 新手のギャグか?
「ラーメンくらいしか、自分の将来のビジョンが思い浮かばないんです」
「それは異常だな」
「異常、なんですかね」
 麺を食べ終えた僕は、どんぶりを持ってスープをすする。
 同じく麺を食べ終えたつばめちゃんは、スープは飲まない。
「わたし、ラーメン屋つくったら屋号は『魔法少女らぁめんボルシチ』にしようと思ってて」
「ふむ。ギャグなのだろうけど、一応、問おう。なぜボルシチ」
「家でボルシチラーメンをつくったら意外においしくて」
「僕の部屋の隣室でそんな実験が行われていようとは……」
 鴉坂つばめちゃんの部屋はアパートで僕の隣の部屋なのである。
「それで『ツァーリも認めた幻の味』ってうたい文句でやっていこうか、と」
「いや、絶対ツァーリは認めていないだろ。認めててもなんだかスミノフみたいだな……」
「ツァーリに認められた味。パーリィに最適! って」
「パーリィにご用達じゃもう、ピザ屋みたいなうたい文句だよなぁ。ツァーリとパーリィで韻を踏んだのだろうけど」
「『魔法少女らぁめん」、良いと思いませんか」

 と、そこでアシェラさんに言われたことを思い出す。

「あ。つばめちゃん。『釜占い』やってみない?」
「釜占い?」
 僕はふんわりと釜占いについて説明した。
「嫌、……ですね」
「嫌なの?」
「わたし、魔法少女ですよ? 魔法少女が占いをしてもらうって」
「まあ、確かに」
「それでは。ご馳走様でした!」
 話はそこで終了してしまう。
 席を立つ、つばめちゃんを見やりながら僕は、スープを飲み干す。
 ラーメン屋を目指す魔法少女は、店から出ていった。
 それを見届けて、食休みして。
 僕も席から立ち上がる。

 店長が腕組しながら、店から出ていこうとする僕に言った。

「さっきの、あのピンクドレスの嬢ちゃん、ラーメン屋向きだな」
「は?」
「嬢ちゃんが頼んだのは激辛とんこつラーメンだったんだがよ」
 食券制なので気づかなかったが、つばめちゃんは激辛を頼んだらしい。ここの激辛は本当に辛いぞ。
「あんな服装だからおれも、ちっとばかし舐めきってよぉ、〈超激辛〉ラーメンをつくって出しちまった。辛くて泣くところ、見たくてな」
「はぁ」
「だが、眉毛ひとつも動かさず、じっくりと味わって食べていきやがった。ラーメンは忍耐勝負。ラーメン業界には、超激辛な人生に耐えられる、ああいう人物が必要だよ」
「……ご馳走様でした」
 この店長、つばめちゃんに嫌がらせをしてたってのか。
 僕は店長の言葉はただの独り言ということにしておいて、店を出ることにしたのだった。



 今日もいろいろあったなぁ、と思い部屋の玄関のカギを開ける。
 すると明かりのついてない僕の部屋で、スチール椅子に脚を組んで座っている女子高生、そして向かって反対側の椅子に座ってテーブルに突っ伏している女性がいた。
 突っ伏している女性は、泣きじゃくっている。
 それは今日、見かけた人物と服装が一緒で、体型も同じで。
「待ってましたよぉ、先輩」
 顔を上げたので本人だと理解する。なぜここにいるのか不明だが。
 その娘は、庭似二把ちゃんだった。
 連れてきたのは、二把ちゃんの反対側にいる女子高生、やくしまるななみちゃんだろうことがうかがえた。
 どういうことだ?
「探偵に、会わせてください、二把ちゃんを」
「アシェラさんに?」


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登場人物紹介

蘆屋アシェラ

   蘆屋探偵事務所の探偵であり、陰陽師。

成瀬川るるせ

   警備員。

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