鵺の鳴く夜に蜘蛛の網目【第四話】
文字数 1,585文字
☆
「なるほどなるほど。夜になるとヒィーヒィーヒョーヒョーという鳴き声がして、悪夢が訪れる、か。その鳴き声はおそらくトラツグミという鳥に似た声、……でしょうねぇ」
ソファに深く座っている狂林総合病院院長・長久保金光はびくりと目を丸め、それからハンカチで額の汗をぬぐった。
「わ、わかるのかね。そ、その、なんだ、悪夢の正体が」
「雷の鳴った日には、その悪夢は夢の中で〈いつもと違う姿〉を見せますね? 雷獣の、姿を」
「お、おお、お。そうなのだよ、きみ」
「雷の日に見せるその姿は、猿の顔、狸の胴体、虎の手足。尻尾は蛇」
「なぜわかるんだ! おお、そうなのだよ! そんな怪物の姿を現すのだよ!」
「わかるもなにも。それは『平家物語』や『源平盛衰記』に登場する、鵺 というあやかしですよ」
「あやかし……」
「そう。怪異です。この鵺を、推理作家の横溝正史原作の映画では『鵺の鳴く夜は恐ろしい』と形容し、キャッチコピーにしました」
「ぬ、鵺の鳴く夜は恐ろしい……。そ、その通りなのだよ! 助けてくれ! 金なら弾むぞ! 頼む!」
「ならば……」
手の人差し指を唇にあてて、アシェラさんは、言う。
「その悪夢。鵺の〈いつもの姿〉の方を、僕らは見る必要がありますね」
「い、いつもの、姿?」
「さっき、話しましたよね。『雷の鳴った日には、その悪夢は夢の中で〈いつもと違う姿〉を見せますね』と僕が言い、それにあなたは『お、おお、お。そうなのだよ、きみ』と」
くッ! と歯ぎしりして、長久保は応える。
「秘密は守れるな? その鵺という雷獣の〈いつもの姿〉を見ても、馬鹿な気は起こさないほうがいいぞ。医師会がどれだけ力を持っているかは、知っておるだろう?」
アシェラさんは思わず吹き出してしまう。
「わかっていますよ、そのくらいは。なぁに、鵺退治に僕らが出向くだけです」
「僕ら、とはなんだ。貴様以外に、まだ誰かいるのか! 秘密は厳守だぞ!」
「わかっていますとも。『平家物語』では、源頼政と、そしてその家来の猪早太が鵺退治をしますからね。僕らも二人体制でことに臨むだけのことです」
「くッ」
「なぁに。伝説のように蘆屋川と住吉川の間に鵺の屍を葬り、鵺塚をつくりましょうぞ。僕も〈蘆屋〉の名を持つ者でしてね」
「蘆屋……? なるほど。〈蘆屋〉の〈陰陽師〉。蘆屋道満…………か」
「そうですよ。『正義の晴明』に対して『悪の道満』……僕はその姓を、継ぐ者です。さすが、ひとの生き死にを司るお医者様だ。お詳しいとみえる」
「チッ! よせ、おべっかなんぞは。見ずともわかっておるのだろう、〈鵺の姿〉が」
「ええ。わかっておりますとも」
「いますぐ来てもらおうか。悪夢にはもううんざりなのだ」
「では。五分ほど時間をいただいて、それから出発しましょう。おそらくは……結界を張っているであろう、その〈独房〉の中へ」
長久保はうろたえる。
「貴様ッ! どこまで知っておるのだ!」
声をあらげた。知られたくないことに触れたのだろう。
「陰陽に通じていれば、結界が張ってあるとそれだけで感知できるのです。屋内であっても、なにも見ずとも」
ふー、ふー、と息を切らせ、汗をハンカチで拭く長久保。
「他言無用だぞ、このことは」
笑顔を見せるアシェラさん。
「了承しました。じゃあ、行くよ、るるせくん」
いきなり呼ばれた僕は、
「はひっ!」
と、声を漏らし、ひきつった顔で、応接間に姿を現し、そして長久保氏に、
「よ、よろしくお願いします」
と、頭を下げた。
「小僧……どこかで見た顔だな」
長久保は僕を睨みつけてから、
「まあ、いい。五分間か。用意は早くしてもらおうか」
と、アシェラさんに言ってから、僕を横目で睨み続けた。
睨まれる五分間は、さすがにキツいのだった。
「なるほどなるほど。夜になるとヒィーヒィーヒョーヒョーという鳴き声がして、悪夢が訪れる、か。その鳴き声はおそらくトラツグミという鳥に似た声、……でしょうねぇ」
ソファに深く座っている狂林総合病院院長・長久保金光はびくりと目を丸め、それからハンカチで額の汗をぬぐった。
「わ、わかるのかね。そ、その、なんだ、悪夢の正体が」
「雷の鳴った日には、その悪夢は夢の中で〈いつもと違う姿〉を見せますね? 雷獣の、姿を」
「お、おお、お。そうなのだよ、きみ」
「雷の日に見せるその姿は、猿の顔、狸の胴体、虎の手足。尻尾は蛇」
「なぜわかるんだ! おお、そうなのだよ! そんな怪物の姿を現すのだよ!」
「わかるもなにも。それは『平家物語』や『源平盛衰記』に登場する、
「あやかし……」
「そう。怪異です。この鵺を、推理作家の横溝正史原作の映画では『鵺の鳴く夜は恐ろしい』と形容し、キャッチコピーにしました」
「ぬ、鵺の鳴く夜は恐ろしい……。そ、その通りなのだよ! 助けてくれ! 金なら弾むぞ! 頼む!」
「ならば……」
手の人差し指を唇にあてて、アシェラさんは、言う。
「その悪夢。鵺の〈いつもの姿〉の方を、僕らは見る必要がありますね」
「い、いつもの、姿?」
「さっき、話しましたよね。『雷の鳴った日には、その悪夢は夢の中で〈いつもと違う姿〉を見せますね』と僕が言い、それにあなたは『お、おお、お。そうなのだよ、きみ』と」
くッ! と歯ぎしりして、長久保は応える。
「秘密は守れるな? その鵺という雷獣の〈いつもの姿〉を見ても、馬鹿な気は起こさないほうがいいぞ。医師会がどれだけ力を持っているかは、知っておるだろう?」
アシェラさんは思わず吹き出してしまう。
「わかっていますよ、そのくらいは。なぁに、鵺退治に僕らが出向くだけです」
「僕ら、とはなんだ。貴様以外に、まだ誰かいるのか! 秘密は厳守だぞ!」
「わかっていますとも。『平家物語』では、源頼政と、そしてその家来の猪早太が鵺退治をしますからね。僕らも二人体制でことに臨むだけのことです」
「くッ」
「なぁに。伝説のように蘆屋川と住吉川の間に鵺の屍を葬り、鵺塚をつくりましょうぞ。僕も〈蘆屋〉の名を持つ者でしてね」
「蘆屋……? なるほど。〈蘆屋〉の〈陰陽師〉。蘆屋道満…………か」
「そうですよ。『正義の晴明』に対して『悪の道満』……僕はその姓を、継ぐ者です。さすが、ひとの生き死にを司るお医者様だ。お詳しいとみえる」
「チッ! よせ、おべっかなんぞは。見ずともわかっておるのだろう、〈鵺の姿〉が」
「ええ。わかっておりますとも」
「いますぐ来てもらおうか。悪夢にはもううんざりなのだ」
「では。五分ほど時間をいただいて、それから出発しましょう。おそらくは……結界を張っているであろう、その〈独房〉の中へ」
長久保はうろたえる。
「貴様ッ! どこまで知っておるのだ!」
声をあらげた。知られたくないことに触れたのだろう。
「陰陽に通じていれば、結界が張ってあるとそれだけで感知できるのです。屋内であっても、なにも見ずとも」
ふー、ふー、と息を切らせ、汗をハンカチで拭く長久保。
「他言無用だぞ、このことは」
笑顔を見せるアシェラさん。
「了承しました。じゃあ、行くよ、るるせくん」
いきなり呼ばれた僕は、
「はひっ!」
と、声を漏らし、ひきつった顔で、応接間に姿を現し、そして長久保氏に、
「よ、よろしくお願いします」
と、頭を下げた。
「小僧……どこかで見た顔だな」
長久保は僕を睨みつけてから、
「まあ、いい。五分間か。用意は早くしてもらおうか」
と、アシェラさんに言ってから、僕を横目で睨み続けた。
睨まれる五分間は、さすがにキツいのだった。