斬鬼鍾馗の繭【第六話】

文字数 1,973文字





 サイコダイブ……それは人の精神世界に潜り込む技術、またその行為のこと、を指す。
「魔法は精神に干渉します。それの応用で、他人の精神世界に潜り込むこともできる。だけれども、〈夢の世界〉は狂っていると知覚されてしまうので、精神汚染されることも多い」
 つばめちゃんが説明する。
「わたしの先輩は、戻ってこれなかった。わたしはこのるるせという男を先導し、精神世界に連れていく」
「そんなことしたって無駄さ。僕にはなんの能力もない。サイコダイブしたって無駄だよ」

 それにはなにも答えずに、つばめちゃんは仕込みナイフになっている例の魔法のステッキを右手に持って、かざした。
「ひとは一日に千里を行くことはできないけれど、魂は一日よく千里をも行くことができる!」

「それに誰だよ、その先輩魔法少女って。知らないひとの脳内にいきなりお邪魔するのってどうなんだろう」
「行くわよ!」

 問答無用だった。

 僕の視界がぐにゃりと曲がる。目玉焼きの時計や砂漠の巨大モニュメントがつっかえ棒で支えられている図像が目の前で繰り広げられる。
 僕の心は吹き飛んで、どこかへ吸い込まれていくのである。
 抗えないパワーに、僕は身をゆだねることにした。







 地獄を見た。それは確かに地獄だった。
 心象風景が地獄って、キツいだろうなぁ、と僕は思う。鬼や魍魎が跋扈する世界。
 その地獄を僕はつばめちゃんに導かれながら、進む。
 つばめちゃんから離れてしまったら、僕も堕ちて地獄の住人になってしまう気がして、必死になってつばめちゃんのあとを追った。

 光が迫ってくる。
 もうすぐだ。
 激しい光の波が僕を包む。

 ……たどり着いた。
 そこは、真っ白の壁と天井に覆われた病室だった。

「ここが、〈悪の繭〉よ」
 鴉坂つばめちゃんが、ぼそりと呟いた。
 病室のベッドに、大きな白い繭が張ってある。
 繭は脈動している。中身は、生きているのだ。
 繭のいたるところに計器類が管で貼り付けてあった。
 モニタには心電図。何種類もの点滴が繭の中に垂れ流されている。
「先輩って、この中にいるのか」
「ええ。この繭の中」
 一人部屋の、静かな病棟。窓は締め切っていて、外の音は聞こえない。
 心象風景。地獄だと聞いたが、繭に覆われたこれは、地獄なのだろうか。
 僕には判断がつかない。


 僕はしばらく目を瞑る。
 それから目を開けた。



「僕を連れてきたってことは、こういうことだよな」
 僕は計器類と点滴の管を、すべて繭から引き抜いた。
 鳥のような、電子音のような、とにかくピーキーとしか言いようのない音……声が繭の中から聞こえた。
 僕は躊躇わない。
 つばめちゃんの魔法のステッキを貸してもらうと、先端を抜き取り、ナイフの刀身を出す。
 僕はナイフを繭の真ん中に突き刺した。
 突き刺し、下方向へ向けて、引き裂いていく。


「ピギィィィィイイイイイイィィィイィ!」

 返り血を浴びる。繭の中から飛び出したものだ。
 返り血は熱湯のように、熱い。火傷するんじゃないか、とすら思う。
 だが、手は緩めない。
 ザクザクと繭を刻んでいく。真っ二つになった。
 中身は、得体の知れない、臓腑だった。
 精神世界が、変容する。
 明白だった。この繭が、先輩とやらの〈眠らせたい記憶〉だったのだ。
「眠らせない。記憶を斬り殺す!」
 僕はそのとき、笑っていたかもしれない。
 僕は女性の服を引きちぎるかのような残虐さに、笑みを浮かべる。


「知ってるよ。ここにいるのは『先輩』とやらじゃないよね」
 僕は血のべっとりついたナイフを持ちながら、言った。
 斬った感覚で理解した。


「ここにいるのは、鴉坂つばめちゃん。君自身だよね?」

 僕は誰にでもなく、この〈空間〉に響くように、言う。つばめちゃんの姿はこの空間から消えている。
「自分の精神世界に連れていくなら、頭の悪い僕がちょうどよかったんだよね。『躊躇わない』し、僕の心は、穢れているから」
 僕は真っ二つに斬ったその溝に両手を突っ込み、左右を引き裂く要領で押し広げた。跳ね返ってくる血液が天井まで噴き出し、血だまりが床にできる。

「僕は僕の欲望を知っている。君の方もその欲望を利用した。問題はなにもない」

 僕は繭の中の臓腑を、狂ったようにかじりついて、食べ始めた。



「僕は落第生。僕は醜い。希望はない。だから、鬼の繭を喰らうんだ」
 繭の中身をむしゃむしゃ食べる僕。
 サイコダイブして僕が行うのは、性的欲望のメタファ。僕は引きちぎり、むさぼるように、食べる。

 僕は白い病室を真っ赤に染めて繭を犯す、快楽犯になっていた。つばめちゃんの精神世界の中で。


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登場人物紹介

蘆屋アシェラ

   蘆屋探偵事務所の探偵であり、陰陽師。

成瀬川るるせ

   警備員。

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