2「ぼくらのスペクトル」ー2

文字数 1,357文字

「僕が襟付き着てたから、 投げ飛ばしたってか?」
優斗はこめかみをピクピクさせた。
「違ぇよ。いいもん見つけたって、目ぇ血走らせて、白い粉にバスソルト……勘違いして当たり前じゃね?」
晶の辞書に反省と言う文字は無い。
自らの正当性を主張し、さらに好奇心をも満たそうとする。
「それよか、優斗、何気にお経?」
「は?」
優斗は、すでに怒る気も失せていた。
「だからぁ、ボクが入る前、お経みたいの唸ってたろ?」  
「耳が悪いのか、あれは歌だ」
「……歌ぁ、あれがぁ?」
「僕は最高に嬉しい時、『君が代』を歌う」
「ありえねぇー……痛っ」
「いい加減にしろ」
翔太は晶を小突いて黙らせると、伸び上がって机の上を探った。
「いいもんって?……注射器……じゃねぇシャーペンか。へぇ、格好ぇーな」
「だろ?翔太にも一本やる」
優斗が、やっと少し笑った。
「おう……で、こっちは何だ?」
翔太は白い粉の入った銀色の包みを摘み上げた。
「その粉はぁ……エヘン。重曹なんだ」
優斗がいかにも、もっともらしく言ったが、2人には通じない。
「は?」
翔太の太い眉はハの字になる。
「ジュウソウ?優斗の兄貴は何気にそんな物……?」
晶も眉をしかめる。
「兄貴?違う違う、キッチンで見つけたのさ」
「キッチン?」
白い粉は兄の部屋ではなく、その下のキッチンにあったのだ。
晶は「薬物中毒の兄」という妄想を打ち消した。
「大口開けて吹き飛ばそうとしたよな」
「してねーよ……んじゃ、バスソルトは?」晶はしっかり否定してから聞いた。
「ソルトじゃない。これはクエン酸と重曹で作られた入浴剤だから、水と反応して二酸化炭素を発生する。
煮豆に使う重曹はNAHCO3炭酸水素ナトリウムだ。
重曹を湯に溶かすと、二酸化炭素が発生する。
実験材料は案外、身近にあるもんだな」
優斗が口角を上げて晶を見る。
「意味分かんねぇけど、実験って自由研究のか?」
晶の顔がパッと明るくなった。
「そう。徹夜で準備した」
「マジ?それって休みの終わりにするもんじゃね?」
翔太がオーバーリアクションで呆れる。
「今年こそはビッグな実験やるって言っただろーが、このボケゴリラ」
晶が翔太の腹にパンチをぶち込んだ。
「ふん。かゆくもねぇ」


中1だった去年の夏休み、3人は強力な人間電池を作ろうとし、見事失敗した。
来年こそはビッグな研究をしようと誓い合ったことをすっかり忘れていた翔太だった。

「で、研究って、何すんだよ」
「あれだ」
優斗は翔太の筋トレグッズの定位置だった本棚の上を指さした。
「あーっ、ダンベルが金魚に化けて泳いでる」晶が甲高い声を上げた。
「んな訳ねぇだろ。ダンベルどこやった?さては俺様の筋肉に嫉妬してやがんな」
翔太は一人で納得し、ベッドやカーテンの陰を探し始めた。
「金魚の観察なんて、ガキみてぇ……」晶がガッカリしている。
「そいつじゃない、こっち」優斗は水槽に近寄り、ガラスの横を指でトントン叩いた。
すると、水草に溜まっていた泡が一気に浮上する。
「あぶく?」
晶が目を丸くして首を傾げる。
「今のは光合成で発生した酸素。光合成は地球を救う」
優斗は尖った顎に右手の親指を当て、人差し指で眼鏡を押し上げた。
キリリと上がった切れ長の目が晶の反応を待っている。
「地球かぁ……ビッグだなぁ」
晶は大きな瞳をキラキラと輝かせたのだった。    



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み