2「ぼくらのスペクトル」ー5

文字数 1,557文字

「ヨモギ……汁にしたらどうかな?」
晶が翔太を無視して呟く。
「おっ。それいい」
優斗がパチンと指を鳴らした。
「マジ、クソ不味そうだな」
翔太はフンと鼻を鳴らした。

晶がヨモギをすり潰したが、色が濃過ぎるので水で薄めると濁ってしまった。
試行錯誤の末、アルコールで延ばしたヨモギ汁は澄んだ緑色で難なく光を通した。
「やったな、晶。よし、太陽光をプリズムで分光して室内に投影……ダメだ、明る過ぎる」
優斗がトーンダウンする。
「クローゼットを暗室にしたらどうだ?」
「晶、冴えまくり」
「へへ、まあな。大蛸に教わるって言うやつだ」
晶は偉そうに鼻の下を擦る。
「おおタコじゃない、負うた子だよ」
優斗が噴き出す。
「王蛸?蛸の王様か?」
翔太がボケるが無視される。
「クローゼット、ボクが入る。いいだろ?」
晶は優斗を見た。
「ああ、僕も一緒に入ろう」優斗が当然という顔で言い、2人はクローゼットに向かう。
「ダメだっ」
翔太が晶の腕を掴んで、引き留めた。
「そ、そんな暗くて狭い所に、その、おまえら2人で……」
「は?翔太、何言ってる?」
優斗が怪訝な顔をした。
「そうだ、おかしいぞ」
晶は翔太に肘鉄を食らわす。
「そ、そうじゃねぇ。バカだな、その……おまえらだけ見るなんてずるいって言ったんだ」
「そうか……だったら、部屋全体を暗くして、大きな暗室にすればいい」
優斗のひと言で問題はあっさりと解決した。




カーテンとシーツで窓を塞ぐと、暗室とまではいかないが、どうにか薄暗くなった。
そして、隙間から差し込んだ一筋の光をプリズムで分光し、壁に貼った黒い紙に投影する。
光の束は矢となってキャンパスに突き刺さり、虹色の楕円がくっきりと浮かんだ。
「おおーっ。きたきたきたぁぁぁ」翔太が叫んだ。
晶の目は壁に釘づけになった。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
赤から紫へ微かに移ろいながら紡がれるグラデーション。 
晶は言葉が出ない。
「これが太陽のスペクトルだ」
晶の耳に、優斗の低音が静かに響く。
次に、光の筋にヨモギ汁をかざすと、7色の影は一瞬にしてヨモギのスペクトルに変わった。 
まるでマジックを見ているようだった。
「消えたっ。すげぇ、青と紫が消えたぞっ」
翔太が騒いだ。
「緑は消えてない」
優斗が以外そうに呟く。
「きれいだ……」
晶がホウッと溜め息を付いた。
これまで、自然の造形美や絵画に感動したことなど無かった晶だった。
しかし、今や、この幻想的な光る壁画にすっかり魅せられてしまっていた。







「きれいだな……なっ?」晶が同意を求めた。
「お、おう……だな」
翔太の目もいつの間にか一点に吸い寄せられていた。
「あれ?翔太、顔が黒くなってる」優斗が指摘した。
「フン、当ったり前だ。15万ルクスで焼いたんだからな」
翔太は誰のせいだと言わんばかりに歯を剥き出した。
「そうじゃない。今、急に頬が黒く……ああ、そうか、赤くなったのかっ」
優斗は答えを見つけ、思わず嬉しそうな顔になる。
「バカ野郎。だ、誰が赤くなんか……黒くなったんだよっ」
翔太が怒鳴った。
「翔太、優斗にバカなんて失礼だろ?」
晶が甲高い声を張り上げる。
「失礼なんて、おまえにだけは言われたかねぇ。とにかく俺は赤くなったんじゃなく、黒くなったんだ、黒だ。分かったな」
「そこ、どうでもいいから」
晶が翔太の腹にストレートをぶち込む。

「さて、本題に戻ろう。ヨモギ汁を通過したのは緑と黄色と赤。これがヨモギの色だ。逆に見えなくなった紫と青はヨモギに吸収された……、つまり、これが光合成に使われた色に違いない」バンと壁を叩く優斗を晶は息を止めて見ている。
「緑が消えずに残ってるのはヨモギが緑の光を使わないってこと。それなのに緑のセロファンの数値が高かったってことは、緑のセロファンは実は緑じゃないんじゃないか」
優斗が親指を顎に当てた。




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