5「ぼくらが消えた日」ー5

文字数 2,286文字

  
「だから、魔法はファンタジー。超能力ならSFだが……」
優斗は脱力した。
「私、パラレルワールドなら聞いたことある」
玲奈が手を上げる。
「ああ、あれだろ?そっくりな世界が他にもあって、そこにも自分がいるってやつ」
翔太が言う。
「自分の他に自分?ホラーじゃないのか?」
晶は頭がこんがらがる。
「フッフ、もう一人の自分を見ると死ぬんだぞー」
翔太が脅かす。
「それはドッペルゲンガ―。パラレルワールドって言うのは、何かを選択する度に、違う選択をした自分がどんどん別の時空に分かれて平行して存在していくことだ」
優斗が説明する。
「分かれてどんどん増えるのか?」
晶が目を丸くする。
「そう。何百、何千通りの世界に分かれて、その全ての世界には別の自分がいる。
しかも、何かの弾みで別の時空の別の自分と瞬間移動で入れ替わることもあるらしい」
「ボクじゃないボクが何百、なんぜん―っ?」    
「そう。100通りの世界があったら、100人の晶がいて、どれも少しずつ違うんだ。
常識があったり、賢かったり、女らしかったり、オシャレだったり、翔太じゃなくて違う男を好きになったり……」
優斗は尖った顎に右手の親指を当て、人差し指で眼鏡のフレームを押し上げた。楽しいことを考える時の優斗のくせだった。切れ長の目と口角がキリキリと上がって行く。
「何、その例え?まるで、そうなって欲しいみたいに聞こえる」
玲奈が口を尖らせる。
「気にすんな、坂巻。優斗はバカをバカと言ってるだけだ」
「おまえがバカにすんな」
晶がストレートをぶち込む。
「何で俺が言うと怒るんだ?」
翔太が腹で受ける。
「優斗は天才だからいんだよ。翔太はボクと同じバカのくせに」
「おまえと一緒にすんな」
「なにいー」
回し蹴りを食らわす。

「バカにしてない、例え話だ……例えば、僕達4人が全く出会っていない世界だってあるかもしれない」
優斗は薄笑いを浮かべる。
「そんな世界、ごめんだぞ」
晶が間髪入れずに言う。
「じゃあ、もし、違う世界に迷い込んだらどうする?そして、二度と帰って来れない……」
優斗は何もない空間を見つめる。
「そんなの、嫌」
玲奈が自分の肩をギュッと抱く。
「大丈夫。もし、そうなっても、選択肢一つ前の世界と入れ替わるだけで、他は変わらない。変だと思っても、気のせいで済まされてしまう程度さ」
「チッ、科学・く・う・そ・う・物語。空想だろーが。有りえねぇって」
翔太が鼻からフンと息を吐く。
「本当にそうか?ロシアがソビエトと呼ばれていた頃、国家をあげて超能力の研究をしていた。魔法は作り話だが、超能力者は実在する」
優斗は恐い顔で笑う。
「はぁ?どこにいんだよ?じゃ、連れて来いってんだ」
翔太が怒り出す。
「フッ。シュレディンガーの猫だな」
「猫がどうした?」
翔太が目を見開く。
「開けたら猛毒ガスが発生する箱に入った猫を殺さずに箱を開けろと言った王様の話で、自分の出来ないことは他人に要求してはいけないということだ」
「マジクソムカつく。おまえの身体って嫌味で出来てね?」
翔太が嫌味で応酬する。
「いや、多分、おまえと同じだ」
優斗はサラリと返す。
「おっとー。それは違うな、俺の肉体は筋肉の塊で脂肪はねぇからな」
「僕に脂肪があると思うか?」
優斗がスリムな身体を撫でた。
「思わねぇ……でも、筋肉もねぇだろ」
「うっ……翔太、地雷踏んだな……お、おまえこそ、脳みその量が足りないだろ」
優斗が腕を震わせる。
「い、言ったなぁーーっ。おまえも地雷踏んだぞぉぉー」
翔太が鼻息も荒く立ち上がる。

「お互い様だ」優斗も立ち上がる。
「こんぬぉ野郎ぅぉーっ」
翔太がフリースを脱ぎ捨て、くっきりと割れたシックスパックを見せ付けた。
優斗は本棚の上からダンベルを引き摺り下ろす。
「おーっ。やれやれ、やられたらやり返せ100倍返しだ!」
晶が手を叩いて喜ぶ。
「晶ったら、止めてよ」
玲奈が晶の袖を引っ張る。
「バカがバカって言われちゃ救いようねぇもんな」
晶が深く同情する。
「おまえにだけは言われたくねぇよ」
ドコッと壁を殴る。
「火に油注いでどーすんの」
玲奈が怒る。
「テヘッ、聞こえてた」
晶がペロッと舌を出す。
「優斗がこんなに怒るの初めて見た」
玲奈が晶の袖にしがみ付く。
「ボクもだ……こいつは面白れぇぞ」
晶は目を輝かせた。
「く……重っ」優斗が歯を食い縛る。「……やめた。バカらしい」
ダンッ!ゴロゴロゴロ……床を転がるダンベル。
「早っ」
ずっこける翔太と晶。玲奈はホッと胸を撫で下ろす。
「とにかく、誰かが僕達の私生活を盗み見していることは科学と無関係だ。つまりSFじゃない。それが言いたかっただけだ」
優斗は床を気にして、手のひらで撫でている。
「だったら、それ先に言えよ。前置きが長過ぎんだってばよ」
翔太が10㎏のダンベルを軽々と持ち上げ、所定の位置に戻す。
「言うタイミングが無かった」
優斗は眼鏡をかけ直す。
「ちっ、トロイ奴……」
晶が舌打ちする。
「安藤。晶、いっぺん絞め殺してもいい?」
玲奈が両手を宙で震わせる。
「坂巻、聞き流せ……それより、ここに来てること坂巻の母さんは知ってんのか?」
翔太が真面目に聞く。
「別に。友達んちで勉強するって言ってある」
「一応、話しとかねぇと、何か有った時、心配すんじゃね?何なら、今から顔見せに行くか?」
「バカか。こんなゴリラと一緒だなんて知ったら余計、心配すっだろが」
晶が反対する。
「ゴリラじゃねぇ。俺はマッチョだ」
翔太が力こぶを見せる。
「で、どうすんだ、盗撮犯?」
晶が翔太を無視して言う。
「断固、抗議する」
優斗はPCの前に座った。
「よーし。やれやれ」
晶が嬉しそうに腕を捲って拳を振り回す。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み