5「ぼくらが消えた日」-2

文字数 1,345文字


「翔太、いい加減にしろ」
優斗が何か言いたそうに顔をしかめた。
今にも踊り出そうとしていた玲奈が、優斗の視線に気付いた。
「あ、あーっ、あの本。優斗も持ってたのーっ?奇遇ねぇー」
唐突に大声を出す。
玲奈は本棚に駆け寄り、一冊の本を抜き出した。
「深川洋一著の『タンパク質の音楽』面白いよねー」
「あ、よせ」優斗が慌てたように立ち上がる。
「タンパク質の音楽?何だそれ」
翔太と晶がハモる。
「おまえ達は興味ないだろ。坂巻、返し……」
優斗が手を伸ばす。
玲奈は身をひるがえし、本をチラつかせて説明を始める。
「簡単に言うと、えーとね。タンパク質が体内で合成されるとき、決まったアミノ酸が順々につながっていくから、アミノ酸の配列を音楽にして聴かせればその反応が進むかもという話」
「意味分かんねー。どこが簡単だよ」
晶がつっこむ。
「例えば、牛にモーツァルトを聴かせるとお乳の出が良くなるとか、パンにベートーベンを聴かせると発酵が進むとか……」
「マジ?だったら、頭の良くなる音楽聴かせろよ」
翔太が期待に目を輝かせる。
「手遅れじゃね?」
晶が言う。
「何を。それはおまえのことだろ?」
「何だと」
2人が取っ組み合いを始める。
「植物でも同じ効果が得られるはずだった……」
優斗が2人を無視して言う。
「あ、それで、去年の光合成の研究を思い付いたとか?」
玲奈も2人の喧嘩に害は無いらしいと気付き、見ぬ振りをする。
晶が興奮してダンベルを振り上げた時は優斗が止めてくれるに違いない。
「よく分かったね。光合成に関連するアミノ酸配列について、かなり調べたんだが……」
玲奈がその先を続ける。「課題には使えなかった。なぜなら……」
「うん。科学的に立証されない研究では、賞が取れないからね」
優斗が残念そうに片目を瞑る。
「賞、まだ欲しかったの?それって……晶のため?」
壁にズラリと貼られた賞状を見つめる玲奈の瞳に影が差した。


「えっ?いや、僕達3人のためだよ」
優斗が不思議そうな顔で答える。
「そう……でも、優斗なら作れそう。いつも聞いてるプレーヤーって、『タンパク質の音楽』だったりして」
「えーっ、マジ?ずるくね?」
晶が飛んでくる。
「俺も楽して頭良くなりてぇなー」
翔太が晶の背後からぬっと顔を出す。
「ばかばかしい。似非科学さ。ほら、勉強するぞ」
優斗は本を取り上げ、本棚の奥へと押し込んだ。
「おーっ。音楽で思い付いたぞ。構文を歌にしたら簡単に覚えられるんじゃね?」
翔太は両手でゲッツポーズをした。
「すげぇ。翔太、冴えてるじゃーん。アイハバペ~ン」
晶が魚偏の鉛筆を持って踊り出した。
「ペンパイナッポーアッポーペン」
翔太も米偏の鉛筆を掴んで踊り出す。
「ヤッホー」「イエーイ」
2人はピ○太郎になって、お祭り騒ぎを始めた。
「150も歌に?」
玲奈が目を丸くする。
「……今のは忘れてくれ」
翔太は鉛筆を放り投げた。
「こうなったら、特訓よ。晶、好感度100、女子の面接やるよ」
玲奈が立ち上る。
「えー。嫌だ。男らしい方が得意だよー」
「役に立たない特技は捨てろ。頼んだぞ、坂巻」
翔太が両手を合わせて拝む。
「分かったわ。晶、椅子に座って。膝、開かないで、口閉じるっ」
「なんか、鬼教官みてぇだな。坂巻ってS?」
翔太がチラッと優斗を見る。
「え?まさか……」
優斗がフリーズした。  

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