2「ぼくらのスペクトル」ー6

文字数 2,809文字


「またか。おまえ日本語しゃべれよな、むなくそバッドだ」
翔太は椅子にドカッと腰を降ろし、ふんぞり返る。
「翔太、やめてくれ。そういう無理矢理感のある英訳こそ胸糞悪い」
「WHY YA?」
「なんでやねん、か。だから、そういうのやめろって」
「分ぁったよ」
翔太は両脚を机に投げ出した。
「では、緑のセロファンをプリズムで分光する」
優斗がセロファンをちらつかせる。
「緑のセロファンは緑か?緑じゃないか?」
晶は呟きながら固唾を飲んだ。
優斗が太陽のスペクトルに緑のセロファンをかざす。
その瞬間、緑は消えた。
「やっぱりな。緑のセロファンは緑の光じゃなく、青の光にわずかな黄、紫、緑、赤が混じって出来ていたのか。見せかけの色に騙されてたんだな。
ヨモギの色は緑、黄、赤の光で出来ていた。つまり、消えた青、紫の光でヨモギは光合成をしていたんだ。これを利用して植物の光合成を促せば地球を救うことに繋がる……」
優斗は眼鏡を押し上げ、目尻と口角をキリキリと上げる。
「すっげぇー、優斗。恰好ぇー」
晶は尊敬の目で優斗を見た。
「僕は今、猛烈に歌いたい気分だ」
優斗が握り拳をブルブル震わせた。
「えっ、まさか……?」
翔太と晶は顔を見合わせた。
「き~み~が~あ~よ~お~は~……」
優斗が目を瞑り、超低音で唸り始めた。
音階が変わらないのに、微妙な抑揚があるため、
やはりお経にしか聞こえなかった。
「うーん、惜しいな。イケボ(イケメンボイス)なのに」
晶が唇を噛む。
「おい、やめとけ」
翔太が優斗の肩を優しく叩いた。



「お疲れーしょん」翔太が言う。
「はぁーっ……。ヨモギとセロファンの正体、本当に突き止めちまうなんて、やっぱ、優斗はすっげぇなー」
晶が再び、興奮し始めた。
「フン。でもなぁ、今まで緑って言ってた奴が青だって分かっても、切り替えが出来ねぇんだよな」
翔太は手のひらでパタパタと顔を仰いだ。
「あ、ボク、何か冷たい物買ってくる」
晶が珍しく気の利いたことを言って、階下へ降りて行った。
その足音が消えるまで優斗はドアを見ていた。
「晶のこと、今まで友達って言ってたから、切り替えが出来ないのか?」
優斗がクルリと振り向いた。  
「な、何のことだ?」翔太は狼狽えた。
「翔太、晶に惚れて戸惑ってるんじゃないのか?去年の夏頃からおかしいと……」
「バーロー、何を言い出す。んな訳ねーだろ」
翔太は完全否定した。
 「あれえ、違うのかー?」
優斗は大げさに驚いてみせる。
「惚れてなんかないって?あの時、晶のシャツがめくれて、翔太はバッチリ見たよな。好きでもない女の胸見てあそこまで動揺するか?逃げたのは驚いたから?へえー、そんなに大きかったのか。だったらボクの彼女にしようかなぁ…」
「なんだと、てめえーっ」
翔太が優斗の襟首をガッと掴んで、締め上げる。
「草食系の振りしやがって、そんないい加減な気持ちで俺の晶を……許せんっ」
「グエッ。嘘だよ、嘘。晶は、ただの友達だ。翔太、やっぱ、晶に惚れて……」
優斗は苦しそうに顔を歪めた。
「えっ。いや、俺は、その……」
翔太は慌てて手を離した。
「素直になれよ。好きなら、思い切って壁ドンでもすればいい」



「んなことしたら、喧嘩売られたと思って、殴り掛かってくるぜ」
「ありうる。それより、永遠に恋愛対象として認識されないかもな」
優斗が真顔で言う。
「うっ。友達以上恋人未満ってやつか?幼馴染みだしな……」
「甘い。ゴリラ以上人間未満だろ」
「そこまで言う……いいんだよ、あいつの可愛さには、まだ誰も気付いちゃいねぇ。俺はただ見守ってやりてぇんだ」
その時、晶がドタバタと階段を掛け上って来た。
「どうした、晶。血相変えて」
翔太が眉を吊り上げる。
「アイス買ってたら、隣の篠原に掴まって、俺んちに来いって、しつこいんだ」
「ぬぁにぃー、それでどうした?」
「壁に手ぇ突いて通せんぼしやがったから、ブッ飛ばして逃げて来た」
晶が涼しい顔で言った。
「おまえ、それ……か、壁ド……」
翔太は口をパクパクさせた。
「何だよ?ボクは優斗のが良いんだ」晶が口を尖らせた。
「ええっ!そ、そうなのか……」
翔太が情けない声を上げる。
「何だよ。翔太だってそうだろ?ボクら3人ずっと一緒じゃん。他のグループになんか入らない。これからも3人一緒だ。だよなっ?」
晶は不安そうに翔太を見た。
「……お、おう」
翔太が頷く。
「そうだな、ぼ・く・ら3人、ずっと一緒だ」
優斗も翔太を見てニヤリとする。
「うん、ボク、もっともっと実験やりたい……ぼくらのスペクトルをもっと見たいんだ」
晶は、いつの間にか実験が楽しくてたまらなくなっていた。
初めはただビッグな実験に憧れていただけだったが、真実を見極めようとする優斗の姿に感動し、科学に対する興味や魅力を感じるようになったことに内心驚いていた
「おう、俺も見てぇ」
翔太が賛同する。
「あれ?翔太が見たいのは、ちがくない?」
優斗がからかう。




「るっせぇ、優斗、黙ってろ」
翔太が真っ赤になって怒鳴った。
「なんか、楽しくなってきた。う、我慢出来ない……き~み~が~……」
「やめろ。超ムカつく」翔太が太い二の腕で優斗の口を塞いだ。
優斗が翔太をからかっている理由を晶は知らない。
虹色のスペクトルに刺激され、知らず成長していた晶は、自らの幼児性を反省し、今こそ二人に感謝の意を伝えたいと思った。
「ボクもすっげぇ楽しい。優斗と翔太のお蔭だよ。えっと、その……ありがと」
晶は火照った頬にそっと手を当てた。
別人のように柔らかな笑顔にハートを射抜かれたのは翔太だけではなかった。

「あ……」
優斗は眼鏡がずれるのも構わず、長い指で額を覆い、よろめいた。
「見かけの色に騙されていたようだ。緑は青だった。もう青にしか見えない……まいったな。翔太、前言撤回だ。宣戦布告する」

「何だと?てめぇ、お洒落で可愛い女にしか興味ねぇって言ってただろうが」
翔太は歯を剥いたが、見たことも無い穏やかな表情の優斗を見て、何も言えなくなった。
「……よ、よし、分かった。受けて立とうじゃねぇか」
翔太は力こぶを見せつけた。

「え?何だよ。何のバトル?コソコソずるいぞ。ボクも混ぜろよ」
晶が後ろから二人の肩に飛び付いた。柔らかい感触が腕に伝わる。
「バ、バカっ、くっつくな」翔太が慌てた。
「翔太、顔が赤い」
優斗が目尻を下げて笑う。
「るっせぇ。あーっ、優斗、てめぇも赤いんじゃねぇか」
「大変だっ、アイスが溶けるー」
晶が大声を上げて肩から飛び降り、レジ袋を振り回す。
「よし、アイス早食い競争だ」優斗が袋をひったくり、アイスキャンディーに齧り付く。
「ボクもっ」
「あーっ、晶。何で優斗と同じアイス齧ってんだよ、離せっ」
「やらよ。今、離しはら、負へるー」
晶がアイスに食らいついたまま、叫ぶ。
優斗が見る見る真っ赤になった。
「ダメだ、晶。いいから離せっ。代わりに俺が負けてやる-っ」


長くて短い夏休み。楽しいバトルの始まりであった。




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