1「夏の終わりの人体実験」ー5

文字数 1,907文字


「うーん、お、重い……」一番下の優斗が呻き声を上げた。
「優斗、大丈夫か?」
翔太は超薄型のバンズを心配した。
翔太は片肘と脛を着いた辛い状態で、少しでも優斗のダメージを軽減しようと踏ん張った。
優斗の背中には、クッションがあるが、かなり苦しそうに歯を食いしばっている。

晶が落ちた衝撃で後ろの本棚からダンベルが降ってきたらと思うと、下手に身動きも出来ない。 それにしても重い。晶はチビのくせに、こんなに重いのか?そういえば、最近少し肉が付いてきたような…。
「ん?優斗。なんで俺の背中に手ぇ回してんだ。わざとか?」
「違う、違う。上の晶を押し離そうとしてるんだよ」
「そうか……晶、なんとかならねぇか。優斗が潰れるぞっ」
特大ハンバーグが吠えた。

「ボクだって、離れようと努力して……」
晶が胸から上を浮かせてモゾモゾし始めたが、
「ダメだ。磁力で腹が吸い付いて動けな……い」
再び脱力して、とろけるチーズになった。
「うひっ」
翔太が妙な声を上げる。
「それよか、遂にやったな。僕達は本物の人間電池になったんだ」
優斗が苦しそうに笑った。
「そうだ。証拠写真……自撮り出来っかな?」
晶がスマホを取り出そうとする。
「わー、やめろっ。こんな恰好撮るなー」
翔太は汗だくでわめいた。
「僕ら……永遠に……離れられない…のかな」
優斗の声は今にも消え入りそうだ。
「だな。永久電池人間だもんな……」
晶の声まで小さくなる。
「じょ、冗談じゃねぇぞ、クソッ。は、は、離れろおぉ―っ」

翔太が暴れた反動で、人間ハンバーガーは一挙に崩壊した。
ドカッ ドスドスッ……ドサッ 
重い物が続けざまに床に落ちる音。 翔太は慌てて飛び起き、ハッと息を飲んだ。
「あ、あきらーっ」
晶は散らばったダンベルに埋もれて悶絶。
「ゆ、ゆうとーっ」
優斗は押しつぶされたバンズのように身を縮めている。
翔太は顔面蒼白で何度も2人の名を叫んだ。
「く、苦しい……」
優斗が息も絶え絶えに、震える手を伸ばす。


ふと見ると、金属は腹の真ん中でなく、脇腹に集中している。まるで、3人が重なり合うのを前提としていたかのように……。
さらに良く見ると、クリップやピンはシャツから糸でぶら下がっていた。
スチールタワシは床に転がり、翔太のシャツには接着剤の痕……。
「あーっ、おまえら、騙したなーっ」

二人は笑いを堪えて苦しんでいるのだった。
ダンベルの横にはサンドバッグも落ちている。道理で重たかったはずだ。
そのダンベルもご丁寧に透明な空気袋に包まれている。
「翔太、バッカで―。マジにしてやんの。クク、ヒーッ……」
晶が苦しそうに床を叩く。
「そ、そうだよ。ほうれん草の鉄分が磁石になんかなるもんか。翔太の焦った顔、ワロた」
優斗も涙を浮かべて笑い続ける。
「バ、バカやろー。心配させやがって。クソッ、何かおかしいと思ったんだ。もう、こういう冗談、やめろよな。俺はマ、マ、マジでヤバかったんだぞ。その……あ、晶の、えーと……が柔らかくって……」
翔太はしどろもどろで、首まで赤くなった。

「黙れ、この変態ゴリラーッ」
晶が翔太の顎をめがけてストレートを放った。 翔太は片手で拳を受け止める。
「おまえが……おまえが悪りぃんじゃねぇか。少しはぁ、女だって自覚しろぃ」
「ウゼーッてんだよ、このクソゴリラー」
晶がすかさず、翔太の腹に蹴りを入れる。
「ふん、かゆくもねぇ」
翔太は平然と受け止め、手で腹を払った。
「ぶっ殺す」 晶がダンベルに手を伸ばすと、優斗が素早くクッションごと、その上に被さった。 「翔太、晶。もう、やめろって……それより何か、大事なこと忘れてないか?」

「ん?……ああ、実験どうする?」
翔太はサッと真顔に戻った。
「そうだよ、人間電池とか磁力がウン千倍なんて夢みたいなこと言ってないで、真面目にやろうよ」
晶も少し神妙な顔になる。
「うーん……仕方ない、最初のレモン電池でまとめるか……で、来年こそは、マジでビッグな実験やろうな」
優斗は切れ長の目と口角をキリリと吊り上げて、親指を立てて見せた。
「りょ。異議なーし」
翔太と晶は顔を見合わせてニカッと笑う。
そして、天井に向かって、力いっぱいストレートを放った。


******************

その頃、市内では原因不明の自転車事故が多発し、ちょっとした騒ぎになっていた。
「県警本部、こちらツツジ公園です。目撃者害者によると、まるで見えない力に引き寄せられるように車止めの鉄杭にぶつかったとのことです。一体、何が……。
ああっ大変です。現場のパトカーが鉄杭に吸い寄せられて……」           


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