5「ぼくらが消えた日」ー4

文字数 2,128文字

「ああ、もう……ほら、これ……」
優斗が抽斗から卒業文集と書かれた冊子を取り出し、サッと広げて渡す。
「は?」
玲奈は眉をひそめ、それに目を落としていたが、まるで、見てはいけない物を見てしまったかのような素振りでパタンと閉じる。
キョトンとしている晶の視線に気付かぬ振りをした。

「おーっす」
翔太がやって来た。玲奈の手元を見てギョッとする。
「うおっ。それ、坂巻に見せたのか?晶の恥…いや、バカの証明を」
「なにぃ。よくも人の最高傑作をバカにしやがったな」
晶が戦闘態勢に入る。
「俺がバカにしたんじゃねぇ。おまえがバカに産まれただけだろーが」
「なんだと。この野郎―」
晶が翔太の腹に回し蹴りをぶち込む。
「フフン。かゆくもねぇ」
翔太は平然と受け止めた。
優斗は2人を無視して話を続ける。
「見た通り、晶は文章が書けない。晶の視点で書かれていると言うことは、晶から聞いた人物がこれを書いたと言うことだ。坂巻は晶から色々聞いたんだろ?」
「聞いたけど……こんなに詳しくは聞いてない」
玲奈はブスッとして答えた。
「こんなに……って、どうして小説の中身を知っている?」
感情の無い声で問い詰める。
「知らないし。私じゃないもん」
玲奈はそっぽを向く。
「おいっ。カーテン開けろや、暗ぇだろうが」
翔太がガムテープごとバリッとカーテンを引き開けた。
いきなり、スポットライトを浴びた玲奈は眩しそうに片手を上げた。
今日の玲奈はオフタートルニットトップスにグレーのPコートを羽織った大人っぽいスタイルにチェック柄のミニスカートでレトロ感を醸し出していた。緩めに結んだ髪が肩の上で揺れている。
「おー、坂巻。今日はS○E48みてぇだな」
「っるせぇ。A○B48とS○E48の区別も付かねぇくせに……」
晶が翔太に向かって足を蹴り上げ、「そうだ、SFだ!」と叫んだ。


8
「は、SF?」
「え、SF?」
優斗と玲奈が同時に反応する。
「S○F48ってのも、いるのか?」
翔太はキョトンとしている。
「英語しゃべってて、気ぃ付いた」
晶が口をパクパクさせている。
「英語、喋ったの?」
玲奈が首を傾げる。
「さあ……?」優斗も首を捻る。
「だから、SFだよ。ボクは小さい時、SFの本が好きだったんだ」
晶が言う。
「初めて聞いたな……」
翔太が驚く。
「晶が読めるとしたら星新一のショートショートか?」
優斗が確認する。
「ええと、母さんが寝る前に読み聞かせてくれたんだ」
「SFを?普通、昔話だよな」
翔太が感心する。
「どんなストーリーだったか覚えてる?」
玲奈が訊ねる。
「鏡と喋る年増女から逃げて小人の家に隠れたのに毒殺されてゾンビみてぇに生き返る話や、野菜とボロ靴がガラスに化けてパティ―に行ったら、午前様になって化けの皮がはがれる話とか……」
「それって、白雪姫とシンデレラのことだよね」
玲奈が口を挟む。
「物語の解釈が歪んでるぜ。読み聞かせる人間の影響は大きいな」
翔太が唸る。
「晶、それはSFじゃ……」
優斗が口を開くと、晶がたたみかける。
「そんで、その死んでらぁって名前の女が継母に苛められっから、母さんが『晶が苛められるといけないから再婚はしないよー』って言ってくれて……」
「優しいお母さんだね」
玲奈が微笑む。
「出来の悪い子ほど可愛いって言うからな」
翔太が頷く。
「その後、『晶も子連れでの再婚はよく考えるんだよー』って……」
「随分、先読みするお母さんだね」
玲奈が苦笑いする。
「若くて美人だけど、ちょっと変わってんだよな」
翔太が残念そうに言う。
晶が、まくしたてる。「だから、ボクらしか知らないことが小説になるなんてSFだよ。『超不思議』をSFって言うんだろ?このくらいの英語は分かるんだ。ITはアイス食べたい。AMはアホ丸出し」

9
「それはギャル語だろ?ってか、ローマ字なら超はCじゃね?Sはサ行だろうが」
翔太がつっこむ。
「そうか、サ行か……さ、し、す……『すっげぇ不思議』か?とにかくSFが起こったんだ」
「『SFが起こった』なんて、言わねぇぞ。おまえ、日本語も理解してねぇな」
「す、す……分かった、スーパーファンタジーだっ」
「……違うんだけど、驚異のレベルアップだね」
玲奈が感動の涙を浮かべる。
「おまえ、母さんの腹ん中に脳みそ置いて来たろ。もう一度産み直してもらえ」
翔太が茶化す。
「言ったなぁー。クソゴリラ。おまえの耳の穴から脳みそ吸い出してやる」
晶が翔太に飛び付き、耳を掴もうとした。
「わーっ。やめろ、耳にキスするつもりか」
翔太が両耳を覆い、真っ赤になった。
「誰がするかぁっ。アナコンダーバーイスゥゥゥーッ」
晶は隙を付いて翔太を押し倒し、首に腕を絡め、力いっぱい締め上げた。
「うおーっ。くすぐってぇー」
翔太が嬉しそうに叫ぶ。
バンッ!優斗が壁に手のひらを叩き付けた。
「いい加減にしてくれ。SFはサイエンスフィクション。空想科学小説だ。白雪姫もシンデレラもファンタジー。ただの空想物語だ」
切れ長の目で二人を睨む。
「どこが違うんだ?」
晶は理解できない。
「宇宙や未来やタイムマシンを扱った物はSF。鏡と喋ったり、南瓜が馬車になったりする荒唐無稽な絵空事はファンタジーだ」
優斗は更に機嫌が悪くなった。
「ハリー・○ッターはSFだよな?」
晶が念のため確認する。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み