5「ぼくらが消えた日」-3

文字数 1,646文字


翌日のことだった。
「よっ、優斗」
晶がいつも通り朝一番に来た。
「あ……」
振り向いた優斗はイヤホンを引き抜くと同時にプレーヤーの電源を切った。
「マジで何、聴いてんだぁ?」
晶が笑いながら近寄る。 
「晶、ドア閉めろ、早く」
優斗が低い声で命令する。
「へ?そんなに寒いか……?」
「いいから早く閉めろ。誰が覗いてるか分からないだろ」
「覗くって、家ん中だろーが……わっ窓が?」
部屋の窓はカーテンが閉め切られ、隙間も目張りされている。
「プライバシーの保護だ」
優斗が怖い顔で言う。
「ってか、ガムテープ必要?」
晶がカーテンをツンツン引っ張る。
「よせ。どんな小さな隙間からでも特殊なカメラを使えば画像が撮れるんだ」
「野郎の部屋なんか、誰が覗くんだよ」
晶が呆れる。
「それが分からないから恐いんだ」
「意味分かんねぇ」
晶が肩をすくめる。
優斗は晶の首を片腕で引き寄せた。
「実は個人情報が洩れている」
「へ……?どんな?」
晶もつられて、小声になる。
「僕達3人が幼稚園からの大親友で、いつも僕の部屋に集まっていること」
優斗は鋭い目でカーテンを睨み、腕に力を入れた。
「そんくれぇ、見てりゃ分かるだろ」
晶が逃れようとするが、優斗は腕を緩めない。
「1年の夏、人間電池の実験をして失敗したこと。2年の光合成の研究で県金賞を取ったこと」
「だから、そんなん、誰でも知ってらぁ」
「3年のホコリの研究が僕の入院で中止になり、僕達が3人から4人グループになり、遂に2組のカップルになってしまったこと」
「それも玲奈が喋ってたから、クラス中……」
「なんだって?」
優斗が思わず大声を出す。
「耳元で叫ぶなぁー」
晶が急にのけ反ったため、優斗がバランスを崩し、2人はもつれ合って床に倒れ込む。

トントントントン
軽快な足音が階段を駆け上り、ドアを開けた。
「おっはよ……え、何?」
玲奈の笑顔がサッと曇った。



「んー?転んだだけ」晶は寝転がったまま、ドアを見上げる。
優斗はとっくに立ち上がり、PCデスクへ向かっていた。わざとらしい咳をしながら、PCを操作する。
「カーテンにガムテープ……?」玲奈が窓を見て、怪訝な顔になる。
「優斗の奴がさ。誰かがこの部屋を覗いて、個人情報を漏らしてるって言うんだ」
晶がクルッと反転し、「バーン」とカーテンを撃つ真似をする。
「……ふうん……で、個人情報がどこに漏れたの?」
玲奈が大きな目で部屋を見回してから首を傾げる。
「あ、そうだな。優斗、どうして分かったんだ?」
「今朝、偶然、見つけた……ほら」優斗がPCのモニターを顎で指す。
「なんだこれ?ボクらの名前が載ってる」
晶が大声を上げる。
「『ホ○の砂』というらしい」
優斗が言う。
「ホ○の砂……って文具メーカーじゃね?ボールペンとか作ってる」
晶が首を傾げる。
「あ、そうそう。ホ○の形した砂でしょ、文具屋で売ってる。このくらいが500円で……」
玲奈が手で大きさを示す。
「そうじゃない。『ホ○の砂』と言うのは携帯小説の投稿サイトだ。なんと、僕達の過去3年分の夏休みの自由研究が小説化されていた。しかも、番外編まである」
いつも冷静な優斗が珍しくオーバーリアクションで熱弁を振るい始める。
「誹謗中傷的な内容ではない。日常のやり取りが微に入り細を穿つと言った感じで描かれ、まるで身近な人間が書いたとしか思えない。晶、どう思う?」
「特上の焼き鳥のビニール栽培か、凄げぇ研究だな」
いきなり振られた晶は辛うじて聞き取れた言葉に反応した。
「はあ?ビニールじゃなくて、微に入り細を穿つ。うんと細かいところまで気を配ることだ」
優斗は苛立っていた。
一方、玲奈は関心の無い顔をしている。
「坂巻、何か知っているのか?」
「……どうして、そう思うの?」
「僕達のこと学校で喋ってるんだろ?それで、面白くて書いたのか?」
「喋ったけど……小説なんて知らない。安藤が来たら聞いてみれば?」
「作者は女だ」
「あっそう。晶は疑わないんだ」
「晶は書かない」
「はっきり言うね。付き合いの長さで信頼の度合いが違うってこと?」
玲奈の声が尖った。

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