4「さらば三角」ー3

文字数 2,138文字

夏休み3日目。
日課となったホコリの経過観察と勉強会が続いていた。

「晶、青いホコリ溜ったか?」
優斗が確認する。
「うーん、まだ。でも青っていいな。気持ちが落ち着くって言うか、聖人になった気分だ」
「聖人というより、ユニフォーム姿のサッカー少年だ」
優斗が真顔で言う。
「俺マジヤベぇ。興奮して眠れねぇ。朝、目が覚めると、周りじゅう赤で、赤いカーテンから太陽が溢れて目に赤が突き刺さるんだ」
げっそりした顔で翔太が訴える。
「赤で興奮って、おまえは牛か?」
晶が笑う。
「っるせぇ」
「牛は色盲だ。赤色に人間を興奮させる効果があるのは本当だ」
優斗が言う。
「だろ?」
「全部、赤でなくて白があってもいい」
「優斗、それ先に言えな」
「そうだ。自分だけ白着てズルくね?」晶が初めて気付いた。
「まあ、あと少し頑張ってくれ」
「何気に、おまえだけ楽してんだよ」
翔太がだんだん不機嫌になる。
「それは遺憾だ。僕にとってクローゼットを掃除出来ないのは、かなりの精神的苦痛だ」
「くそっ。俺の苦しみに比べたら、おまえの苦しみなんか―っ」
翔太がブチ切れた。
「ドウドウ。落ち着け、翔太っ」
晶が翔太の背中を叩く。
「俺は牛かっ」
「さて、今日は中2の英語、過去進行形について……」
優斗が英語の問題集を取り出した。

「しんこーけー?……readって赤だっけ?」晶が青ざめる。
「リード、読むだよ。単語からやらないとダメか?ほら、書いて覚えろ」
「read、read、read、read……あれ?あれれ。何書いてんか分かんねくなった、うわぁぁぁぁぁー」
「ゲシュタルト崩壊したか……」
優斗がダウンした晶を見て溜め息を付く。
「晶、現実から逃げるな」
翔太が晶をクッションから引きはがそうとする。
「そ、そうだ、アイス買って来ようか?」
 晶が顔を上げた。
「逃げる気だろ」
翔太が睨んだ。
「僕はいらないよ。ちょっと風邪っぽくて」 
優斗が嫌な咳をした。
「夏風邪か?気ぃつけろ、おまえ、喘息やったろ?」
翔太が眉を潜めた。
「よし、風邪薬、買って来てやろう」
晶は勢いよく飛び出して行った。




4日目の朝。

晶はドアの前でビビった。
超低音の唸り声がする。
まただ。
何度、聞いてもお経にしか聞こえないが、優斗の最高にご機嫌な時の歌声に違いなかった。
「よっ、優斗。何かいいことあったか?」
ドアを開けると、優斗が夢中で顕微鏡を覗きこんでいる。
「晶か……はっはっはっ。凄い物を見つけた」
憑りつかれたような目で優斗が振り向く。
「うっ、また……徹夜したのか?目の下に隈できてっぞ」
(去年、薬物中毒と勘違いして投げ飛ばしちまった時と同じだ)
晶は思わず身構える。
「菌だよ。この形状はクリプトコッカス菌かもしれない……ケホッ」
優斗は目を吊り上げて興奮している。
「クリップ……コッコ菌?なんだ、それ?」
「晶が屋外で採取したホコリに、多分、鳩の糞が混じってたんだ。鳩の糞にはクリプトコッカス菌のエサが多く含まれている。最新型カメラ付きの光学顕微鏡で胞子の写真も撮れたぞ。凄いだろう……ゴホッ、ゲホッ……」
「おい、おい。咳、大丈夫か?……おい、優斗」
優斗が激しく咳き込み、そのまま床に倒れ込んだ。
「優斗っ」
翔太が丁度、やって来た。優斗を抱え上げ、背中を擦ったが咳は止まらない。
晶は急いで離れ家へ走り、優斗の母親を呼んだ。
母親の敏子は血相を変えてタクシーを呼び、優斗を病院へ連れて行った。


取り残された翔太と晶は、必然的に留守番することになった。
「優斗、大丈夫かな……」
「心配すんなって。待ってる間、筋トレすっかな」
翔太が腕立て伏せを始めた。
「おい、砂、乗せてくれ」
「うん」
晶が翔太の背にサンドバックを乗せ、その上にヒョイと馬乗りになった。
「こら、勝手に乗るな」
「重いか?」
「フン、まだ軽過ぎらぁ」
翔太は軽々と屈伸を続けた。
「なあ、翔太。ちょっと先のことだけどな……」
「なんだよ?」
「ボクら……一緒に暮らさないか?」
「……は?……えええーっっっ?」
翔太が驚いてぺチャンと潰れ、反動で晶は前に転がり落ちた。
「い、今、何つった?一緒に暮らすって、おまえ、いきなり、プ、プ、プロ……」
翔太は半身を起こすやいなや、鼻血をブ―ッと盛大に噴く。
「うわっ」
晶が素早く、飛び退いた。
翔太は鼻を摘まんでバタンと横になる。服が汚れたが、幸いにも全身赤なので目立たない。
「翔太。病気か?」
晶が心配そうに覗き込む。
「バカ、おまえが無茶を言うからだ。俺達、まだ中学生だぞ」
翔太の顔は鼻血に負けないくらい赤かった。


 
「今じゃねぇよ。高校出たら3人で一緒に暮らすんだよ」
晶はティッシュの束を翔太の鼻に押し付ける。
「ふぁ?3人?」翔太は鼻にティッシュの栓をした間抜けな顔で聞き返す。
「ほら、よくあるだろ。友人同士が同じアパート借りて……」
「って……ルームシェアか?」  
「それだよ。友達同士、糸の切れた凧みたいに自由に暮らすんだ。きっと楽しいぞ」
晶は顔を輝かせた。
「糸の切れたって、自由って意味じゃねぇぞ。第一、一つ屋根の下なんて、俺と優斗はいいが、おまえは……」
「言うなっ」
晶のパンチを翔太が止めたところへ、敏子が病院から帰って来た。
「えっ、あなた達、まだ居たの?おばさん、病院へ戻らなくちゃ」
2人は追い出されてしまった。



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