5「ぼくらが消えた日」ー7

文字数 1,891文字


「なっ、な、何でぇ。おまえに関係ねぇだろ」
翔太が真っ赤になる。
「ある。小学生じゃあるまいし、告っただけで彼女なんて言えるか」
優斗が立ち上がる。
「そう言うおまえは、どうなんでぇ」
「いや……僕はいい。翔太がしろって言ってるんだ。でないと……」
「意味分かんねぇ。おまえ、変だぞ。絶対ぇー変」
「決めた。僕は東京のK高を受けることにする」
優斗が言った。
「それ、どーゆうこと?」
バンッとドアが開き、顔をひきつらせた玲奈が立っていた。
「M高、受けるんじゃ無かったの?」
「ずっと迷ってたが、K高の理数科から医学部狙うことにする。マンションも探すつもりだ」
「酷い。そんなの聞いてない」
玲奈の声は悲鳴に近かった。
「そうだ、優斗が東京行っちまったら、ボクら毎日どこへ集まりゃいんだよ」
晶が怒った。
「そこ?」
翔太がつっこむ。
「折角、4人になったんじゃねぇか」
翔太が優斗の両肩を掴む。
「僕なんか、いてもいなくても構わないだろう?」
優斗が笑う。
「おまえなぁ」
翔太が優斗の襟首を掴むが、冷たい目で見返され、手を離す。
「ボクら友達だろ?卒業しても、ずーっと一緒じゃなかったのか?」
晶が翔太の傍らに立つ。
「そうだ。どうした……」
「優斗らしくねぇぞ」
翔太と晶は身体を寄せ合い、全く同じ表情で同じことを言う。
優斗の腹の奥から黒い塊が込み上げて来た。
「ずーっと一緒?2人の心が通じ合っているのをまだ見せつけたいのか?僕はいつまで間抜けな大家でいればいいんだ?もう、たくさん。僕の部屋から出て行ってくれ」
優斗はクルリと背を向け、微動だにしなかった。
翔太と晶は顔を見合わせ、黙って部屋を出た。



「やっぱ、そうだったんだね」
玲奈が口を開く。
「まだ、いたのか?」
優斗がバッと振り向く。
「晶を好きなんでしょ?安藤に取られたのに諦められないんだ」
玲奈は三白眼で思い切り睨まれ、「図星?」と悲しそうに笑った。
「まさか……坂巻の邪推だよ」
「優斗が聴いてたの、オキシトシン受容体とテストステロン合成酵素の音楽でしょ?」
玲奈は銀色のプレーヤーをポケットから取り出して見せた。
「いつの間に……ってか、どうして分かった?」
優斗は驚いた。
「メロディから曲名を検索できるサイトがあるの。さっき、部屋の外に持って出てググってみた」
「……」
「『君が代』は?」
「え?」
優斗の眉がピクッと動いた。
「優斗は凄く嬉しい時、『君が代』を歌うんだって晶が言ってた。どうして『君が代』なの?」
「それは……言えない」
「晶に関係してるの?」
「どうして、そうなるんだ」
「『君が代』のメロディには何の効果があるの?『タンパク質の音楽』に低音は合成促進のメロディって書いてあったね」
「そう……だったかな?」優斗は天井を見た。
「オキシトシン受容体は仲間意識を育てる。 テストステロン合成酵素は男性ホルモンで男性らしさを維持する 。優斗は元々協調性が無くて、体格では安藤に敵わないから、『タンパク質の音楽』を利用して自分を変えようとした。晶はマッチョが好きだもんね。
優斗なら、アミノ酸配列を音に変換するのは簡単かも知れないけど、音楽は苦手だよね?」
「何が言いたい?」
優斗が苛立つ。
「その……あんな何万もする曲ダウンロードするほど、晶のことが好きなんだって……」
バンッ!優斗は壁を手のひらで叩いた。
「いい加減にしてくれ。『タンパク質の音楽』をダウンロードしたのは楽して男らしくなりたかったから。『君が代』を歌うのは、好きだから。どちらも晶とは関係ない」
「まだ、誤魔化すの?」
玲奈は悲しい目をした。


「これからもずっと、そうやって、人を遠ざけて生きていくの?」
玲奈は言った。
「遠ざけてなんか……。三人でいても、ぼくだけアウェイだった。あいつらの漫才をいつも離れて見ていた。ラインをやっても、いつの間にか二人で盛り上がって、僕は早々にフロリダしていた。
面白みの無い人間だから距離を置かれてしまうのさ」
優斗は淋しそうに笑った。
「距離を置いてたのは優斗の方でしょ?
好きなら、本気でぶつかれば良かったじゃん。
晶は優斗を尊敬してた。
待ってれば、愛に変わるとでも思ってたの?笑える」
「違う。晶はただの友達で、翔太の彼女だ」
「嘘。二人がキスもしてないって聞いてぐらついたくせに」
玲奈は優斗の開いた口に人差し指をあてがい、言葉を続ける。
「晶に告った後、自信が無いから覚えてない振りした。私に告ったのだって、晶の反応見たかっただけだよね?晶は翔太の顔ばっか見てたし、とんだ茶番だった。心にもない申込みを喜んで受けた私の気持ち分かる?」
「坂巻がまさか気付いて……ぼ、僕は……」
優斗は顔を背けた。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み