第156話 イブを経て

文字数 2,938文字

 クリスマスの翌日、俺はバイトに明け暮れていた。
 冬休みに入ったお蔭で学生らしきお客で店内が埋め尽くされている。

 もう少し沙月とのクリスマスの余韻を味わっていたかった。
 ()()()以降沙月からのスキンシップが増えて嬉しい反面、少し困っている。
 バイト先では真弓さんを始め、先輩達に事あるごとに揶揄われてしまうからだ。
 だけど、揶揄うだけでなく皆祝福の言葉を掛けてくれる。
 そして俺自身、何があっても沙月を愛し、守りたいと、より一層強く思うようになっていた。
 

「ふぅ、やっと落ち着いてきたな」
「つかれました~」

 そう言いながら俺に寄りかかって来る。

「おい、お客さんに見られたらどうするんだ。もう少しだから頑張れ」
「む~、少しくらいいいじゃないですか~」
「公私はキチンと分けないとだろ? 先輩」
「わかりました~。その分後で甘えまくるので覚悟してください」
「はは、それはこわいな。っと、5番テーブル行ってくる」
「いってらっしゃ~い」


 17時になり、夕方からのシフトの人と交代で仕事を上がる。
 先輩達に挨拶を済ませて事務所に戻ると沙月が

「全く、なんなんですか今日は! 団体客ばかりで超大変でしたよ!」
「まぁ冬休みだしな。外は寒いから屋内でって感じなんだろ」
「子供は風の子なんですから外で遊んで欲しいです!」
「いや、どう見ても今日来たお客さんは同年代か年上だぞ。それにその理論だと沙月も子供になるぞ?」
「私は大人なので問題ないです!」
「堂々と自分の事を棚に上げるな」
「え? だって私を大人にしたのは友也さんじゃないですか」
「っ! き、着替えて来る」

 なんという不意打ち! ついあの時の事を思い出してしまった。
 というか沙月もあんなに堂々と言うもんじゃ無いだろうに。
 ハッ! まさか今の調子で誰かに話してたりするんじゃ……。

 着替えを済ませ事務所に戻るといつのまにか店長が居た。

「真弓さん、休んでて大丈夫なんですか?」
「問題ない。むしろ問題なのはお前達だろう」
「え? 何か失敗しちゃいましたか?」
「客が落ち着く度にイチャイチャしやがって! 羨ましい!」
「ちょ、それって只の逆恨みじゃないですか! 勘弁してくださいよ」
「ふん!」

 普段は仕事の出来る大人の女って感じだけど恋愛が絡むと転でダメになってしまう。
 前に彼氏と別れた時も慰めるのに苦労したっけ。
 なんとか機嫌を直して貰わないと頼み事がしづらい。

「友也さーん、お待たせしました~。って、真弓さん休憩してて大丈夫なんですか?」
「お前達、揃いも揃って……大丈夫だから此処にいるんだ! 分かったか!」
「「はい、分かりました!」」

 くっ! 更に機嫌が悪くなってしまった。
 どうやってあの頼み事をしようか考えていると

「真弓さん、大晦日に夕方からお店で忘年会やってもいいですか?」

 沙月が空気を無視して直球でお願いしだした。
 断られたら皆に申し訳が立たないから慎重になってたのに。

「忘年会だと?」

 一瞬真弓さんの眼が光った気がしたけど気のせいだよな。

「はい。あまりうるさくしないのでお願いします」
「まぁいいだろう。その代わり、最低15品は注文しろ。いいな?」
「わ、分かりました~」

 ほっ。何とか許可が貰えた。
 条件の方もなんやかんやでみんな色々頼むだろうから問題はなさそうだ。

「それと、そのメンバーにはイケメンは居るのか?」
「居ますけど、それがどうかしたんですか?」
「そうか、居るのか」
「あの、一人は彼女居ますし、一人は沙月の従兄ですよ?」
「沙月に従兄がいたのか。これからは沙月の事はお姉さんと呼んだ方がいいのか」
「真弓さん、高校生に手を出したらアウトですからね」
「分かってるって、冗談だ。私はただイケメンに名前で呼ばれたいだけだからな!」
「ははは、真弓さんもブレないですね」

 そう言えば俺が採用された理由もイケメンに名前で呼ばれたいからだったな。
 何はともあれOKが貰えたから後はなんとかなるだろう。

「それじゃあ沙月、そろそろ帰ろうか」
「はい! お疲れさまでしたー」
「お疲れさまでした」

 挨拶をして事務所から出ようとすると

「友也!」
「はい、どうかしましたか?」
「最近物騒だから沙月をちゃんと家まで送っていくんだぞ」
「はい、そのつもりです。俺は沙月を大事にします。たとえなにがあっても守ると誓います」

 これがイヴを経て、新たに俺の心に誓った事だ。
 俺は沙月を大事にするし、何があっても守ると決めたんだ。

 そんな俺の決意を聞いた真弓さんがニヤニヤしながら

「佐藤、お前……なにクサイ事言ってるんだ?」
「ちょ、真弓さんから話振って来たんじゃないですか!」
「ははは、冗談だ。気を付けて帰れよ」

 
 店から出ると同時に沙月が腕を組んできた。
 まぁこの寒さなら仕方ないけど少し恥ずかしい。

「友也さん、ちゃんと私を守ってくださいね♡」
「もしかして聞いてたのか?」
「はい♡」

 嬉しそうに手を繋いできたので軽く握り返し、帰路に就いた。


「昨日までクリスマス一色だったのにもう正月の雰囲気になってるな」
「そうですね。お店のメニューも変わってましたしね」

 他愛もない話をしながら、バイト中に浮かんだ疑問をきいてみた。

「そういえば……さ。俺達の事って誰かに話した?」
「私達の事って……あっ!」

 遠回しな言い方だったけど察してくれたらしい。

「えっと、朝に恭子から連絡あって……その時に喋っちゃいました」
「そっか。恥ずかしいから程々にな」
「はい」
「それで恭子ちゃんはなんだって? また田口が何かやらかしたのか?」
「それがですね、実は……」

 田口がまた何かやらかしたのだろうと思って聞いていると、突然

「あれあれ~、佐藤君と沙月ちゃんじゃ~ん」

 丁度話題の田口がゲーセンから出て来た。

「二人揃ってなにしてんの? もしかしてデート中だった? それならごめ~ん」

 少しイラッとしたが深呼吸をして落ち着かせる。

「バイトの帰りだよ。そういう田口はなにしてたんだ?」

 と聞くと、田口は勝ち誇った様に

「いや~、昨日()から恭子ちゃんとデートしててさ! 昨日から()
「ん? 昨日から?」
「そうなんだよ~。実は昨日ホテルに泊まっちゃってさ~」
「マジかよ!」
「まぁ、なんていうの? 大人の階段上ったって感じ?」
「そっかぁ、やったな田口!」
「へっへっへ~、まぁね~」

 まさか田口がな~。
 てっきり恭子ちゃんの尻に敷かれてると思ったけど決める時は決めるんだな。
 と感心していると沙月がクイクイッと袖を引っ張り、小声で

「実はその事なんですが、今朝恭子から連絡ありまして」
「さっき言ってた奴か」
「ホテルに泊まってそういう雰囲気になってシようとしたらしいんですが……」

 沙月は羞恥で顔を赤く染めながら

「その、始める前に果てちゃったらしいんです」

 ん? どういう事だ? そういう雰囲気になってシようとしたら果てた?
 っ! そう言う事か。田口らしいというかなんというか。
 それなのにこんなに自信に満ち溢れてるってどうなんだ?

 田口に気づかれない様に沙月とやり取りをしていると

「あれ? あそこに居るのって柚希ちゃんじゃね?」

 と聞き逃せない事を口にした。

 俺も慌てて確認すると、そこには見知らぬ男と一緒に居る柚希の姿があった。
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