第46話 心の在処

文字数 2,619文字

 俺達が洗い場ぶ着くと、及川がびしょ濡れで座り込んでいた。

「及川! 何があった?」

 と中居が及川に駆け寄り事情を聞く。
 すると答えたのは及川でなく、傍に居た早川だった。

「あたしがよそ見しててぶつかっちゃったんだよねー。その時持ってた消火用のバケツの水掛かっちゃったみたい」

 と申し訳なさそうに中居に説明する。
 それに対して及川は何も言わず、否定も肯定もしなかった。

「とりあえず着替えてこい」

 と言って無理やり及川を立たせ、着替えてくるように促す。
 及川は無言で更衣室に向かおうとした時

「ホントごめんね~」

 と早川が及川に謝る。

「ううん、大丈夫だから」

 と力無く言うとその場から立ち去った。
 それをジッと見つめる中居。どこか険しい表情をしている。
 そして俺はある事に気づいた。
 楓と水瀬が居ない。
 女子は3人で行動していたはずなのに及川だけが洗い場に居た。
 俺が不思議に思っていると、丁度楓と水瀬が水樹達とこちらにやって来た。

「何があったの?」

 と楓が聞いてくる。俺は事の端末を話した。
 すると楓が

「ハメられたわね」

 と意味深な事を言った。
 ハメられた? どういう事だ?
 水樹達も中居から話を聞いている。
 そして水樹が

「どうするんだ?」

 と真剣な表情で中居に問いかける。
 しかし中居は答える事なく、ずっと険しい表情のままだ。
 それを見た楓が

「中居が何もしないなら私がやるよ」

 その言葉に中居がやっと反応した。

「まて、俺が決着を付ける」
「わかった。でも不甲斐無かったらこっちでやるから」
「わぁってるよ」

 一体何の話か分からないが、二人とも今まで見た事のない表情をしていた。
 中居は何かを決意した様な真剣な表情をしている。
 一方、楓は無表情だが冷たい威圧感を放っていた。

 その後、食事の時間になり、皆で及川が戻って来るのを待っていたが、結局戻って来なかった。
 待っている間に俺はどうして及川一人だけで洗い場に居たのか楓に聞いてみた。
 すると、調理が終わり後は洗い物だけとなった時、”俺が”楓と水瀬を呼んでいるとギャルグループの一人に言われ、楓と水瀬は洗い場を一端及川に任せ、俺達の所に向かったとの事だった。
 俺が居た場所と調理場と洗い場は線で結ぶと二等辺三角形の様な位置取りになっている。
 なので途中で俺と中居にすれ違わなかったのだろう。
 その話を聞き、楓の言っていた事がやっと理解出来た。
 楓が怒るのも無理はない。俺ですら怒りでどうにかなってしまいそうだ。

 教室に戻っても及川の姿は無く、担任曰く早退したらしい。
 それを聞いた中居が

「俺がくだらねぇ事考えなければ……」

 と呟いたのが聞こえた。

 夜、楓に詳しい話を聞くた為、いつものメッセージではなく通話をしていた。

「及川への嫌がらせは何時からあったんだ?」
「麻耶が中居に誕プレ渡した翌日から始まってたみたい」
「原因はわかるか?」
「佳奈子がうっかり麻耶と親しい子に自分も誕プレ渡したって言っちゃったみたい」
「それを知った早川が及川に嫌がらせを始めたって訳か」
「うん。佳奈子もそれを隠してたっていうのもあるけどやり方が上手くて私でも最初は気づけなかった」
「でも今日のはあからさま過ぎるよな。自分を疑ってくださいって言ってる様なものだ」
「きっと相当頭に来た事があったのかも」
「及川の奴、月曜は学校に来るかな?」
「さっき話した時には大丈夫って言ってたけど……」
「そうか」

 それから一言二言喋って通話を切る。
 このまま学校に来ないなんて事にならなければいいけど。

 翌日、特に予定が無かったので体を休める為に昼まで惰眠を貪っていた。
 目を覚まし歯を磨いているとスマホの通知音が鳴った。
 確認すると水樹からで

〈今から出てこれるか?〉

 という内容だった。
 まだ何も食べていなかったのでどうしようかと考えていたら、再びメッセージが届いた。

〈和樹が及川を呼び出した〉

 そのメッセージを見て、反射的に

〈何処に行けばいい?〉

 と送っていた。


 水樹に言われ学校の最寄り駅に着くと、そこには中居と及川以外のいつものメンバーが揃っていた。
 俺は小走りで皆の所まで行くと

「来たか友也、悪いな」
「いや全然。それより中居と及川は?」
「中居が駅前公園に及川を呼び出して、今は及川を待ってる」
「そうか。俺達はどうするんだ?」

 俺がそう訊ねると皆ニヤリと笑い、水樹が

「見つからない様に後をつける」

 要するにみんなで盗み見しようって事か。

 俺が駅に到着してから10分程経った時、改札から及川が出てくるのが見えた。
 俺達は及川に見つからない様に隠れて移動を開始する。
 目的地は分かってるので先回りをして見つからない場所を確保する。
 丁度中居の座っているベンチの斜め後ろに用具入れの物置があったのでその後ろに隠れる。
 それから少しして及川が公園に姿を現した。

 ベンチには中居と及川が座っている。
 心なしかお互いの距離が遠い気がする。

「……」
「……」

 もうかれこれ10分以上お互い何も話さない。
 ここからだと表情も覗えないので、どちらかが話すのをずっと待っている。
 そろそろ隠れるのも疲れたと感じた時、及川が言葉を発する。

「話したい事って何?」

 言葉にいつもの元気が無い。
 やはり相当ダメージを負っているみたいだ。

「すまん、全部俺の所為だ」

 中居が落ち着いたトーンで話す。

「別に中居が悪い訳じゃないよ。私がヘマしただけ」
「早川に誕プレを貰った日、放課後あいつに返したんだよ。それがマズった」
「え? 麻耶は何も言ってなかった」
「アイツのプライドが許さなかったんだろ」
「っていうか何で黙ってたの?」
「お前の立場考えて言わなかった」
「そんな……私、次の日からずっと……」
「わかってる。だからもうあんな目には遇わせねぇ」

 そこから少しの沈黙の後

「お前は俺が守る」
「……え?」

 中居の方を向いた事で及川の表情が見えた。その表情は驚きに満ちていた。

「俺と付き合わねぇか?」

 その時、中居と及川の視線が今日初めて交わった。
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